第4話
「こ、この娘は養子でございます。この娘の親に、この髪では奉公先も見つからないからと頭を下げられましてな。不憫に思い、私の家に迎え入れるつもりだったのでございます」
真っ赤な嘘に、カヤは顔をしかめて膳を見やった。しかし当の本人はその視線を華麗に無視した。
「とは言え、やはり家が恋しいと暴れるもので、仕方なく腕を縛っていたのですよ。ほれほれ、もう暴れてはいけないぞ?」
いかにも人の好さそうな作り笑顔を浮かべながら、膳はカヤの腕の縄を解いた。しかし強く縛られていたせいで、手首には赤い跡が残っている。
養子に対する仕打ちでは無い気がするのだが。忌々しい気持ちでカヤが手首を撫でていると、タケルが自分の背後に立っている人物に声をかけた。
「……と、膳は申しておりますが。翠様、いかがいたしますか」
声をかけられた人物が、音もなく前に進み出る。視線を下げていたカヤの視界に、上質そうな衣の裾が映りこんだ。
目の覚めるような真っ白なその衣装は、膳の衣よりもずっと絢爛だ。一瞬で、かなりの位の人物なのだと分かった。
「――それは誠なのだな、膳よ」
その声が鼓膜に届いた時、じわりとした心地よさを感じた。たおやかで、透き通っていて、まるで川のせせらぎのような声。カヤは本能的に声の主が見たくなり、弾かれたように顔を上げた。
刹那、息が止まった。
美しい女性だった。しっとりと水に濡れたような長い黒髪も、強そうな、しかし儚げな瞳も、陶器のような白い肌に映える、紅く熟れた唇も。視界に入り込んできたその麗しい女性は、正に強烈な輝きを放っていた。
恐ろしく感じるほどに綺麗だ。誰かに対してそのような感情を抱くのは、初めてだった。
「は、はい、誠でございます」
膳の焦ったような声が、遠くへ飛んでいたカヤの意識を呼び戻した。その美しい女性は膳を探るかのように、じっと見つめた。
濁った事など一度も無いであろうと思わせる双眸だった。腹の底すらも暴きだしてしまいそうなその眼差しを注がれる膳に、カヤは同情すらしてしまうほどだった。
きっと、この人は膳に罰を与えるだろう。根拠も無いが、カヤは直感的にそう感じた。
それほどまでにその女性の美しさは、人間の邪念や穢れを到底許すとは思えないほどに正しく、清廉だった。
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