虚偽に道しるべ
第2話
眼の前で、髭面の男が舌なめずりをしている。身なりの良い男だ。頬にも腹にも、丸々と贅肉が付いている。
「金の髪か。これは初めて見たな」
男が物珍しげに言った。普段から滋養にいい物を食べられる程度には、位が高いのだろう。しかし、その眼に高貴さは無く、人を小馬鹿にするような不快さしか感じられない。
その顔面をひっ掴んで、視線を逸らしてやりたいが、生憎両手は後ろで固く縛られているため、それも不可能な願いだった。
「――何なの、あの髪の色?」
「――人間じゃないわよね」
「――物の怪が山から下りてきたのよ」
遠巻きに様子を伺っている村人達が恐れをなしたようにこちらの様子を窺っている。黒い髪の人間しか見たことの無い村人達にとっては、この金の髪は畏怖の対象にしかならないようだ。
それにしたって、目の前で今まさに売り飛ばされようとしている人間が居るというのに、誰一人として咎める者が居ないのは、どういう事だ。一体なんて国なのだろうか。
ああもう、なんでこんな目に合わなきゃならないんだ。湧きあがる悔しさに、囚われの身である少女――カヤは、唇を噛んだ。
実を言うと、少々訳があって国境の山を一人彷徨っていたところ、人狩りにあってしまったのだ。後ろから袋のような物を被せられ、抵抗する間もなく縛られ、あれよあれよの間に、気が付けばこの国に連れてこられてしまった。
そしてなぜか、このような往来で堂々と売り飛ばされようとしている。この状況を不幸と言わず、何と言うだろう?
「こんな娘、見たことが無いでしょう、膳の旦那。ちと値は張りますが、いかがですか?」
カヤを攫った小悪党が、媚を売るように手を揉む。どうやら先ほどからカヤを品定めするように見下ろしている身なりの良い男は、膳と言うらしい。
「確かに珍しいが、高いな。一年分の年貢と同額だぞ」
膳は顎に手を当て考え込む様子を見せている。一年分の年貢が一体どれほどかは知らないが、どうせならもっと値段を吊り上げて、いっそ膳を破産させてほしいものだ。
「しかしね、膳の旦那。この娘はすぐに金になりますよ」
渋っている膳の背中を一押しするように、男が愛想よく言う。そして男の指が、カヤの髪をまとめている髪紐を解いた。ばさり、と重たい音がして、支えを無くした金の髪が、地面をうねるように這った。
「ほう、えらく長い髪だな!」
膳の眼の色が一気に変わったのが分かった。
「これだけ長ければ、かなりの金になりますよ」
「切り落としてしまえば、明日にでもすぐ売れるか?」
「明日と言わず、今日でも。なんなら私が良い値で買い取りますよ」
「それはいいな。よし、では買ってやろう!」
あっという間に話は進み、カヤは鉛を飲み込んだような気持ちになった。
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