第18話
「……りく、くん……」
静まり返った寝室に、ひなたの舌っ足らずな声が響いた。
ベッドの淵に腰かけていた俺が振り向くと、ひなたは枕に顔を埋めながら、夢の中で笑っていた。
「あのさあ……焼肉はポン酢が一番おいしいねえ……」
何言ってんだコイツ、と思いながら猫っ毛に指を差し入れる。わしゃわしゃと撫でると、ひなたの頬が限界まで緩み切った。
泣きすぎて腫れた目尻から頬にかけて、乾いた涙が線を引いている。
ひなたはアホだ。本当にアホだ。
ひなたと一緒に住み始める事を決めた時、俺はひなたが当然のように抱きこんでいた自己犠牲を、どうにかして手放させようとした。
兄貴の家に通って兄貴の代わりに家事ばっかりしていたひなたに、料理以外の家事はするなと言いつけた。
兄貴にひっつき回っていたのと、バイトに明け暮れていたせいで自分の時間が皆無だったひなたに、出来るだけ友達と遊ぶように言った。
兄貴に貢ぐため、引越し業者だとか工事現場だとか、割りは良いけどクソみたいに似合わない肉体労働ばっかりしていたひなたに、せめて女が好きそうなカフェで働くように言った。
ひなたは俺の言うことに全部従った。
従いつつ、毎日のように俺が課した問いの答えを一生懸命に探している。
ひなたは俺のことを信じ切っているのだ。恐ろしいほど無防備に。
俺は、ふとした瞬間にひなたが怖くなる。
ひなたの自己犠牲は異常だ。俺が気を抜くと、気が付けば自分に纏わるものを躊躇なく放り出している。
お金だとか、時間だとか、人としての尊厳だとか、どうしたって大事なものばかりを。
ひなたは失っていることにも気が付かない。陸くん大好き、と呑気に笑うひなたは、その度に少しずつ削れていく。
―――――でも、ひなたは知らない。
本当に恐ろしいのは、たぶん、俺の方だ。
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