1月29日PM 池袋

 私と榊がEOCに戻ると、皆からの視線が集まる。

「先日の大宮の件だ。本部バチカンからがあったそうだ。気にするな」

 皆一様に納得したのか納得していないのか複雑な表情をしていたが、現地にいる巽との回線が開いたことにより作戦会議が始まった。


「巽さん。詳細を報告してください」

 侑子からの問いかけに巽が答える。

「阿蔵くんがいるのは茶臼岳の中腹。あの殺生石よりも、もうちょっと高いところ。廃墟になったホテルに潜伏している。一面雪景色ね。超寒いよ」

 天粕が鎮西から得た情報、主に地図や図面などを画面共有する。

「そう、ここ。もう図面見つけたの?」

「マダムNから共有いただきました」

「あー、たまちゃんか。怒ってたんじゃないの」

 EOCにいるメンバーが思わず顔を見合わせている。

「鎮西が本部に来た」

 皆、話しにくそうにしているため、私が答える。

「はっちゃんが出張ってくるのってマジのやつじゃん。激ギレ?」

「まあまあだな。3日で解決しろと言われた」

「わお。じゃあ、手早くやらないとね」

 さすがの巽にも緊張が走ったようだ。


「現在、が潜伏先を見張っている。出て行った者も入ってきた者もいない。猟犬ハウンドたちに木菟ツクノスクネヤタガラス、それに大百足アカギライゴウたちも一緒に絶賛包囲中」

「足りているか」

 血が、という意味だ。

「ハラヘリ。ごっちゃんが大急ぎで血液バッグを取りに行ってくれてる」

「わかった。中の様子はわかるか」

「例の女吸血鬼は視認できていないよ。建物は五階建てで地下もあるっぽい。新生者ニューボーン屍食鬼グールがうろちょろしているけど、外からだとよく見えないよ」

 天粕が手を挙げたので発言を促す。

「マダムからの資料では、数十名単位で新生者ニューボーン屍食鬼グールが廃墟内に潜伏しているとのことです」

「どこから湧いてきてるんだ」香椎の問い。

「近隣の反社組織の構成員や暴走族のリーダーを拉致し、追ってきた連中を噛んでいたようです。無差別でない分、妙な理性を感じますね」天粕の答え。

「効率重視だな」田村の意見。

「まったくだ」香椎のぼやき。


「今のところは監視のつもりなんだけど、中まで偵察したほうがみんな嬉しい?」

 巽からの問いかけ。私は即答した。

「いや。そこまで負担はかけられない。こちらの体制が整うまでは、誰も出さず、誰も入れないようにしてくれ。それが最も嬉しい」

「部長にそう言われちゃったら巽ちゃんは頑張るよ。でも、早く来てね」

「わかった」


 私はEOCのメンバーに向き直る。

「今回の作戦の目的は、逃げた阿蔵の拘束。そして、もし潜伏しているのであれば大宮から逃げた吸血鬼の拘束とする。突入は私と榊で行う。これだけの数の新生者ニューボーン屍食鬼グールとの戦闘を経験している者は、今の葬斂部隊そうれんぶたいにはいないはずだ」

 私は部隊員たちの顔を思い返す。田村ですらこの規模の作戦に携わったことはなかった。命が掛かった未知の領域に対し、皆を試行錯誤させるほど時間も余裕もない。


「この時のための我々です。皆、覚悟はできています」

 坂上の強く頼もしい言葉。

「君たちには包囲網の維持。そして後処理をお願いしたい。そこは安全ではない。その覚悟、勿論ありがたく承る」

 田村と坂上の表情が一段と引き締まった。

「概要を伝える。本作戦は、いわば攻城戦だ。吸血鬼ヴァンパイアの城を我々で落とす」

 皆が私を見る。私も皆を見る。

「包囲網は二重、そしてそれとは別に包囲網内での活動部隊を展開する。最も外側には巽の顕現体ファミリアーたちを配置し、万が一の逃走に備えた最終防衛線とする。これすら抜けられた場合は、すぐさま追跡を行う。また、外周には部隊員も散開して配置し、内外の哨戒を行う。攻城戦の最中、相手に補給や救援があるのは避けたい」

 天粕が大型モニター上の地図に大きな円を表示した。

「内側の包囲網は、建物から逃げ出す連中がいた場合の制圧を目的とする。我々が突入した後、速やかに地雷群とバリケードを設置する。周囲に人は少ないと思われるが、派手な行動は避けるつもりだ。だが、誰一人として逃がすわけにはいかない。重火器の使用を前提に準備を進める」

 モニターに二つ目の円が描かれる。

「そして最後に、私と榊が進むのに応じ、各階の確保、そして状況に応じて火葬場クリメトリーを維持するための部隊。これが先ほど言った包囲網内での活動を担う部隊だ。新生者ニューボーンは手足でもいで拘束する方針だが、屍食鬼グールは殲滅する以外に方法がない。火葬処理を行いながら、新生者ニューボーンの拘束管理も手伝ってもらう。この部隊は前線に最も近い。まさに命がけになるだろう」

 田村と坂上がともに頷く。迷いの一切ない顔。鍛え抜かれた魂。


「部長ー」巽の声。

「どうした」

「今、ごっちゃんから移動状況の連絡があったんだけど、突入手伝ってくれるってさ。すーちゃんにもお礼よろしくね」

 言うべきことだけ言うと巽の通信は切れた。


「訂正だ。御形にも突入してもらう」

 EOCの全員が頷いた。

「天粕、香椎、田村、坂上の4名で作戦詳細の取りまとめを。内容が整い次第、本部バチカンとマダムに送れ。本部は侑子に任せる。天粕と香椎は現地へ同行してもらう。準備を進めておけ。葬斂部隊そうれんぶたいも総員出動だ。作戦開始は1月31日の零時を目標とする」

 全員が動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る