1月29日PM 池袋

 私は田村と坂上を呼び止める。

「聞いてくれ」

 二人を伴いEOCの端に移動しながら小声で話しかける。

本部バチカンへ報告した作戦内容とは関係なく、できる限りの装備を整えろ。火葬用の火炎放射器と携帯焼夷弾カグツチも必要だ。君達は敵勢力の殲滅を前提とし、準備を整えておいてほしい」

本部バチカンへの反発と捉えられかねませんし、議定書プロトコル違反も問われるのでは」田村からの問い。当然の疑問だ。

「責任は私が取る。拘束指示は無視していい」

 田村も坂上もこちらの真意を探るかのような表情。

本部バチカン日本本部イケブクロもシェムハザに対しての危機感が薄い。奴は皆が思っているほど紳士ではない。奴の闇の子ゲットや、そいつらの産み出す屍食鬼グールがどんな力を持っているかは未知数。加えて例の吸血鬼の行動原理、目的がよくわからない。体制でかかれ。それでも足りるかわからん」

 坂上は戸惑っているようだ。

闇の子ゲットは我々で対処するが、屍食鬼グールは君たちも対峙することになるだろう。未知の能力、動き、様相があると想定するよう、隊員たちにも十分に伝えてほしい」

 田村は力強く頷いた。

「その上での話だ。もし建物内から逃げた闇の子ゲットがいた場合は、相手をしなくていい。スルーしろ」

「よろしいのですか」

「巽の顕現体ファミリアーに任せる。追跡も制圧も人間では困難だろう」

「わかりました。十分に周知しておきます」

「諸々、杞憂で済めば良いと思うが」

「私もそう思います」

 田村の答えに私は頷き、二人を送り出した。


 私は榊に声をかけ、共に地下2階に向かう。

 エレベーターを降りると、6階と同じような象牙色アイボリーの空間に出る。迷い込む人間がいることを想定し、壁には吸血鬼の血で書かれた心理迷彩と拒絶リジェクションの術式が施されている。私と榊の各々が、自分のカードを入り口のセンサー部分にタッチすると扉が開いた。


 扉の先には、棚やロッカーが立ち並んでいる。数々の衣服、銃器、弾薬、剣、その他数々の装備品。

 部屋の突き当り。壁の上部に扁額がある。そこに書かれているのは日本語ではない。『Si vis pacem, para bellum』。汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。

 扁額の下には、一枚板の重厚なテーブルがある。


 私は棚からグロック17とグロック26を各々二挺取り、テーブルに置いた。榊は黒漆拵こくしつこしらえ粟田口国綱あわたぐちくにつな二尺二寸九分余、そして津田越前守助広つだえちぜんのかみすけひろ一尺八寸をテーブルに並べる。

「榊。今回の作戦では御形と共に陽動を頼みたい。できだけ派手に暴れて闇の子ゲット屍食鬼グールどもを引き付けてほしい」

「わかりました。山中での作戦ですが、銃器はあまり使わない方が良いのですよね」

 榊は太刀を抜き、刃を見ている。

「深夜の冬の高原だ。流石に人目はほぼ無いと思うが、音がな。それに阿蔵ほどではないと思うが、新生者ニューボーン透過トランスパレンシーを使うだろう」

 私は自分の拳を榊に向ける。

「結局はこれだろうな」

 榊は凄みのある笑みを浮かべると、私に拳を見せてきた。

 

 私はベネリM4をテーブルに置き、弾薬の棚に向かう。

 不滅の不死者ノスフェラトゥたる吸血鬼ヴァンパイアを滅ぼすためにどうすればよいか。その為には、吸血鬼の「魂の心臓アニマエ・コル」を破壊しなければならない。

 闇の父、闇の母が、意思を持って人間を噛み、その血を飲む。そして、噛まれた人間がその意思を持って闇の父、闇の母の血を飲むことで転化が始まる。

 転化が進むと、身体の代謝が緩やかになり、いずれ止まる。肉体の心臓が停止すると同時に、魂の心臓アニマエ・コルが稼働し始める。吸血鬼たちは、魂の力によって冷えた身体を駆動させるのだ。


 私は、吸血鬼の血、その能力ギフトが弾頭に込められたパーシャルジャケット弾とソフトポイントの通常弾丸を用意した。ベネリのためには、対吸血鬼用術式ペレットが詰め込まれているバックショット。


 魂の心臓アニマエ・コルは内臓として吸血鬼の体内に存在しているわけではない。だが、多くの吸血鬼は第二の人生の前、人間だった頃の意識に強く囚われている。

 多くの新生者ニューボーン、そして長生者エルダーであっても、脳、あるいは心臓といった部位を破壊されると魂の心臓アニマエ・コルの停止につながる。ドクターはこの状況を「魂が諦める」と言っていた。あるいは「魂の屈伏」とも。


 榊は博物館にでも収められていそうな形状の剣を持ち出していた。大量オオハカリと呼んでいる十束剣とつかのつるぎ。形状は古臭いが、砥ぎ上げられており、榊の顔が剣に写り込んでいる。


 御堂みどうという真祖が、魂によって繋がった闇の子ゲットではなく、肉体的な子を得ようと狂った実験の果てに産まれた半吸血鬼ヴァンピーラが榊である。

 榊の身体はおおよそ半分程度が転化しており、人間とは比べられないほどの膂力、瞬発力、回復力を持っている。眼帯で隠している左目には御堂の血統に見られる慧眼えげん能力ギフトが顕現しており、吸血鬼の持つ魂の心臓アニマエ・コルを見透かし、魂の輪郭を捉えることができる。不滅たる吸血鬼の魂を屈伏させることのできる力。


 榊は転化しきっていないため、血を飲んで魂を補うことができない。人間と同様に食事でしか身体を、その精神を、魂を動かすことができない。左目の制御が完全ではない今、封印インプリズンの眼帯によって能力ギフトを抑え込むことで、なんとか日常生活を送ることができている。


 私は漆黒の「浄闇ノクス」で誂えた三つ揃いスリーピースとシャツ、そしてトレンチコートをハンガーラックにかけた。

 今回の現場は山中であることから、榊には性能重視で戦闘服を用意させた。「天照ルクス」という純白の特殊繊維と硬化セラミック、そして協力者ネットワークの技術者集団が作り出した多層防衛術式によって、防弾、防刃、耐熱、耐寒、対能力ギフトを兼ね備えた戦闘服。開発プロジェクトのコードネームは「小忌衣オミゴロモ」。


 育ての親としての贔屓目かもしれないが、榊には黒よりも白のほうが似合う。夜の側ではなく昼の側を歩いてほしいと、ずっと思っていた。

 だが、娘はこちらの世界に踏み込んできた。自らの意思で。ならば、闇の父として夜の生き方を伝えることしかできない。

 榊の幸せは私が決めることではない。だが、縁ができた以上、幸せを願わずにはいられない。私の手から零れ落ちて行った人々、吸血鬼達の幸せ。私が応えられなかった吸血鬼達、人々の生。


 榊を助けた日からこれまでのことを思い出す。初めて握った榊の手は小さかった。その感触を忘れたことはない。

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