第2話 忘却の扉
リクは彼女に手を引かれながら、石畳の道を歩いていく。
街並みはどこか懐かしい。でも、それがなぜなのかは分からない。
彼女は嬉しそうに話しかける。
「ねえ、この道は覚えてる?」
「……ごめん」
その一言を聞いた彼女の指が、ほんの少しだけ震えるのを、リクは感じる。
「……そっか。」
微笑んだ彼女の目の奥に、ほんの一瞬だけ影が落ちる。
彼女は、きっとずっと待っていたのだ。
「覚えていてほしい」と願いながら。
でも、自分はその願いを叶えられない。
リクは分かっている。
それが、どれだけ残酷なことかを。
けれど、それ以上に彼女に嘘をつきたくなかった。
彼女と共に街を歩くリクは、視線の端に奇妙な感覚を覚える。
道を行き交う人々の中に、時折、自分たちをじっと見つめる者がいる。
まるで、自分たちのことを知っているかのように——
「なあ。」
「?」
「……俺は、ここに来たことがあるのか?」
彼女は少し寂しそうな目をして言った。
「……やっぱり、覚えていないのね」
「ごめん。」
「ううん。でも……きっと、思い出せるわ」
彼女の言葉に、リクの胸がかすかにざわつく。
確かにそうだ。
「初めての場所だ」と思うなら聞く必要がない。
それなのに、自分はなぜか 「ここに来たことがあるか?」 と言う問いを口にした。
「……15年前?」
無意識に、リクは呟いていた。
自分の口から出たその言葉に、一瞬、戸惑う。
なぜそんなことを思った?
俺は、本当にここに来たことがあるのか?
「……俺は何でそんなことを思った?」
彼女は静かに立ち止まり、遠くの砂漠を見つめた。
「あなたがいなくなってから、国は変わってしまったわ。」
リクは彼女の横顔を見つめる。
「俺がいなくなってから……?」
その言葉が、なぜか引っかかる。
この世界に来たことが——ある?
リクの中で、何かが呼吸を始める。
指の隙間から零れ落ちる砂のような記憶の断片が、わずかに引っかかる。
「……なあ。」
リクは、喉の奥に絡まる違和感を振り払うように、彼女へ向き直る。
「君の名前を教えてくれないか?」
彼女は、一瞬だけ目を見開いた。
まるで、その言葉を待っていたかのように——。
やがて、彼女は微笑む。
「……十五年前と同じ。」
胸の奥が、軋んだ。
「私の名前は……」
彼女の唇が、ゆっくりと形を作る。
そして——
「アウロラ。」
その瞬間——
世界が静寂に包まれた。
遠くで風が吹く音がする。
砂漠の粒が、さらさらと流れていく。
——そして、
まるで乾いた大地に雨粒が落ちたように、
心の奥底に沈んでいた何かが、ゆっくりと滲み出す。
——砂の城。
——白いドレスの少女。
——「また来るね」と言った言葉。
意識の奥で、かすかに光が弾ける。
リクは、頭を抱え込む。
「……っ」
記憶が、波のように押し寄せる。
優しく、それでいて、逃れられないほどに。
「アウロラ。」
リクの言葉が、静寂の中に溶けていく。
目の前の彼女の瞳が、震えた。
まるで、ずっと張り詰めていた何かがほどけたように。
彼女の頬を、一筋の涙が伝う。
それを見て、リクの胸が軋んだ。
リクは静かに口を開く。
「……君に、ずっと会いたかった。」
彼女は、涙を浮かべたまま、微笑んだ——。
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