ダンデライオン

s

第1話 砂の記憶

「……やっと来てくれた。」


抱きしめられた瞬間、胸の奥が軋んだ。 知らないはずの温もり。

なのに、どこか懐かしい。


目の前の女性は、長い金色の髪を陽に透かしながら微笑んでいた。

砂漠の風に揺れる純白のドレス。


美しい。

そう思った次の瞬間、彼女の瞳が潤んでいることに気づく。


「……え?」


困惑する俺を気にする様子もなく、彼女は腕に力を込めた。 抱きしめるその手は、わずかに震えている。


「ずっと待っていたの」


甘く響く声。 俺の名前を呼ぶその声には、深い感情が刻まれていた。


「待って……?」


混乱する。ここはどこだ? 俺はなぜここにいる? 思い出せない。

いや、そもそも思い出すべき記憶すらない。


視線を巡らせると、見渡す限りの砂漠。

遠くには石造りの街並み。

白と青のコントラストが、どこか異国の雰囲気を醸し出している。


——砂漠の国。


ふと、記憶の奥底をくすぐるような違和感が胸をよぎる。

この場所、見たことがあるような……?


「……リク?」


驚いた。


俺の名前を、この世界の誰かが知っている。

それだけで、現実感が揺らいだ。


「どうして……俺の名前を?」


彼女は不思議そうに首を傾げる。


「どうして、なんて……。あなたが私を助けてくれたのよ?」


助けた? 俺が? いつ?


脳が必死に記憶を探す。

頭の奥が霞がかったようにぼやける。

何かを思い出せそうなのに、指の隙間から砂がこぼれ落ちるように、掴めない。


「……ごめん。俺、君のことを……」


言葉に詰まる。


知らない。そう言うべきなのに、心が拒絶する。

なぜか、そんなことを言ったらいけない気がして——


「いや、君は俺のことを覚えてるんだな?」


彼女の瞳が揺れた。


咄嗟に口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。 なぜこんなことを言った?


彼女は安堵したように微笑む。


「よかった……。ずっと、ずっと待っていたの。」


——十五年も。


言葉には出さず、彼女はただ俺を見つめていた。


その時—— 街の奥で鐘の音が鳴った。


彼女は顔を上げ、俺の手を取る。


「行きましょう。ネフェレトへ。」


「お、おい! ちょっと待て、話が——」


「大丈夫。全部、これから話しましょう! たくさん話したいことがあるの!」


そう言って、彼女は俺を引いて歩き出す。 掴まれた手のひらが、妙に熱い。


俺たちは砂漠の街の中へと進む。


——砂時計は、静かに時を刻む。 止まっていた時間が、今、動き始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る