46:空の底を掘って ①/フェス、開幕!!

 配信での盛況っぷりを見て、ある程度覚悟はしておいたつもりだった。

 ただ、それでもなお、やっぱり俺の想定はまだまだ甘かったのだと思わざるを得なかった。


 異界深度フロアレベル:3。

 現在地、『高天原エアライン空域』──第一階層。


 一面に広がる蒼穹と、白亜の雲海。

 真っ白な砂漠と見紛うような雲の大地には今────大勢の探索者が詰めかけていた。



「ヒャハハハァ! 絶好の『採集日和』ってヤツだなァ、これはよォ!?」


「ちょっとスガ! 早く来なさいよ良い場所が取られちゃうじゃない!」


「へいへいお嬢、ちょいとお待ちを……」


「はいどうもーぉ! クリっクリっクリルでーぇす! なんとワタクシ、あの『ヘヴンリーマインフェア』の第一回に当選しましてーぇ、現在『TAL空域』にいまーぁす!」


「うわ……もう配信してるのがいるヨ……。騒々しいネ…………」



 人数制限は、だいたい二万人超だったか。

 鳥取砂漠よりも全然広い第一階層が、それでも様々な探索者で犇めいていた。

 探索者達も俺達のことは気にしているらしいが、今のところは声をかけてくる様子はあまりない。……というのも俺達が配信準備をしているからだろう。



「ウチのリスナーはお行儀がいいですよ」



 遠巻きにこちらを眺めている探索者達を見ながら、ナツカは満足げに頷いている。

 いや、俺達のリスナーに限らず迷宮の住人はみんなそうだぞ。



「『リメンバー桑原カミナ』だよ。リスナーが配信に凸るのは、異界迷宮ダンジョンの中でも有数のタブーの一つなんだ。そこのチャンネルの主が許容してたら話は別だけどな」


「それたまに聞きますけど、何なんですよ?」


「……あれは、悲しい事件だった」



 適当に流し、俺はカメラの準備を整える。



「ただ、今回はバチバチに凸OKでやっていくぞ。何せイベント参加って話だからな。現地リスナーも巻き込まなきゃ参加した意味がない。ガラの悪いヤツらに絡まれる可能性もあるが、そこは俺が上手く流すから」


「了解ですよ。というか神座さんが色々やってるからそういう人は来ないんじゃないです?」


「それ事前に神座さんにも言われたけど、正直俺は信じらんないんだよなぁ……。だって二万人超だぞ? そんな数の探索者の行動を制御できるわけなくない?」


「そうですかね? あの人まぁまぁ凄そうだと思いましたよ」


「いやそれは俺も分かるけどさ」



 神座さんの動き方は、かなり実力のある探索者のそれだった。というか、風貌切替スイッチを当然のように使っている時点で相当な実力者なのは確実だしな。

 彼女の技能大別カテゴリが何かは分からないが、その彼女がイベントを管理すると言ったのなら、それなりに勝算はあるのだろうが……物事には勝算と同時に誤算もまた存在するものだ。絶対なんかあると思って臨んだ方がいいと思う。



「クロは心配性ですからね。仕方ないですよ」


「なんだその困ったちゃんみたいな扱い。あとで泣きを見ても知らねぇからな。──三、二、…………」



 やれやれといった感じで実に腹の立つ態度をとってみせるナツカにぼやきつつ、俺はカメラを起動する。

 カメラに連動してナツクロちゃんねるでも配信が開始されたのを確認し、俺はナツカに視線を送る。ナツカはぱっと胸を張り、



「ヘヴンリーマインフェス、来たるっ!!」



 と、第一声を高らかに宣言した。

 直後。



 『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』という大絶叫が、空域全体を揺さぶった。

 ──いや、そりゃそうか!? こいつらはみんなイベントに参加しに来てんだもんな。イベントの主催はあくまで迷宮省だが、それでも主役(みたいなもん)の俺達が配信を始めて、イベント開始を宣言したら、そりゃこんな風に大声上げるか。いかん、イベント進行慣れしてなさすぎて全ての現象に対して覚悟ができてない!

 俺は呼吸を落ち着け、ナツカの自己紹介を待つ。



「おおお……凄い熱気。皆さん、こーんばーんはーっ! 司会進行のプロ、ナツカさんでーす! こちらはちょっとビビってる相棒のクロ」


「ビビってねえ! ……あ、あと相棒でもねぇ!! ……黒子のクロだ」



 あっ、しまった。司会進行のプロってところにツッコミ入れ忘れた。……ボケを渋滞させんじゃねぇよ!! ツッコミはこの場に俺しかいないんだが!?



『プロ全然緊張してないのすごいな』


『まぁプロだし』


『なんだかんだプロってプロだよな……』


『プロとは?』



 うぐ、コメントもナツカの場馴れを褒めてる。これ遠回しに俺が緊張してるって丸分かりだってことだよな。

 ……っていうか、俺だってこういう晴れ舞台はキララの時なら全然気にならないんだよ。なんかこう、キララの時は……そういう立ち回りになってるというか。クロの時はだいぶ自分の素に近い分、めちゃくちゃ気後れする!



「さて、もう既に『マイニング』してる人達も多いと思いますけど、今日の配信は公開収録ということで。……公開収録。一度は言ってみたかったですよ」


「普段の迷宮探索も公開収録っちゃ公開収録なんだけどな! 別に部屋にこもってるわけでもないし……いや雑談とかだったらこもるかもしれないが。雑談まだしたことないけど」



 うう……コメントが取っ散らかってしまう。

 いかんいかん。これ、俺相当緊張してるな。落ち着かないと。……冷静に、冷静に。



「これからは、ナツカさん達も2Fに行って採集に向かうんですよ?」


「あーっと、……だ……な、うん。迷宮省の人が区画管理をしてくれているらしいから、その指示に従いながら採集していく……ぞ」


「了解ですよー」



 頷くナツカを横目に、俺は改めて1Fに集合している探索者達を観察する。

 1Fにの俺達周辺に集まっている探索者の多くは、俺達に興味を示している連中だ。『マイニング』というよりは、俺達の配信風景を見に来たという人達ばかりなのだろう。……それが、大体数百人くらい。

 そのほかは、俺達から離れた雲の砂丘を探索している。あの人たちは多分2Fへの入口ギミックを探しているんだな。

 それから、ちらほらサンダーバードに捕まっている人もいる。やはり人が多くなっているから、いつもよりも急接近に気付きづらいのかもしれないな。


 あ、探索者を攫おうとしたサンダーバードが他の飛行している探索者に撃ち落された。……って、アレKaleidoさん!? なんかいつもと違ってパンプスの踵が一メートルくらいの鋭いハイヒールになっててなんか全体的に天狗っぽいが……。アレが戦闘モードってことなのか?

 そうか、Kaleidoさんも嘱託の一人だから、イベント運営のサポートに回ってくれているんだ……! ってことは、他にも嘱託がいるのか……?

 その意識を持って他の探索者達を見てみると、案の定怪しいのがちらほら。立派な縦ロールを持った金髪ゆるふわロングのお嬢様風探索者とか、リーゼント頭にコートみたいな学ランを着た蛮カラ風探索者とか、頭頂部が禿げた白髪頭に曲がった背に白衣という悪の科学者風探索者とか、真っ黒い髪をまとめて黒地に赤の和服を身に纏った極道妻風探索者とか。

 外見だけなら探索者では別に珍しくないくらいのアクの強さではあるものの、その誰もが実力者だと一目で分かる振る舞いの強者たちが、目立たないがさりげなく集団の中で不測の事態に目を光らせていた。おそらく、俺達の周辺以外にももっといるはずだ。

 ……これが神座さんの自信の正体か。確かに神座さんだけでなく、多数の嘱託探索者も動員しているのであればかなり心強い。


 …………ふー。

 なんか色んな人が協力してくれてると改めて実感すると、落ち着きが出て来た気がしてきた。


 俺はひと安心して、配信の方に意識を集中させつつ、



「……あとはついでに、リスナーさんがいたら話聞いてみたりもしたいな。デビュー三日目のどぺーぺーがリスナーにインタビューとか、順序を間違っている気がしないでもないが」


「そこはナツカさんにお任せあれですよ。せっかくだしコメント欄のリスナーのリクエストした質問を現地のリスナーに横流ししてもいいですよ」


『鬼畜質問してやろ』


『やめなぁ!!』


『やめなぁ!!』


「リスナーに全体重を預けるなよ。死ぬぞ」


「物騒ですよ……」



 適当なことを言いつつ、俺達は2Fへの入口を探る。

 『TAL空域』の1Fから2Fへの入口は、実は可変である。というかそもそも、大地となっている巨大な雲自体が可変なのだ。雲だから当然だが。

 つまるところ、雲自体が常に流動的(なのになぜか歩ける)なため、『ギミック』の位置も移動しているわけだ。2Fが本番なのに大勢の探索者が1Fにいるのも、俺達の配信開始を見に来たのが半分、2Fへの入口を見つけられていないのが半分といったところだろう。



「おっ、ありましたよ。あの辺ですよ」



 もっとも、ナツカの観察眼にかかれば移動する入口くらいなら簡単に見つけられてしまうのだが……。本当にコイツの目便利だな。

 複数人の探索者達が先回りしてナツカの指差した入口に入っていくのを眺めつつ、俺も頷いてナツカに言う。



「おし。それじゃ早速2Fに行くとするか」


「むむ。クロもようやく調子が出て来ましたよ」


「余計なことは言わんでよろしい」


『調子が出るの早すぎなんだよなぁ……』


『あんだけガチガチだったのに切り替え早すぎん?』



 …………気分の切り替えくらい一瞬でできんと、歴戦迷宮ランクマッチじゃ上にはいけないんだよ。これでもけっこうかかったくらいだ。


 そんなこんなでナツカの先導で2Fの入口の前に立った俺は、そこでふと気付いた。

 ……今俺達の周りにいる探索者達は、多分俺達のリスナーだ。そして間違いなく俺達に着いてくることだろう。

 ただ一方で、普通の探索者は『ギミック』のありかを判別できる観察眼など持ち合わせていない。となるとどうなるか。……必然的に、俺達が移動した後は、俺達の入っていった『入口』に殺到することになるのではないだろうか。

 それによって混乱や争いが発生するようなことは、嘱託の人達がいる限りありえないだろうが……せっかくそういう事態が前以て想定できているなら、フォローするのも一応配信として矢面に立っている俺達の役割なのではないだろうか。


 ということで、俺はナツカに問いかけてみる。



「ナツカ、他の『入口』の位置分かるか?」


「え? う~ん、人混みが多くてなんともですけど……。……此処からなら、あと三か所くらいはそれっぽそうな場所が見えますよ」


「十分だ。この辺にいる連中に教えてやってくれ。分かる『入口』が一つだけだと、この人数じゃ不便だろ」


「おお! 調子を取り戻したと思ったら早速気が利きますよ」


「だから余計なことは言わんでよろしい!」



 恥ずかしいだろ! ガッチガチに緊張しててちょっと調子を崩してたとか!



「え~と、あの辺、その辺、そしてこの辺ですよ」


「めっちゃアバウトだな」



 まぁ指差してくれてるから分かるとは思うけど。



「うわっ! 消えたぞ!」


「おおー! プロありがとう!」


「流石はスカイダイビングのプロ!」


「プロアスレチッククライマー!」


「自己紹介のプロ!」



 なんか褒めたたえてるリスナーらしき声が聞こえてくるけど、それはワンチャン煽りじゃないのか? ナツカは気分よく胸を張っているが……(アホ)。



「ふふん。クロの機転にも感謝するといいですよ」


「ありがとうクロちゃん!」


「実物見るとほんとかわいいね、もっと映ってね」


「ランクマやってくださいお願いします!!」


「あーあー、どうもどうも。あとランクマはやりません俺は黒子なので」



 歓声に応えつつ、俺はナツカの背中を押して前に進む。

 ファンとじかで交流するのはめんどくさい。しれっと活動に要望投げて来るヤツいるし……。クロとしてランクマはやらねぇから! そういう人は師匠キララの配信でも見てください。あっちはあっちで本気だから。

 これ以上ファンに応えているときりがないので、さっさと2Fに行ってしまおう。ネット民の悪ノリに付き合っているといつまで経っても話が進まん。


 そう思って辟易していると、『入口』に入る直前にナツカが俺の方を振り返った。なんだ。後ろ(主に俺)がつかえてるんだ。さっさと進め。



「……クロ、照れてますよ?」


「オラッ」



 回答、蹴り。

 ナツカはそのまま2Fに飛び立っていった。俺も、さっさとその後を追った。その後の歓声とかは、なるべく聞かないようにした。

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