47:空の底を掘って ②/引力の向かう先
気が付くと、そこは大空の只中だった。
『高天原エアライン空域』の第二階層──無限に続く空と雲の浮島で構成された世界には、第一階層に勝るとも劣らない数の探索者達が既に飛び交っている。
視界の端に飛行中のナツカを確認した俺は、次に上方を確認してみる。
俺達の上にも何処までも続く青空が広がっているが、そこからぽつりぽつりと光の雫が落ちて、それが探索者の姿に変わっているようだ。前回は確認できなかったが、俺達も含めてこの階層に行くときはああいう感じになっているんだな。
……さて。
「ナツカ! 目の前の浮島に降りるぞ! 飛行中に他の人にぶつかるなよ!」
「ナツカさんを誰だと思ってるんですか! スカイダイビングのプロですよ!」
「前回、頭から落ちてたろ……」
そうこう言っている合間にもナツカは空中で縦回転を始めていた。あの状態で態勢制御など無理な話なので、俺は飛び込みの要領で空気抵抗を減らしてナツカの高度に追いつく。
くるりと反転してナツカの身体を捕まえると、腹這いの姿勢に整えてやった。
「おら、ちゃんとしなさい」
「おお、クロママですよ」
「ママじゃないが!?」
やめろ! コメント欄はそういうネタ大好きだから! キララだって例の配信事故未遂の件でナツクロの話題出すとたまにママ扱いされるんだぞ! キララは永遠に女の子だからママじゃないっつーの!!
ナツカの姿勢を補助しつつ浮島に着陸する。
当然、こっちの階層に来ている人達は『マイニング』目的なので浮島に降りることなく直で空の底に行っているようだが……ある程度は浮島で飛行を楽しんでいるようだ。多分、初めてここに来る人達だろう。
そんな中に、俺は見知った顔を見つけた。
「わほー! すごいすごーい! 飛べるよー!?」
「やめなさいよみっともない……」
秋篠フランさんと柘榴坂レインさん。
活発そうな方が秋篠さんで、大人しそうな方が柘榴坂さんである。とはいっても、どちらも同じように陽キャというか、多分学校ではハイカーストな感じなんだろうなぁという人間力だった気がする。
しかも、性格がとってもよい。その人柄で自然に好かれる人格者タイプの陽キャだ。彼女達はまだダイバー準備中をやっているが、実は近日中にデビューしたいと相談を受けていたりする。俺達にしてみたら、初めて一緒に探索したダイバーであり、ほぼ同期という感じの身近な存在だ。
そうか、あの子達も当選したんだ。豪運……。
「あ、クロちゃんとナツカちゃん、」
「馬鹿! 配信中でしょ! 邪魔になるから!」
秋篠さんの方も俺達のことを確認したみたいだが、そこで柘榴坂さんが待ったをかけた。
別にリスナー凸も許可してるくらいだし、気にせず声をかけてくれてもいいのに……と思ったが、こういうのって過剰なくらい気にしておくのが安定択って風潮あるしな。
向こうは……カメラドローンは回ってるけど、声をかけて来たってことは別に俺達が行っても大丈夫な感じなのかな? お互いに認識してるし、挨拶くらいはしたいが……迷惑かな。
「お! フランさん! レインさん!」
──とそんな風に遠慮していた俺の心遣いをぶっ飛ばす勢いで、ナツカはカジュアルに手を挙げて二人に挨拶した。
お前……いや、助かったと思おう。ここで挨拶せずにスルーしたら何となく気まずいしな。あとでDM送ってフォローしたりとか、そういう細やかなやつをやるのは俺には向いていないし。
「ども。配信中だけど俺達は大丈夫ですよ。邪魔じゃなければですけど……」
「全然! いやー直接会うのは久しぶりかなー」
秋篠さんはそう言いながら、浮島を蹴ってふわーっとこちらに向かって来た。
一緒に来た柘榴坂さんも一緒に出迎えながら、俺は秋篠さんの話に応える。
「そうっすね。旋風ではちょこちょこやりとりしてましたけど」
「こっちに来てるなら言ってくれれば挨拶しに行きましたよ。水臭いですよ」
「流石に遠慮しちゃって……。というか、今大丈夫なの? 配信中じゃない? わたし達なんて誰だか分かんない人扱いなんじゃないかなー……」
『レインちゃんとフランちゃんでしょ』
『バズの立役者だから知らないことはないって』
『良く分かんないけど仲いいのを見るのも楽しいしなんでもいいよ』
『流石に知ってる方が多数派だと思う』
『↑ごめん知らんかったわ』
あ……知らない人もそれなりにいるっぽい。確かに、此処俺達のチャンネルだしな。
ナツクロイト鉱石から来た新規層(ほんの数週間の差で新規もクソもないが……)が多いことを考えると、知らない人も多いか。このまま放置してるとリスナー同士でバチりそうだな。俺の配慮が足りんかった。
「ナツカ、一応リスナー向けに紹介してやった方がいいんじゃないか?」
「うむ、そうしますよ。こちらはナツカさん達の友達の秋篠フランさんと柘榴坂レインさんですよ。ダイバー準備中時代からの付き合いで、クロの短尺動画をあげて、ナツカさん達が最初にバズるきっかけを作った人達です」
「いやー、あの時は凄かったねぇ……。今度はもっと凄いことになってるけど」
ナツカの紹介に、秋篠さんは頬をかきながら苦笑した。
いや、本当にね。まだ一ヵ月経っていないのだが、既にもう数年前のような気分だ。あまりにも激動すぎる……。
ただ、ナツカはその辺の話題に拘泥するつもりはあんまりないらしく、あっさりとそこを流して次の話題を振る。
「お二人は、いつ頃デビュー配信をする予定なんでしたっけ?」
「一応、次の土曜日を考えてるわ。クロさんにも相談に乗ってもらったりしたわね……改めてありがとう」
「いやいや、いいっすよそれくらい。それよりデビュー配信楽しみにしてますね」
気を遣ったのか、俺のことを持ち上げてくれる柘榴坂さんに、俺は手を振って返す。
相談に乗ったって言っても、『連休中の方が人に見てもらいやすいかも』『デビュー配信前に精力的に活動した方が流れを掴みやすそう』とか、そういう話しかしてないしな。
俺自身、キララちゃんねるはランクマ勢(視聴のみ勢含む)向けだし、ナツクロちゃんねるはご覧の有様だから、ちゃんとしたチャンネル運営のセオリーは経験として持ってないんだよね……。
「というか、クロちゃんも敬語じゃなくていいのに。デビュー時期的にはそっちの方が先輩ってことになるんだよ?」
「いやぁ……」
そう言われたらそうなんだが、そんなに面識ない女子にため口きくのって気が引けるというか……タイミングを逃したというか……。こう、もうちょっと分かりやすく打ち解けるイベントがあったらって思ってはいるんだけど……。
「クロは人見知りですからね。情けないですよ。陰キャ陰キャ」
「あぁ!? 礼儀正しいといえ礼儀正しいと! 別にため口くらいなんてことないわ!」
「じゃあフランさんも良いって言ってるんだからため口になればいいですよ」
「ああいいよ、やってやらぁ!」
完全に売り言葉に買い言葉で言い返してから、ふと思う。こういう流れでため口になるのも、それはそれで失礼じゃない?
だが、もう言ってしまった後な上に肝心の秋篠さんは満面の笑みで拍手をしている。柘榴坂さんも楽しそうに微笑んでくれているようだ。いいのか、それで。優しい人達……。
「…………えと、じゃあ、これでいいか?」
『かわいい』
『かわいい』
『かわいい』
……うおおおお!! 恥ずかしい!! 可愛いなんてコメント、無限に言われ慣れているはずなのになんだこの流れは……。
「おお~! クロちゃんがデレた!! これがナツカちゃんがいつも見ている景色なんだね……!」
「いつもじゃないですよ。たまにですよ」
「俺はいつだってデレてねぇ!!!!」
適当なことをのたまう二人に、俺は憤慨しながら割って入り、
「ったく……。秋篠さんもあんま乗っかりすぎないでくれ。コイツほっとくと無限に調子に乗り出すから」
気持ちを落ち着かせて、俺は改めて秋篠さんを宥めにかかる。
こうやって俺を弄る流れになると、ナツカが手を付けられなくなっちゃうからな。こいつに場を回す能力はないので、ほどほどのところで俺が手綱を握らなくてはならない。
「……もうひとこえ」
「はい?」
と思っていると、秋篠さんがポツリと呟いた。上目遣いでじっとこちらを見つめる秋篠さんの姿は、普段の活発さとは違ういじらしさを感じさせて何とも可愛らしい。
んで、何? もうひとこえ?
「ここまで来たら、秋篠さん呼びは他人行儀だよ~! フランって呼んで! ね?」
「あ、じゃあ私もレインでお願いね」
「……………………秋篠と柘榴坂で」
「え~!」
秋篠さん……もとい秋篠はぶーぶーと文句を言っているようだが、俺は黙殺することにした。いきなり! 女子を! 名前で! 呼び捨ては! ハードルが高いだろうが!!!!
「まぁ、今日は一歩前進ってことにしましょう? 下の名前はそのうちチャレンジってことで」
「しょうがないな~……」
秋篠さん……じゃない、秋篠は柘榴坂……の取り成しで矛を収めたが、そもそも二人とも下の名前呼び捨てを諦めていないらしい。何なのだこの押しの強さ。やっぱりこれが陽キャってことなのか? 陰キャのペースも考えてくれ。
「あんまり配信にお邪魔するのもあれだから、わたし達はこのへんで~。二人とも配信頑張ってね~!」
「お邪魔しました。それじゃ」
「また今度一緒に潜りましょうですよ」
「お疲れ様。声かけてくれてありがとな」
そんなこんなしているうちに、秋篠と柘榴坂はさっさと別の浮島へと飛んで行ってしまった。嵐のような人達だった……。コメント欄は『てぇてぇ』だの『チャンネル登録しました』だの概ね好意的な反応でまとまっているので、そこは良かったが。そしてあの突発的なタイミングで良い結果を残せてるあたり、やっぱりあの二人は凄いな。
……あ、秋篠が空中でバランスを崩してくるくる回り出して、柘榴坂を吹っ飛ばした。ちょうど遠ざかるところを映してたからばっちり配信に乗ってるよ。持ってるなぁ。
『吹っ飛んでて草』
『あっちはポンの結果両方共倒れになるのか・・・』
『哀れっぽいね』
『感覚麻痺してるかもだけど、くるくる回ってるプロを空中で抑えられるクロが異常なんだからな?』
あ、浮島に不時着した。
どうやら、しばらくは飛行地帯で空を飛んで遊ぶようだ。あの二人は
「行っちゃいましたよ。しかし、意外に知っている顏がいるもんですね」
「言っても二万人もいるんだしな。それなりに引っかかる可能性は高いか」
しみじみと言いながら、俺は浮島の下を確認する。
遠すぎて此処からでは下の様子は窺えないが……今も浮島や頭上の入口からたくさんの探索者達が『空の底』へと降りている。
俺達の配信としても、本番はそっちの方だ。
「んじゃ、そろそろ降りるぞ」
「おっ、ようやく本番ですよ?」
俺が下の様子を確認しながら言うと、ナツカは楽しそうに右腕をぐるぐる回しながら言う。肩慣らしでもしているのだろうか。そんな文字通りの肩慣らしが意味を成すとは思えないが……。
「おう。いよいよ楽しい空の底だ。準備はいいな?」
「もちろんですよ! 今配信を見ているリスナーの皆さんにも、現在の『TAL空域』のリアルをお届けしますよ!」
言いながら、俺とナツカは同時に浮島から降り、空の底へと降下を始める。
追うようにして降りて来る多数のリスナー探索者達を視界の端に収めつつ、俺は下に視線を向けながら思った。
…………あれ?
これ、もしかしてこのまま行くと、意図せずして大量の探索者の下敷きになって乙る配信事故になっちゃう?
…………。
確かにリスナー凸を許可しているとは言ったが、こんな物理的な凸は想定してないんですけど!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます