44:震撼する世界 ①/鏑矢は午後六時付け
午後五時を回ったころ、俺達の部屋に来客がやってきた。
それが分かったのは、ピピピ、という電子音のチャイムが鳴ったからだ。
「お? チャイムが鳴りましたよ?」
その時俺は『スキルビルダー』の試運転モードを使って新能力の動作確認を行っており、ナツカは完全に飽きて自分の端末ドローンを使って昨日撮影した『WF城塞』の探索動画を見返していた。
真っ先にナツカが反応したのは、それだけ状況の変化を待ち遠しく思っていたからだろう。
「ああ、昨日心春さんが迷宮省の担当の人が挨拶に来るって言ってただろ。多分それじゃないか?」
「では早速挨拶しますよ!」
『スキルビルダー』の確認状況を保存しながら、俺は立ち上がる。同タイミングでナツカは立ち上がって、玄関の方へとぱたぱた走っていた。
俺はそれを追いかけながら、
「待て待て。ちゃんと迷宮省の人か確認してから扉を開けろって言われてたろ。今、ゴシップ系の人が俺達のことを嗅ぎ回ってるってKaleidoさんが言ってたじゃん」
昨日、この後の流れをざっくり話したり、Kaleidoさんからのインタビューを受けたりしていた時、そんな話もされていたのだった。
ゴシップ系と言っても、別に俺達の不祥事を探ろうとしているわけじゃない。俺達に探られて痛い腹なんてないしな。ただ、かなりの大発見ということで俺達が何者なのか知りたい人が多いから、その当然の需要に応える形で『供給』として色んな迷宮記者が動き回っており、その中にはゴシップ系に近いガラの悪い人もいる──ということらしい。
……あ、痛い腹あったわ! 俺荼毘じゃん!
「おお、そういえばそうでした。クロは用心深いですよ」
ナツカはそう答えて、心春さんに教えられた通りドアを三回ノックする。すると、向こうもドアを三回ノックしてくる音が聞こえて来た。
これが、昨日のうちに決められた符丁である。よかった。ちゃんと迷宮省の担当の人みたいだな。……まぁ、『WF城塞』前からは『
「はいはい。今開けますよ」
符丁が確認できたので扉を開けると、そこにいたのは──
──大きな魔女帽を被った、一〇歳くらいの女の子だった。
……あれ? 確か心春さんと戦った日に、迷宮省の職員は第三項で外見を弄るのはあんまり……みたいなこと言ってなかったっけ? これは流石に外見弄ってるよな?
心春さんの言い方的に、嘱託ではなく後輩をつけるみたいな言い方だったけど……そうではなくて、普通に嘱託の探索者が来たんだろうか。
一瞬混乱した俺をよそに、目の前の幼女はぺこりと可愛らしくお辞儀をして、
「はじめましてっ! 迷宮省からきました、ピケティですっ! よろしくおねがいしますっ!」
「あ、はい……」
ハキハキとした、それでいて舌っ足らずな挨拶に困惑しながら、俺も釣られて頭を下げた。
横のナツカは鷹揚に頷いて、
「よく来ましたよ。ごろ寝のプロ、ナツカさんです。こっちは相棒のクロ」
「相棒じゃないが……クロです。よろしくお願いします」
「あ、もっと小さい子に対応する感じでお願いできますか」
「ああはい、分かりました……。…………は?」
普通の挨拶の流れで飛び出した流暢な台詞を一瞬流しかけ、俺は驚いて目の前の幼女を二度見した。
…………は?
「ですので、私のことは一〇歳の子どもだと思って接してください。所属は迷宮省ですが、遠慮は不要です」
「なんでそこだけ事務的なんすか……」
淡々と言うピケティさん(怖い)は、俺のツッコミは無視してきゃるんと可愛らしい雰囲気に戻った。なんかスゴイ人だな……。まぁそういうことなら付き合うけども……。
「分かった。それで、ピケティが今回の担当ってことでいいんだな?」
「はい! 心春さんにおねがいされてやってきましたっ! イベントのかんり? とかは全部わたしにおまかせですっ!」
「大丈夫かなあ……」
「大丈夫ですっ! わたし、これでも迷宮省のせいき職員なのでっ!」
「正規なの!?」
今度こそ本気で、俺は目を剥いてビビった。嘱託じゃなくて正規なの!? 迷宮省の職員って第三項を便利遣いしちゃいけないんじゃ……ああいや、別にそうだと心春さんが断言した訳でもないのか……?
困惑していると、ピケティさんはちょっと困ったような表情をして、
「あの、中に入ってもいいですかっ? あんまり玄関口では話しづらいので……」
「あっ済みませ……、……いやそうだったな」
め、面倒くせぇ……!
とは思いつつ、俺はピケティさんを部屋の中へ案内する。イベントの話をあんまり玄関口でするわけにもいかないしな。
部屋の扉を閉めて鍵をかけ直すと、ピケティさんはふうと一息ついて、
「では、本題に入りますが」
──その姿が、まるで砂嵐で搔き消されるようにしてブレた。
一瞬のブレが収まると、そこには一〇歳の少女ではなく、大学生くらいのスーツ姿の女性が佇んでいる。心春さんと同じく、探索者特有の飾りっけがない、普通のパンツスーツだ。
「……すみません。さっきのは探索者としての姿でして。……『大空洞』で迷宮省としての活動を衆目に晒すのは、あまり推奨されていない行為なんです」
「あーなるほど…………」
「本名は
ピケティさん──もとい神座さんの説明で、俺はようやく理解できた。
確かに、スーツ姿の人が『大空洞』をうろつき回っていたら、普通の探索者は何かあるのか? って勘ぐっちゃうよな。心春さんは『
腑に落ちて頷いていると、ナツカの方は首をかしげて、
「……だとしても、なんで一〇歳として振舞ってるんですよ?」
「いや、そこは別に普通だろ」
何を野暮なことを言ってるんだ。
「見た目が一〇歳の少女なら、相応に振舞う。当然のことだ」
「クロさんは分かる方なんですね」
「……まぁ、これでも色々見て来てるので」
一〇歳として扱うのを他人にも求めるのはかなりやばい部類だと思うが、外見の通りに振舞って素の自分を分けるのは荼毘勢の俺としては当たり前の感覚である。
ところで神座さんは、俺が荼毘だってことを知らないらしい。心春さんは迷宮省に俺が荼毘だって情報を共有してないのかな? まぁ共有はしてないか。けっこう繊細な情報だもんな。
とりあえず、どうとでも取れるように返事をすると、神座さんとしてもそこは脇道なのか、すんなり本題に入る。
「では、マイニングイベントについてですが──」
そうして、神座さんとの打ち合わせが始まった。
◆ ◆ ◆
その一時間後──午後六時。
俺とナツカは、TAL空域で配信を開始していた。
タイトルは、『【探索雑談】新物質の件、お話します【発表あり】』だ。無論俺がつけた。というか、配信タイトルとか概要欄は全部俺の担当である。黒子だからな。
そこそこ人気の迷宮であるはずのTAL空域だが、今は俺達の新発見から権利関係が明確になっていないためか、人っ子一人いない。
1Fの雲の砂漠で、まずはナツカが口を開いた。
「皆さんこんばんは。新物質発見のプロ、ナツカさんです」
「図に乗ってんなぁ……。黒子のクロだ」
『こんプロ~(気さくな挨拶)』
『こんプロ~』
『こんプロ』
「その挨拶何?」
前回の時から地味に流れていたが、定着したのか?
「さて、今回は『高天原エアライン空域』を探索しながら、前回の配信で発見した新物質について話をしていきますよ」
ナツカはそう言いながら、雲の砂漠を歩いていく。
今日は、2Fには行かない方針だ。1Fを散策しながら雑談配信をしていく予定である。
ナツカが話を切り出したので、俺はカメラの画角を調整し、二人で映るような形に持っていく。あまりやらないアングルに、コメント欄が俄かにざわついた。
『お、クロちゃんだ』
『珍しい』
『何の発表だ…?』
『クロちゃんきた』
「今回は全部嬉しいお知らせなので、そこは安心しといてくれな」
俺は最初に銘打って、
「まず、色んなお祝いの言葉ありがとう。全部はまだ見れてないけど、ちゃんと目を通すから」
「ナツカさんからもお礼を言いますよ。随分気持ちよくなりました」
「お祝いの言葉で気持ちよくなってんじゃねぇよ」
いや俺も大分嬉しかったが……。
「新物質の話自体は
「ナツカさんとの約束ですよ!」
『はーい』
『分かりました』
『はーい』
『はーい』
で、これは本題に入る前の注意喚起。
実際に他の人の配信は見ていないのでどんなもんかは分からないが、まぁ絶対発生はしているだろう。そういうときに注意喚起を全くやっていないと、『お前自分とこのリスナー管理する気あんの?』って話になってしまうのだ。活動者としては気を付けないとな。
「で、今日の配信の内容だが、トピックスがこの通り幾つかある」
言って、俺は端末ドローンを操作する。
空間投影されたウインドウに、『反響について』『発表その①』『発表その②』といった項目が表示される。
『アジェンダだ……』
『雑談配信にアジェンダが出ることあるんだ』
「アジェンダ? それは何ですよ?」
「議題みたいな意味だと思えばいいと思う」
俺も良く分かんないけどな。ビジネス英語で聞いたことあるってくらいだし……。
っていうか、俺も議題として用意した意識なかったから、言われて初めて『ああそうなんだ』ってなったくらいだし。
「えーと、まずは反響についてですよ?」
「色々あったからな。メタ的なこと言うと、配信開始直後は人が少ないから、人が集まるまでちょっと尺を稼ぎたい」
「せきららですよ」
『草』とか流れて来るコメントを横に見つつ、俺はナツカに話を振る。
「でも実際、色々あったろ。ギルドの話と本題の話以外は好きに言っていいぞ」
『ギルドの話?』
『知らん話が湯水のように…』
ギルドでの話は企画にする予定なので、匂わせがてらナツカに補足を入れておく。すると狙い通り、リスナーにはギルドの話を印象付けられたようだ。
よしよし。こういう感じで地道に伏線を張っていくのが、配信活動を成功させるコツなのである。
「あ、いいんですか? ヴィヴィアネさんの話とかも?」
「一応配信で話に出す許可は取ってあるから」
「用意周到ですよ」
メシの時にちゃんとね。『御三家』とご飯食べたとか、そんな話を配信のネタにしない訳がないだろう。
「本当に色々ありました……。実は昨日の朝にヴィヴィアネさんと知り合ったんですけども」
「『調査』系の……『御三家』って言って分かるか? とにかく、『調査』やってる探索者で三本指に入る凄い人でな。Tellerはやってないんだが」
『嘘やん』
『調べたら超凄い人で草』
『叩けば埃が出る勢いで偉業が出てくる』
『ラノベ主人公かな?』
ナツカがノー説明でヴィヴィアネさんの話をしようとしたので、注釈を入れてみたのだが、流石に必要なかったらしい。コメント欄はヴィヴィアネさん自体はちゃんと把握しているようだ。そりゃそうか。最古参で『御三家』だもんな。
「『TAL空域』で色々発見した後は、ヴィヴィアネさんに連れられて、『WF城塞』ってところに遊びに行ったんですよ。緊急避難で」
『騒ぎになってた』
『そうだったのか』
実際、旋風上はかなりの騒ぎになっていたのは昨日の夜にも見た。
ナツクロを探せ! みたいなこと言ってちょっと炎上みたいになってる人もいたし、そこまでは行かなくても『迷宮週間だからどっかにいるはずなんだけどな~』みたいなことを言っている人もいたし。
俺としてはファンサービスしてもよかったんだが、流石に規模がね。その分、イベントとか普段の配信で期待には応えていきたいね。
「旋風見たよ。俺達を探してる人がけっこういてビビった」
『ああいうのはよくない』
『リメンバー桑原カミナ』
「俺達は別に楽しんでるからいいよ。他の人に迷惑かけなければ。な」
「ですよ。まぁナツカさんはプロのスーパーダイバーですし、クロも相棒ですので」
「相棒じゃないが」
憮然と返しつつ、俺はナツカに続きを促す。
ナツカは全然気にした風もなく続けて、
「で、『WF城塞』を探索したりもしましたよ。あそこ凄いですよ。これ見てください」
そう言って、ナツカは昨日『泉の女神』に変質させられた燭台を取り出す。
どうも速度と方向によって『相』を変える不思議ギミック物質と化した俺の燭台は、今は銀色に輝いていた。
「城の中庭に泉があるんですけど、そこにものを落とすとこうなるんですよ」
『御伽噺じゃん』
『WF城塞って
『8!?やっば』
高難易度迷宮を探索したことに、コメント欄がにわかにざわつく。
これまでは高くとも
ナツカはこれに気を良くして、
「そしてこの難関を踏破し……」
「踏破してねぇだろ。ギミックに引っかかって見事に入口に戻されたじゃん」
「あれは爆発の煙がいけなかったですよ。見えてれば回避できてました」
「負け惜しみー」
からかってやると、ナツカがムキになって掴みかかってきたので逆に額を掴んでやる。
ナツカと俺は一五センチくらい身長差があるため、こうしてやるとナツカの手は俺には届かないのだった。
「『WF城塞』では、特定の道順を守らないと入口に戻されるギミックがあるんだと。俺は超えたが、ナツカはそれを踏んだから入口に戻ったわけだ。で、ナツカが戻ったので俺も戻った」
「先に行って中の様子を確認すればよかったですよ」
「お前がいないのに俺だけ進んでもしょうがないじゃん」
『てぇてぇ』
『これデレですよデレ』
『お前らやめな』
またなんかコメント欄が言ってるよ。こいつら女の子同士が絡んでるとなんでもてぇてぇって言うからなぁ……。
キララの時も、ごくごくごく稀に女性探索者と話したりするとそれだけでてぇてぇとか言い出すし。てぇてくねぇよ。これからバトる相手だっつの。
あと俺は断じてデレてはいねぇ。
「色々と課題が見えた探索ではあったな。俺達ももっと上に行けるというか」
「クロは向上心が凄いですよ。流石はナツカさんの相棒といったところですよ」
「相棒じゃないが……」
言いながら、俺は時計を確認する。
なんだかんだ会話の合間に雲の砂漠の砂丘っぽいところを登ったりもしていたので、配信開始から一〇分くらいは経っているようだ。
そろそろ配信開始告知とかから飛んできてる人も集まったところだろうし、視聴者数も集まって来た頃か。
そう考え、俺は配信画面の視聴者数をチェックする。
まだこれで三回目だが、初回配信は二万人、前回は八〇〇〇人くらいだった。今回はかなりのムーブメントになってるし、五万人くらいは来てるかな……。
そう思って、視聴者数の部分を思考操作で表示すると──
視聴者数:150,000
一万五〇〇〇人? 意外と少ないなぁ……。まぁ、そんなもんか。発表のところまで雑談聞くのダルいし後で切り抜きで見ればいいやって人が多いのかね。
………………。
いや、違う!!
これ一五万人だ!! 桁が想定外すぎて一瞬見間違えた!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます