43:じっくり考えてみて/プロメテウスの逆説
「う~む、どうしたもんかな」
翌日。
あの後心春さんによって
時刻は午後一二時。早起きしたのはいいものの、下手に外に出るとまだ騒ぎが起こってしまうということで、俺は夕方の配信まで部屋の中で時間を潰していた。ちなみに、ナツカは惰眠を貪っている。あの姉にしてこの妹ありな休日の過ごし方である。
「これがな~…………」
で、俺は何をしているのかといえば。
ソファの上に胡坐をかいて、端末ドローンから空間投影されたウインドウを指でちょいちょい操作しながら、あーでもないこーでもないとぼやいているのであった。
まぁ、色々とやることがあってね…………。
「ん~、クロ、何してるんですよ?」
と、ようやくベッドの上で惰眠を貪ることをやめたナツカが顔を出してきた。
探索者の身体は、本来睡眠を必要としない。
厳密な意味で生命活動を行っていないのだから当然だが、では何故睡眠することができるのかと言えば、これは探索者が食事をとるのと同じ目的のためだと言われている。
要は、食事と同様で睡眠によっても探索者はエネルギーを回復することができるというわけだ。人間の身体と似ているが、探索者の場合はダイレクトに体力回復に繋がるから面白い。RPGゲームで宿屋に泊まったらHPが回復するようなテンションだ。
もっとも、低血圧のような寝起きのデバフはもちろん発生しないので、ナツカの寝起きの悪さは一〇〇%本人の資質なのだが……。
「あん? ちょっとな。昨日は現状の俺の限界を痛感したから」
そう言って、俺は空間投影したウインドウを何の気なしにナツカに見せる。
そこに映されていたのは──『スキルビルダー』というアプリの画面だった。画面の左上には『照明』と表示されたプルダウンメニューがあり、それ以外はがらんどうの3D空間が表示されている。
「すきるびるだー?」
ナツカは見せられた画面に首を傾げ、
「なんですかそれ?」
「お前知らないのかよ……探索者の必需品だぞ、これ」
いやまぁ、ナツカが探索を始めたのって
俺は呆れながら、ナツカに説明を始める。
「そもそも、
「ナツカさんをバカにしてはいけないですよ。というかナツカさんは
「間違いではないな」
得意げなナツカの説明に、俺は頷いてみせる。
実際、ナツカの説明に誤っている部分はない。
ただ、それだけではあまりにも大雑把に過ぎる。
「だが、より正確に説明するならば──
『照明』、『探知』、『鑑定』、『収納』、『合成』、『鍛錬』、『修復』、『練成』、『通信』、『掘削』、『移動』。
探索者は必ず、一一つある
では、その作業は実際にどう行うのか?
これは、ナツカの言う通り、『
余談だが、そういう流れで確立するのが
だが、ここまで聞けば当然、誰しもこう思うだろう。
『そんな細部まで頭の中で能力の挙動をシミュレーションして覚えきれるわけなくない?』と。
それはその通り。ぶっちゃけ、できなかった。だから初期の探索者の
ちなみに、ナツカの場合はそもそも『爆弾の挙動』についてはその場で設定しているというよく言えば原始的な(悪く言えば超雑な)つくりなので、あの頭でも何もなしに成立しているものと思われる。
だが、界隈の成熟につれて競技性が増していくにつれ、どの『スタイル』でもそういう曖昧な挙動ではやっていけなくなってきた。そこで誕生したのが、この『スキルビルダー』である。
「そんなこじつけをいちいち覚えてらんないだろ。だから、メモ帳を用意するんだよ」
「なーんだ。ただのメモ帳ですよ。大仰な名前ですね」
「ナメんなよ。これマジで革命だったんだからな」
調子こいた発言をかましたナツカの頭にチョップを入れ、俺はさらに続ける。
「メモ帳っつっても、単なる文字を書き込むスペースじゃない。実際に探索技能を使ったときの挙動を再現できる──、言ってしまえば、立体挙動のメモ帳だ」
言いながら、端末ドローンに意識を集中させる。すると、ウインドウの中にマネキンが表示された。
普段は楽なので指でウインドウに触れて操作しているが、そもそもドローンは思考操作が可能なので、やろうと思えば思考操作も可能なのである。『スキルビルダー』は思考操作インターフェース対応型のアプリなのだ。
「んで、俺が何をしていたかと言えば──」
ウインドウの中のマネキンが、掌を掲げる。
すると、その掌の中にボウ!と音を立てて炎が発生した。
「おお、これは──」
「『照明』の応用な。この場合、『照明』を炎と解釈してる」
俺はそこでさらに意識を集中させる。
すると、マネキンの掌の中に浮かんでいた炎が一気に収束し、今度は単なる光へと変貌した。
さらに念じると、その光が一条の光線となって前方へと飛んでいく。
「うわ! 今度はレーザーですよ! これは強そう」
「この場合は『照明』を光と解釈して、その『光』を攻撃的に利用するわけだな。だが、これだと単純すぎる。こうやって、射出前に光線の軌道を設定できるようにしたり……」
「おお! レーザーが曲がりましたよ!」
「こうやって循環させてみたり」
「おお! レーザーブレードですよ!」
こんな感じで、色々な設定を付与することができる。──ただし。
「
「せっかくのレーザーなのにもったいないですよ」
ナツカが不満げなコメントを残す。
まぁ、その気持ちは分かる。世のランクマ勢はそういう細かい操作感にうんうん唸りながら
「そういうときに便利なのが、『制限』だ」
俺は空間投影のウインドウに念じてマネキンにポーズを決めさせる。
その状態で光線を放つと、先ほどまでより若干高い威力で光線が放たれた。
「『制限』ってのは、言ってしまえば発動条件や持続条件、反動みたいな『使い勝手』を制限するものの総称だ。たとえば、光線を放つときは特定のポーズを取らないといけないとか」
「おお。ナツカさんの『
「『合成』系なら任意解除もできるのは多いし、そういうのも立派な『制限』だな」
で、そうやって『制限』を付与して『使い勝手』が悪くなればなるほど、
『
あとは射程の短さや持続時間の短さとかでバランスを取ってもいるが、正直これはそこまで『使い勝手』を悪くしていないので、多分誤差だろうな。
「っていうか、これまでこういう概念を知らずによくやっていけたな……。……やっていけてたと言っていいのかは怪しいところだが……」
「そんなの感覚ですよ、感覚。ナツカさんもコハ姉も小難しいこと考えて探索してなかったので」
「本当に黎明期も黎明期ならそうだよなぁ……」
俺は思わず頷いてしまう。
『スキルビルダー』ができたのも、
そんなことに思いを馳せつつ、俺は自分の理解を整理するつもりで、追加で解説をする。
「ちなみに、『使い勝手』の評価基準はなんでか対
「ナツカさんは
俺もだよ。似た者同士だな。
「こういうときに、裏技として仲間との共闘を前提にした『制限』を設定する人もいる。『練成』系の相方が出した矢限定で射出できる『移動』系
「おお!! それはめちゃくちゃ使い勝手が悪いですよ! 一人じゃ戦えないなんて雑魚もいいとこですよ!」
「ところが、この場合は『大体仲間が隣にいるしなあ……』って認識になるのか、『まぁまぁ使い勝手が悪い』くらいの『制限』として扱われることが多い。共闘前提って本人が思ってるなら、相応の強化にしかならんわなって話だ」
「えー……。せっかく一人じゃ戦えなくしたのに、しょうもないと思いますよ」
「それでも、共闘前提ならほぼノーリスクで『まぁまぁ使い勝手が悪い』相当の『制限』による強化を手に入れられるんだから、全く意味がない訳じゃない。大抵期待よりは効果が薄いけどな」
テクニカルだから使い手を選ぶのは事実だが。
言いながら、俺は『スキルビルダー』を操作してマネキンのポーズを戻し、そして普通に一直線の光線を放たせる。
「だから、結局難しい『制限』を使わずに素直に能力を使うビルドが流行るんだよ。雑に速いし強いから、『照明』のテンプレビルドはもっぱら
もっとも、多くの場合射出後の操作は不可能(光速だから当然だ。認識できるわけがない)なので本人にも制御できないし、攻撃軌道も直線的なので読みやすいという致命的問題もあるが。
俺にしてみれば、こういう雑に強い
「…………なんでクロはこんな強いビルドがあるのにわざわざ『照明器具』とか出してるんですよ? レーザーを出せばそれで最強なのでは?」
「良いだろ別に!! それにつえーだろ『
「も、申し訳なかったですよ……」
ったく……。っていうか実際に俺はこの
「で、俺が今何をしているかだが」
改めて話を戻すと、マネキンの掌の上の光が炎に戻る。
そして徐々にその炎の下に、ろうそくが生えて来た。
「おっ、なんかいつもの感じになってきましたよ」
「と思うじゃん? 実は、ちょっと違う」
俺の言葉に応えるように、マネキンの手の上からろうそくが消える。
それからマネキンが何かを握る様に手の形を変えると、手の先に小さな炎が現れ、その穴を埋めるようにして銃のような形状の着火ライターが発現した。
今度は、ナツカが怪訝そうな表情を浮かべる。
「……あれ? これ『照明器具』じゃないですよ? 普通の火おこし道具では?」
「その通り」
俺が頷くと、再びマネキンの手が空になる。
マネキンが地面に手を当てると、そこから火花が吹き上がり、その火花を覆うように噴き出し花火の筒が発現された。
「あっ、花火!」
「厳密には、『着火を目的とした燃料物』だな」
「…………元々の能力はどうしたんですよ?」
なんてことないように言うと、ナツカは怪訝そうな表情でこちらのことを見つめて来た。
ふふん、安心しろ。
俺は掌の上に電球を発現しながら、
「心配するな。『
「ああ、コハ姉がやってたやつですか」
「話が早くて嬉しいなぁ!!」
俺が今ものすっごい画期的なことをやってるのに二番煎じみたいになっちゃうなぁ!!
朝から練習してさっきようやく『
「にしても、凄いですよ。よく作りましたねこういうの」
……まぁね。
俺は掌の上の電球を消して、
「要は、今まで『
「別に今まででもいいとナツカさんは思いますけど……クロがやりたいなら、納得いくまでやるといいですよ」
ナツカはあまり興味なさそうに言うが、やがてふと気付いたように、
「でも、なんというかこう……動きがもっさりしてますよ? 火が出てから後追いで道具の方ができてるみたいな」
「そこなんだよなー」
実は、そこが難点なのだった。
『照明』……つまり周囲を照らす光を炎と解釈するところまではよかったのだが、この解釈だと炎が主体で、道具はあくまで従になってしまう。
このラグ自体は、『制限』を加えることで限りなくゼロに収めることは可能なのだが、それでも『常に火が出ている状態』が基本ということになってしまう。それではこれまでの使用感と全然違うので意味がないし、射程も『照明』の域を出ないので結局今までより劣化していることになるだろう。
最低でも、『着火を目的とした燃料物』を『可燃物』と定義し、それを非着火状態で発現する
ただ、それでは『照明を目的とした能力なのに別に照明が目的でもない、照明にもならない物質を出す』ことになってしまい、非常に解釈が遠い。少なくとも、俺はそれを『照明』と解釈できない。キャンプファイヤーがギリ、だ。
「照明から炎への解釈がキモになってるから、炎に付随する器具の発現の根拠が弱いんだよ」
「ふーむ、難しいことを言っていますよ……」
……。ナツカに理解できる話とも思っていないので、別にいいが……。
「どーすっかなー。照明から炎への解釈……んー」
考え込んでいると、ナツカが不思議そうな顔をしながら俺のことを覗き込んでいることに気付いた。……なんだ。言いたいことがありそうな顏しやがってからに。
「なんだ?」
「いや……そこで躓くのなら、どうして『
あ? そりゃあ当然だろ……。
「『
「でも、それでキャンプファイヤーとか松明とかも出せるんですよ?」
「キャンプファイヤーも松明も照明を目的にした道具だからだ。たとえば、さっきの花火みたいなのは照明目的じゃないから発現できないな」
「難儀な解釈ですよ……」
言うな……。
だが、
だからこそ、シンプルな解釈でシンプルに強いビルドがテンプレになるわけだし……。
「でも、そういうことなら『
「む」
ナツカに言われて、俺は初めて答えに窮した。
確かに、俺のさっきまでの説明なら照明OFF状態で発現できるのは理屈が通らない。だが、俺は自然に照明OFF状態で発現できていたし、指摘された今もその解釈に違和感を持っていない。
……なんでだ? 俺の中で、何か今の理屈に足りない部分を無意識に解釈しているはずだが…………。
……………………。
「……照明がOFFでも、『照明』を入れる器ではある。だから、発現できてもおかしくはない。…………なんか破綻してる気がするが、イメージを言葉にするとこんな感じになる」
「はえー、良く分からないですよ」
気が抜ける相槌だなぁ……!
だが、言語化してみると何となく腑に落ちる感覚があった。
『
「でも、それなら別に炎でも同じじゃないですか?」
そんな風に自分で納得していると、ナツカがそんなことを問いかけて来た。
いや、そんなに簡単な話では……。
「だってそうでしょう? 器も含めて『照明』なら、炎っていう『照明』を受け止める器も『照明』の一部ですよ」
「いや、だから照明から炎っていう解釈があるせいでそれは上手くいかないと……」
そこまで言って、ふと、俺の脳裏に電流が走った。
いや……確かに炎も出せば『照明』を炎に解釈するというワンステップが入り込んでしまうが、炎を出さなければどうだ?
『照明』を受け止める器もまた、『照明』。
であれば、『炎という「照明」に付随して器具を発現する』のではなく……『炎という「照明」を受け止め拡大する器具を発現する』と解釈すれば、イメージの変換を重ねることなく器具が発現できるのでは?
奇しくも先程ナツカに説明した通り、他者の種火が前提の『照明』という形で。
「…………ナツカ、お手柄かもしれんぞ」
『スキルビルダー』の中のマネキンが手を叩くと、掌から未着火の松明が発現される。かと思うと、撫でた地面からカセットコンロが生えた。これは、今までは発現できなかった物品だ。
……うん、まだ若干発現速度は遅いが、十分許容範囲内。『制限』を詰めていけば、そう変わらない使用感の
しかも、能力を成立させるための解釈がそのまま『制限』になっているから、その分のリソースを能力射程や持続時間に回せそうだし。
「それはよかったですよ。で、
…………あぁ、確かにこれは『
これはもはや、新しい能力だ。
……炎を待つ器。逆説の灯火。そうだな、この
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