23:長く短い一週間の幕開け/最初の企画
というわけで心春さんからの依頼を受けてはいるわけだが、それは今回の目的全体から見たらサブ任務みたいなモンであり。
あくまで、今回の主目的は『
さしあたり──
「おぉ~、豪華ですよ」
俺とナツカは、高級ホテルのような建物へとやってきていた。心春さんに紹介されたところだ。まずは宿にチェックインしないと、始まらないからな。
『大空洞』中央に位置する
六角堂というのは、現実に存在するホテルだ。そのホテルが、
「あんまキョロキョロすんなよ」
『大空洞』を構成する材質とは別の、真っ当な黒い大理石製の玄関を潜って、俺達はロビーへと入っていく。
一般高校生であるところの俺は、当然ながら高級ホテルに入った経験などない。精々、家族旅行でデカめの旅館に行った経験くらいが上限値である。なので──そこには、『生まれて初めて』の光景が広がっていた。
なんというか、端的に言うと『城』なんだよね。二階まで突き抜けた吹き抜けの天井に、何本か立ち並ぶデカめの柱。その先に受付があり、奥の方にはさらに道が続いている形だ。
もちろん、ここまでの環境情報をナツカよろしくキョロキョロ見るほど俺はおのぼりさんじゃあない。というか、このくらいの情報くらいは一瞥で把握しないと
「えーと、あそこでチェックインか」
「クロ、チェックインのときってお金出さなくていいんですか?」
「そのへんは心春さんの名前出せばいいらしい。迷宮省ってことである程度は柔軟に対応してくれるんだろ」
「はえー……」
ナツカは良く分かってなさげな感じで頷くだけだった。とはいえ正味、俺も完全には凄さが分かっていない。迷宮省ってすげーなあというなんとも他人事な感心を抱くだけである。
「すみません。浜辺心春の紹介で予約していたナツクロちゃんねるですけど」
そういうわけで、俺は受付におっかなびっくり声をかける。
受付の人は俺達を見ると、ハキハキとした感じで応対してくれた。
「はい! ご予約いただいたナツクロちゃんねる様ですね! こちらがルームキーとなります」
「あ、はい」
受付の人は説明しながら、腕輪を二つ手渡してくる。この腕輪を掲げると鍵が開く仕組みなのだ。
ちなみに、この腕輪、紛失すると三〇〇〇円払わないといけないらしい(心配なので事前に調べた)。なので取り扱いはめちゃくちゃ慎重にしなくてはならないのだ。
……腕輪なら紛失のしようがないと思うかもしれないが、ここは
まぁ、仮に手首を切り落とされたとしても、すぐに自乙すれば第六項の転移に引っ張られて手元に戻したまま帰還できるんだが。これ、豆な。
「部屋番号はルームキーに刻印されておりますのでご確認ください。チェックアウトは八日後、五月九日の午後四時となります。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「どうもです」
「お疲れ様ですよ」
俺は言うべきことを言い切った受付の人に会釈して、用意された部屋へと向かう。
先程は見切れなかったが、奥の方へ行くと、エレベータの待合スペースと温泉施設・食堂の二手に分かれていた。
ちなみに、
先日の心春さんとの戦闘で
では何故温泉施設があるのかと言えば──娯楽要素だ。必要ないってだけで、あって困るもんでもないしな。お風呂に浸かってリラックス。精神的疲労の回復には役立つだろう。そういう付加価値は大切だ。何せ高級だし。
ただ、
食事については、厳密には必要だが……この辺はややこしいから今はいいか。
「あ! 温泉ですよ! 後で行きましょうか」
「お前だけで行けよ。俺は部屋のお風呂使うから」
「えー。クロは恥ずかしがりやですよ」
……荼毘だからだよ……! お前、俺が男だってこと忘れてないか……!? 今朝は現実で顔を合わせてたってのに……!
ツッコミを入れたかったが、下手に荼毘発言を聞かれたら色々と問題だ。俺はエレベータに入り、刻印された部屋番号──二〇〇五──に従い、二〇階のボタンを押す。エレベータのドアが閉まった。
一秒ほどして、なかなか動き出さないエレベータに俺がちょっと違和感をおぼえたタイミングで──チン、とベルの音が鳴って、扉が開く。扉の向こう側の景色は、一階ではなく二〇階のそれに切り替わっていた。
……え、いつの間に動いてたんだ?
「いやぁ、凄い速さでしたよ」
「……お前、今エレベータが動いたの分かったの?」
「? えぇ、まぁはい」
俺が戦慄しつつ問いかけてみると、ナツカは良く分からなさそうに頷いていた。
……コイツは特大の見栄っ張りだが、同時に特大の天然でもあるので、こういうとぼけた感じの見栄の張り方はしない。ってことは、マジで今のエレベータの移動を感じ取ってたのか……。
ナツカは、
「お、此処だな」
部屋の前に設置されたプレートを見て、俺は足を止める。
二〇〇五と書かれたプレートがついたドアに右手のルームキーを近づけると、ピピ、という電子音と共に鍵が開いたのが分かった。
中に入ると、そこはマンションの一室のようだった。
それも、3LDKの。
そう、3LDKだ。部屋が三つあり、リビングがあり、ダイニングがあり、キッチンがある。
「おお~! 凄いですよ! クロ! 此処にキッチンが! ホテルなのにキッチン!」
「ホテルじゃなくて
さっき探索者は食事を必要とすると説明したが──実のところ、別に探索者は飲まず食わずでも餓死したりはしない。
ただ、人の範疇を越えた膂力を発揮したり、あるいは
そういうわけなので、死ぬわけではないものの、探索者は隙あらば軽食をとる。ホテル企業が運営しているのでホテルのような建付けになっているが、根本的には探索者の拠点である此処には、そういうわけなのでキッチンも常備されているのである。
「じゃ、部屋割りすっか」
そう言いながら、俺はカメラドローンを起動した。
それはもう凄まじいはしゃぎっぷりのナツカに対して、俺は比較的平静を保っていた。というのも、このあたりの事情は前以て心春さんから聞いてたのだ。っていうか聞いてなかったら流石にクラスメイトの女子と同じ部屋に宿泊とか……ってなってたと思う。俺は陰キャなので。
「ん? クロ、どうしてカメラつけてるんです?」
「どうしてってそりゃ、動画にする為に決まってんだろ。このあとも配信の予定あるけど、こういう細かい日常を撮らないと『
「む、確かに。流石はナツカさんの相棒ですよ」
「相棒ではないのだが」
言いながら、俺は部屋を隔てるドアを開けて中身を確認していく。
部屋の内訳は、三つのうち二つが寝室で、もう一つが装備類置きになっていた。
「じゃあ、俺はこっちの部屋使うから。勝手に入って来るなよ」
「そんなことしないですよ。ちゃんとノックします。ナツカさんはプロのレディなので」
「逆にアマチュアのレディって存在するのか?」
適当なことを言いつつ、ナツカは腕に装備していたベアークローを取り外す。
ナツカの武装──ベアークローは、戦闘時以外は折りたたんで腕に密着するように変形できる。なので街中でも安心ではあるんだが、それでも邪魔なものは邪魔だからな。部屋でくつろぐときくらいは外しておきたいのだろう。
リビングのソファ横にベアークローを無造作に置いたナツカに、俺は何とはなしに問いかける。
「武器部屋、使わないのか?」
「腕からつけたり外したりするだけなのに、わざわざ部屋まで持っていくの面倒ですよ」
「ああ……」
確かにそうだが……。
……そういえば、ナツカの部屋はけっこう雑然としてたっけな。あんま片付けとかしたくないタイプなのだろう。イメージ通りである。
そこは別にどうでもいいので、俺はさくっと流して話題を切り替える。
現在時刻は午前八時すぎ。
今日のスケジュールは、午後一時に『
そんなわけなので、俺はドローンにナツカの顏をアップで撮らせながら尋ねてみる。
「随分と余裕そうだな。これから一週間の
「ふっふっふ。無論、完全成功を確信しているに決まっているではありませんか! ナツカさんを誰だと思ってるんです?
「その企画名考えたの俺だから、まだプロもクソもないと思うけどな」
適当に言い返しつつ、良い感じにナツカの大言壮語が撮れたので、俺は撮影を一旦止めて、さっき指定した自室へと引っ込み旋風に動画を投稿する。
大バズりしながらのデビューをしたからか、俺達の注目度はそれなりに高い。旋風の短尺動画ながら、再生数はぐんぐん伸びていった。ナツカがリビングの設備にいちいち感動してるのを確認してから、俺は自室の扉を閉めて改めて撮影を開始した。
「────で、だ」
ナツカに向けて……ではなく、この動画を見るであろう視聴者に向けて。
「ナツカが部屋の設備にはしゃいでいるうちに、進めるべき話を進めていこう。つまり、今回の裏企画についての説明だ。皆、内密に頼むぞ」
◆ ◆ ◆
『
一週間でどれだけの迷宮を踏破できるかというチャレンジ企画。デビュー直後の連休で毎日様々なタイプの迷宮に潜ることで、供給が『大量に』『多彩に』あることをリスナーに印象付けて、『ナツクロちゃんねるを見ること』を習慣づけさせるための作戦だ。
心春さんが太鼓判を押してくれた通り、この企画は一定の効果を発揮してくれることだろう。結局はバズの物珍しさで見た人達を、ナツカの面白さで惹きつけ固定客にする。そういう効果が、この企画には見込めるはず。
だが、同時にこうも思わなかっただろうか?
──そうは言っても、一週間ただ
少なくとも、俺は思う。
一定期間を使った企画というのは、その期間中を通して視聴者の興味を惹く『大目標』があるから最後まで気になるのだ。一ヵ月外国で生活するとか、日本列島を縦断するとか、そういうバラエティ番組も何かしらの目標や制限があるから面白くなる、と俺は思う。
翻って、一週間かけてフックが『どれだけ迷宮を踏破できるかチャレンジする』だけでは、いかにも弱い。競技探索者ならそれでもいいが、ナツカはどう考えてもバラエティ向きの探索者だ。競技シーンみたいなことをさせても強みを殺してしまう。
なので、俺は一計を案じた。
『
答えは意外と簡単に思いついた。
結局、チャレンジの結果どうなるのかを視聴者に気にさせたいのであれば、チャレンジの結果に応じて視聴者が気になるイベントを発生させればいい。
つまり。
迷宮デスゲーム。
今回の企画は、俺とナツカの戦いだ。
といっても、俺とナツカが別々の迷宮に挑んで数を競う訳じゃない。いつも通り、俺はナツカの迷宮探索をサポートする。そして──一週間でナツカが踏破できる迷宮の数を予想する。
ナツカの踏破できた迷宮が俺の予想通りであれば、ナツカに罰ゲームが。それ以外であれば、俺に罰ゲームが。ついでに勝者にはご褒美(俺の自腹)が。もちろん途中で裏企画がバレてしまえば俺の負けである。
ちなみに、俺が予想した迷宮の踏破数は全一〇基。基本一日に一回、たまに簡単な迷宮を一日に二回踏破する計算だ。
ナツカはその事実を知らないまま、視聴者だけがチャレンジの先にある未知の領域を楽しみに視聴できるというわけだ。ついでに、企画がナツカにバレないか? というハラハラ感もある。こっちは多分全然バレないと思うが。
正直、この裏企画が吉と出るか凶と出るかは未知数だ。
というか、そもそも
だが、やると決めたなら全力で、だ。この
──こうして、俺達の激動の一週間が幕を開けたのだった。
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