第二部 湖の乙女は引きこもり(仮)

22:ゴールデンウィークは迷宮で/迷宮省からの依頼

「準備はいいか?」



 五月初め、早朝。

 世の中がゴールデンウィーク真っ只中で沸き立っているその日、俺は自宅から徒歩数分のところにある公園にやってきていた。

 公園の中心には、『夜空の闇』としか表現できない、内部に瞬く星を内包した黒い穴が鎮座している。

 異界迷宮ダンジョンへと繋がる『門』──一〇年前に発生したそれは、明らかな異様であるにも関わらず日常の風景の中にすっかり溶け込んでいた。



「大丈夫ですよ。というか、準備するようなものなんてあんまりなくないですか? どうせ向こうに行ったら全部置き換わるんですし」



 俺の言葉にあっけらかんと返答したのは、一人の少女だった。

 色素の薄い髪を肩くらいの長さで切り揃えた、同年代くらいの少女。表情筋が死んでるのかってくらいの無表情だが、何故だか感情は分かりやすい、そんな不思議な雰囲気をしている。

 浜辺はまべ夏花ナツカ。俺のクラスメイトだ。


 クラスでは陰キャ的な立ち位置をほしいままにしている俺にとって、たとえクラス内カーストに関与しない不思議ちゃん系女子であっても、連休中に学外で顔を合わせるような機会はない。では何故俺がゴールデンウィーク真っ只中にクラスメイトの女子と早朝から公園で会合しているのか。



「そっちの準備じゃねぇよ。現実こっちでやり残してきたことがないかって言ってんだ。確か現文と数学と古典で課題出てたろ。ゴールデンウィークだからって」


「えっ、やってるわけないですよ。むしろせなみさんは終わってるんですか?」


「当たり前じゃん……なんだから、終わってなかったらヤバイし」


「………………それを聞いて安心しました。たった今アテができたので」


「絶対写させねぇからな」


「そんな殺生な! 相棒のピンチですよ!」


「俺は相棒じゃねぇ!!」




 その理由は単純。

 ──俺とこの馬鹿ナツカは、コンビで異界迷宮ダンジョン探索のチャンネルを運営しているのだった。



「そうは言ってもですよ。いきなりなんてトンデモ企画を言い出したのはせなみさんなんですから、ちょっとくらいナツカさんの面倒をみるのもせなみさんの義務なのでは?」


「そんな義務はねぇ」



 ゴールデンウィーク二日目、つまり昨日、俺とナツカは迷宮探索配信者ダイバーとしてデビュー配信を行い、晴れてダイバーのコンビとして第一歩を踏み出した。

 だが、異界開闢グランドローンチから一〇年が経ち、すっかりレッドオーシャンとなったダイバー業界において、ただデビューして平凡な活動をするだけでは埋もれて行ってしまう。

 幸いにもデビューよりも前に大バズりを果たした俺達だが、登録者数はまだ四万人といったところ。話題の熱が冷めないうちに色々と行動を起こした方がいい。

 そこで、俺はデビューにあたりを用意していた。



「…………『迷宮週間ダンジョンウィーク』」



 にべもなく拒否すると、ナツカは舌の上で転がすようにそう呟いた。



「えっと、一週間で幾つの迷宮を踏破できるかチャレンジしてみようって話でしたよね」


「そ。クラシックな。迷獣モンスターの討伐とかは一切無視して、とにかく踏破……迷宮主フロアボスの討伐を目標にするってやつ」



 一〇年も界隈が続けば、異界迷宮ダンジョンの楽しみ方も千差万別になってくる。俺がメインでやっている歴戦迷宮ランクマッチもその一種だが、他にもDTAとか乱戦迷宮サバイバルとか、本当に色々だ。

 ただ、今回はデビュー間もないということであんまり奇を衒わず、真っ直ぐなやり方でやろうと話し合って決めた。もちろん、俺は黒子のクロなのでメインに立つのはナツカである。



「…………絶対疲れるやつですよ。いいじゃないですかちょっとくらい。写させてくださいよ」


「嫌だよ。課題取ってからお前んち行くことになるじゃん。親御さんと鉢合わせそうだし」


「ナツカさんが取りに行くから大丈夫ですよ。終わったら学校で返すので」


「俺んちにも家族はいるんだよ! そして学校で受け渡しなんてしたら陰キャの俺がどうなるか分かってんのか!? 全部ダメだろ!!」



 あまりにも(俺の)分を弁えていない放言にツッコミを入れると、ナツカは周囲に視線を巡らせてから、あからさまに声を落として言う。どことなくあくどい笑みだ。



「…………向こうでのホテルの宿泊代、コハ姉にお金出してもらったんですよね? なら半分くらい妹であるナツカさんの手柄でもあると思うんですけど」



 一週間の異界迷宮ダンジョンの滞在と言っても、迷宮内で野宿をする訳ではない。俺達はサバイバルに慣れた戦士というわけではないからな。なのでどこかちゃんとしたところで宿泊する必要がある訳なのだが、当然ながら、一週間もどこかに宿泊するとなると、高校生のお小遣いでは到底賄えない高額出費となる。いや、俺の場合はチャンネルの収益があるが、ナツカはごく一般的な高校生なのでそういうのはないしな。

 では、その費用はどこから捻出したのか。

 ──それについては、全てナツカの姉であり迷宮省勤務の心春さんに出してもらっているのだった。



「ホテルじゃなくて常設拠点ダンジョン=インな。あと、心春さんから依頼を受けたのは俺だから。お前、オマケ。その理屈で言ったら八割は俺の手柄だろ」


「まぁまぁ。細かいことを気にしてたらハゲますよ」


「ハゲねぇよ!! ウチは父母ともにふさふさの家系だっつーの!!」



 そう。

 俺とナツカは、心春さんを通じて迷宮省からとあるアルバイトを受けていた。


 高級ホテル系列常設拠点ダンジョン=イン『六角堂』の一週間分の宿泊代(目が飛び出るほど高い)という破格の報酬を提示されたその依頼内容というのは──




   ◆ ◆ ◆




 今や人類にとって最も身近なエンターテイメントと化した異界迷宮ダンジョンだが、そこに至るまでの一年間、人類は緩やかに異界迷宮ダンジョンの安全性を検証していたとされている。

 何せ、『門』を潜ると外見が一気に変貌してしまうのだ。宇宙空間ですら長期滞在すれば人体に影響がある。各国政府では慎重な検証が行われていた。らしい。

 まぁ、公的機関がおっかなびっくりやってる横では、民間の人間がカジュアルに乗り込んでカジュアルに『体験談』をネットにばら撒いてたんだけどな。今にして思えば、その時の公的機関の後手後手っぷりが、今の民間主導の空気感に繋がっているのだろうが。


 つまり何が言いたいかというと──異界迷宮ダンジョンへの進入による人体への悪影響は存在しなかった。

 もちろん、あまりにもかけ離れた身体形状への変更は操作感の違和という形で短期的な問題を生むが、それだけ。現実の身体とかけ離れた肉体に変換すると慣れるまで上手く身体を動かせないことが多いが、逆にそこから現実に戻っても一日やそこらで元の感覚を取り戻せるということが分かったのだ。

 で、異界迷宮ダンジョン進入、ひいては長期進入にリスクがないと分かると、当然、じゃあ長居しようという探索者も出て来るわけで、そうなってくると必然的に、したいという人達も、出て来る。


 『無期滞在レジデント』というのは、そうした『現実に帰ることを望まない探索者』の総称だ。



「ただ、これはある種の問題も孕んでいてね」



 ──曇天の空の下。

 ビルの貯水槽の上に佇むスーツ姿の心春さんは、そう切り出した。

 アイドル衣装のキララは、こてんと可愛らしく首を傾げる。貯水槽の上の心春さんを見上げる形になりながら、



「問題?」


「ああ。異界迷宮ダンジョン内の土地は、どの国家にも属さない。ゆえに、そこにしている人間は、日本の法律の上ではと解釈することもできる」



 心春さんは、困ったように肩を竦めてそう言った。

 あー、確かに言われてみれば。……で、どこにも住んでいないことになるとどういう問題が?



「キララ君にはまだピンと来ないかな。たとえば、住民税。住民税というのは、言ってみればその地域の社会に参加する為の会費みたいなものなんだ。だが、無期滞在レジデントにとっての地域社会は異界迷宮ダンジョンに他ならない。そうすると、『参加してないのに何で住民税を取られなきゃいけないんだ』ということになる」


「ほえ?」



 難しい話だったので可愛らしく首を傾げつつ、俺は内心で納得していた。

 なるほどな。つまり、無期滞在レジデントから見たら住民税の分だけ損をしていることになるから、それはおかしいってことで訴訟になりそうな流れができてるわけだ。住民税をなしに出来るなら、似たようなロジックで色々節税できそうだし。

 で、その理屈を通してしまうと、じゃあ今度は住民税を節約する為に無期滞在レジデントになろうっていう財テクが流行り出してしまう危険性があるのだろう。

 ……実際には諸々の費用で大体の人は異界迷宮こっちで暮らす方が金がかかることになると思うが、こういうのは斡旋する人が儲けられるのが重要で、『お得そう』って思う人がいればそれだけ引っかかる人も増えるもんだからなぁ。

 もちろんシンプルな税収減とかも問題になるかもしれないが、それ以上ににわか仕込みの探索者が大量に異界迷宮ダンジョンに押し寄せればそれだけ探索者間の問題も起きるだろうし、それを利用した犯罪だって横行するはず。異界迷宮ダンジョンの安全な国家的運用を目的とする迷宮省からしたら、そういうのは対策しておきたいだろうな。



「……この調子で実際にはちゃんと理解できてるんだろうなぁ」


「どうだろ。でも、色々困ったことになっちゃうのは分かったかも☆」


「よろしい」



 得意げな笑みを見せてみると、心春さんは鷹揚に頷いた。

 風に靡く曇天を背にしながら、心春さんは視線を横合いに向ける。



「今のは多分に社会問題に寄った一例だが、似たような話で公的手続きが異界迷宮ダンジョンで途切れてしまうという問題もあるんだ。私の同僚──迷宮省の特別嘱託探索者にも、そういう手合いは意外と多い」


「そうなんだ。心春さんも大変だねぇ」



 職員ならともかく、嘱託ってことは根本的にはフリーランスの探索者ってことだからな。そうなると、色々とルーズな探索者だって珍しくないのだろう。プロフェッショナルな探索者って、けっこうな確率でクセの強い人多いし。

 異界開闢グランドローンチ当初の安全の保障されていない時代に異界迷宮ダンジョンへ飛び込んだアウトローの生き残りなんだから当然といえば当然の傾向だ。……いや、そのアウトローの極致みたいな人コハルさんがしっかり職員やってるんだから、そこは言い訳にはならないか。



「まったくな。今回も一人、必要な手続きが溜まっているメンバーがいるのだが……どうにも足取りが掴めない」



 そう言って、心春さんはドローンを操作する。

 ウインドウを指でスワイプさせながら、心春さんは続けて、



「普段は『移動』系の私が接触担当なんだが、いい加減警戒され始めてしまってね……。ところでキララ君、今度一週間迷宮で過ごす企画をやるんだろ?」


「ありゃ。もう聞いてるんだ。耳が早いね」


「夏花から聞いたよ。迷宮の踏破数チャレンジらしいな。楽しそうな企画で良いと思う。…………そこで相談なんだが、異界迷宮ダンジョンに一週間いるなら、お遣いを頼まれてくれないか?」



 提案と同時に、心春さんは貯水槽から飛び降りて俺の目の前にやってきた。

 俺は心春さんを見上げながら、にんまりと微笑みながら言う。



「別に構わないケド、お遣いをするならおこづかいは当然もらえるんだよね?」


「それはもちろん。とはいえ、迷宮省の嘱託でない君に金銭が絡む報酬は渡せないからね。……そうだな。『迷宮週間ダンジョンウィーク』。そこで取る常設拠点ダンジョン=インを私が手配しよう。とびっきりの宿にしてあげるよ」


「え、ええ!? 流石にそれは悪いよ……。格安宿にするつもりだから大丈夫だって。一泊三〇〇〇円くらいのやつ」


「そうは言っても、きみだって豪華な宿に泊まりたいだろう? それに、これはそんな報酬を出すほど私が困っていると思ってもらえると有難いかな」



 ………………そう言われると余計に断りづらいんですけど。



「っていうか、ナツカちゃんも一緒だから、あの子も依頼に参加することになると思うし、もっと言うとその分の宿代も必要だよ? 大丈夫? 情報の秘匿とか……あと、費用も倍になるけど」


「もちろん考慮の上だよ。あくまで外部委託できる程度の機密性だしな。それに、この程度の出費で私の懐は痛まない。国家公務員だからね。キララ君も将来の進路の候補にするといい」


「…………今はちょっと考えられないので、そのうちで☆」


「それは残念だ。三年後くらいにまた誘おうかな」



 とか言いつつことあるごとに勧誘してくるんだろうなあ……って感じの心春さんは、茶目っ気のある笑みを浮かべながら問いかけて来る。



「で。依頼についてだが……どうだい? 受けてくれるかい?」


「いいけど、失敗したら報酬はどうなっちゃうの? 話的に前払いになるよね?」


「失敗する可能性は考えてないが……そうだな、その場合はキララ君に追加の依頼を受けてもらおうかな」


「うえぇ……」



 成功したら迷宮省の依頼をこなした実績ができて、失敗したらそれを理由に追加の依頼が発生する、と。なーんか外堀を埋められている気がするなあ……。気を強く持たないと、なんか取り込まれてしまう気がする。っていうか、そっちの方が主目的か?

 今回の場合は、必然的にナツカも巻き込む形になるから心配はいらなさそうだが。



「冗談だよ。成功しても失敗しても、それは調そのものに対する報酬だ。追加の対価を求めるようなことはしない」


「あ、そうなの?」



 心春さん、こういうとこホントしっかりしてるよなぁ。ちゃんとした大人って感じだ。

 ともあれ、依頼を受けることで同意した俺に、心春さんはドローンを操作してウインドウを見せる。



「さて、まずはこの写真を見てくれ」



 ウインドウに映されていたのは、一人の女性だった。



「彼女の名前は『ヴィヴィアネ』。ダイバーではない探索専門の探索者で──主な活動ルールは『調査』。異界迷宮ダンジョンのギミックや迷獣モンスターの性質を調査することがだ」



 漆黒のナイトドレスに身を包んだ金髪の女性は、何か空間に走った亀裂のようなものに腰かけながら上品に微笑んでいた。その様相は令嬢というよりも、貴婦人と表現した方が適切そうだ。……見た感じ武装はなさそうだな。俺と同じように、探索技能スキルのみで徒手が基本のタイプだろうか。

 前段の話と言い、『調査活動』という話と言い、どうもこの人の足取りを追うのが今回のミッションのようだが……。



「そしてこれが一番重要な情報だが……」



 そこまで言って、心春さんは一度言葉を切る。



「彼女の探索技能スキル技能大別カテゴリは──『移動』」



 おそらくは武装を必要としない、ヴィヴィアネさんの探索技能スキル

 今回の『迷宮週間ダンジョンウィーク』の間に足取りを掴むと考えると、『移動』の探索技能スキルは大分厄介そうだ。心春さんの『救世の零ゼロ』と同じタイプの場合、それこそ正攻法で捕まえるのは不可能になってしまう。

 果たして、そんな俺の懸念をよそに、心春さんは続けて、



探索技能スキル名は『四界断つ次元の刃エクスカリバー』。能力はあらゆるものを切断する次元の亀裂を作り出し、異なる場所と場所を繋ぐこと。──『移動』の意味を解体し尽くし、無敵に昇華させた『最強』の一角だよ」



 規格外。

 心春さん──『とある少年』と比べても見劣りしないほどの威容を誇る能力を聞き、俺は内心武者震いしそうだった。戦ってみたい、。ついそう思ってしまうが……まぁ、それは難しいだろうなぁ。今回は話からして調査っぽいし。それにそもそも、逃げられてしまうのがオチだろう。


 そう思い呑気に話の続きを待っていた俺に、心春さんは続けてこう言った。

 即ち、今回の俺達の旅路の裏の目的を。



「君達には、彼女の────捕獲ハントをお願いしたい」



 …………。

 ハント?


 それって……捕まえろってことか!? 次元の亀裂を作り出してなんでも切断する化け物を!? 倒すとかでもなく!?

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