21:配信開始!/珍道中は始まったばかり

 ──それから瞬く間に、一週間余りの時が流れた。

 今日は、週刊ラビュリントスの配信日。たまたま祝日だったので、俺達は真昼間から異界迷宮ダンジョンに入り浸って配信を待っていた。

 蜘蛛の巣ターミナルのカラオケボックスを借りた俺とナツカは、ふわふわと浮かぶ画面ドローンを眺めながら、感慨深い気持ちを抑えられないでいた。



「ついにか……」



 この記事が配信されれば、いよいよ明日はデビュー配信である。

 新人だし今回の記事が大バズりするということはないだろうが、一応注目度はまあまああるのでそれなりに話題にはなってくれることだろう。俺もキララのアカウントで共有するしな。なんかちょっと自作自演みたいでずっこいが。


 俺の台詞に同調するように、ナツカもまた感慨深げに続ける。



「長かったですよ……」


「ああ……。お前が急に海の迷宮に行きたいとか言い出して、いざ海の迷宮に行ってから泳げないことが発覚したり、本当に色々あった……」


「心外ですよ! 着衣水泳が意外とできなかっただけです! 水着ならイケてました!」


「水着回はなぁ!! 三か月くらいえぇんだよなぁ!!!!」



 今四月末だからな! そもそも海開きもまだなのに季節を先取りしようとしてんじゃねぇよ! 通した俺も俺だったが!!



「というか、よく考えたら変にテーマ性のある迷宮に行く必要はねぇんだよ……。デビューしてからのネタが切れるじゃん。ただでさえ毎日のように潜って動画投稿してんのにさ」


「え? 普通はデビューまで毎日潜って動画を投稿するものなんじゃないですか?」


「バイタリティ!! 他のアカウント見てみろよ。秋篠さんと柘榴坂さんは二日にいっぺんしか潜ってないぞ。他の子に至っては『蜘蛛の巣ターミナル』の適当な喫茶店で雑談やってる切り抜きが大半で、実際に迷宮に潜るのは週一とかもあるし」


「まぁまぁまぁ。ナツカさん達はプロだからいいじゃないですか」


「お前それ万能ワードだと思ってる節があるけど、全然万能になってないからな」



 呆れながら言うが、ナツカは全く気にした様子もなくドリンクバーから持ってきたオレンジジュースを啜る。

 ストローから口を離したナツカは、しれっと話を切り替えて、 



「それで言うと、あっち名義の配信も最近増えましたよね。こっちと合わせて一日二回配信もザラじゃないですか。昨日もやってましたし」


「ん、ああ……」



 これまでキララは週に二回配信するのが普通だったのだが、この一週間はむしろ週に二回配信休みの日がある程度だ。あとは毎日配信している。今日もこの後キララとして配信するしな。

 しかしこれには明確な理由があり……、



「あっち名義の活動も、なんかモチベーションが湧いてきてな……。この世界には、まだまだ心春さんみたいな強い人がいるかもしれない……と」


「おお。クロが熱血になりましたよ」


「そしてそういう強者をコカして手玉にとれるかもしれない……と」


「所詮は陰キャでしたよ」



 陰キャで悪かったなぁ!! でも強いヤツをギリギリの戦いの上で倒すのがメチャクチャ気分が良いって、心春さんとの戦いで知っちゃったからさぁ……! あの時の清々しい気分はもう当分忘れられねぇよ……! そしてその為には、俺ももっと強くならなくちゃいけねぇのよ……!

 実際、あの時心春さんは俺に対して心のどこかで容赦があった気がする。キャンプファイヤーで自ら焼かれに行った俺を見て一瞬怯んだのがその最たる例だ。もし、心春さんが破局氾濫オーバーフローで世界を救った時のように完全に戦う意志を固めて俺と対峙していたら、結果はどうなっていたか……。

 …………もっとも、俺は心春さんが怯むと分かっていてわざとその隙に付け込んだので、勝敗自体は狙い通りな訳だが、それはそれである。


 技能切替スライドは…………一般に公開されていない技術は使う訳にはいかないが、そのうち技能切替スライド技術が一般に公開されて、複数の能力を併用して戦って来るランクマ勢も出て来るかもしれないしな。

 そういう意味では、俺の現在の立ち位置は全然安泰というわけではない。技能切替スライドに対応した『新世代』が現れた時、俺はどう対策していくのか。今から楽しみであると同時に、そこに備えて俺ももっと腕を磨かなくてはなるまい。

 ……というのが、今のキララの活動モチベーションである。現在目標は、二時間の配信で一〇戦一〇勝。つまり一戦平均三分台で勝利することだ。



「…………ま、そう現実は甘くないだろうけどな。迷宮省嘱託の探索者って結構いそうだし、そういう『本物の実力者』と比べたら、『こっち側』でことを選んだ俺はやっぱ一段落ちるだろ」


「でも、コハ姉には勝ったんですよね?」


「そりゃ、心春さんはスカウトとか担当してるんだろ? 長いこと第一線から退いてる人を基準にしちゃいけないと思うぞ」


「……………………、」



 俺のマジレスに、ナツカは微妙そうな表情を浮かべた。

 そう拗ねるなよ。俺としても『とある少年』って憧れだから、心春さんが一番強かったら嬉しいが。



「……まぁいいですよ。気付いてなくても実害はないですし」


「はぁ? 何だよ気になるな……」



 ナツカが何か含みのあることを言い出したので、俺は気になって追及しようとして──

 ピピピッ! と。

 そこでアラーム音が俺の言葉を遮った。……設定しておいたタイマー。記事の更新時刻か!

 電子配信の週刊ラビュリントスの更新時刻は、毎週木曜の午後一二時である。物理書籍と違って電子書籍だから、祝日でも関係なく更新されるのが有難い。



「おっ、更新来たな」


「さてさて、ナツカさんがどれだけ偉大に紹介されていることやら……」


「言っておくが、新人紹介の記事は基本的に半ページってKaleidoさん言ってたぞ」



 あんまハードルぶち上げすぎて勝手に落胆するなよ。

 そんな風にナツカに釘を刺しながら、俺は雑誌のデータをダウンロードして……絶句した。


 何故って? ダウンロードした雑誌データの表紙には──



「なんでナツカさんとクロとキララが表紙を飾ってるんですよ???」



 そんな、常識破りのが載せられていたのだから。



『デビュー準備中のコンビ「ナツカ」&「クロ」異例の大バズり! 独占取材新人特集大増三ページ!』


『噂の新人は歴戦迷宮ランクマッチ前シーズン一位の強豪「キララ」秘蔵の弟子!?』


『大バズりの立役者、「刻崎クロノ」独占インタビュー!』



 ……表紙に載せられたアオリ文を読むだけでも、どう考えてもこの号の顏は俺とナツカである。

 え? なにこれ? 話が違い過ぎない? どういうこと??? 俺なんも聞いてないんだが??? しかもしれっと秋篠さんと柘榴坂さんの特集も一ページで組まれとる。よかったね二人とも。……いやそうではなく。


 ……あ、クロの方のDMにKaleidoさんから連絡来てる(アカウントの非公開設定はコンビ結成の夜に解除した)。いつの間にかフォローされてたんだよな……。



『どうもどうも。表紙はもうご覧になられましたか?


 困りますよ。あんな風に話題性の塊を叩き込まれてしまっては、一緒に迷宮を探索した程度では記事のインパクトが霞んでしまうじゃないですか。

 仕方がないので、今回の件で合計一〇ページほどの特集を組ませていただきました。誌面の調整、本当に大変だったんですからね。こんなの殆ど号外ですよ。


 …………』



 その後も恨み言とも祝福ともとれる内容の文面が綴られていたが、要は『君達は目立ちすぎた』ということらしい。

 キララの方のネームバリューも使っちゃったからね……。あれから明らかにランクマ勢っぽい雰囲気のリスナーもコメントくれるようになったし。俺が黒子に徹しているのと、ナツカの芸風をしっかりと確立した後だったお陰で、当初俺が危惧していたような『ナツカがキララのコンテンツの一部になる』事態は起きていないが。


 で、だ。


 

「ナツカ、これは…………」



 キララの方に話は行っていない(キララのインタビュー記事とかはないので当然だ)が、クロノの方にはインタビューがあったらしい。キララの方にもインタビュー依頼してくれればよかったのに……と思いつつ、まぁクロノの方のインタビューとインタビューが被っちゃうからこの編成で妥当か……。

 で、クロノは仕事なので、雑誌の配信を自分のリスナーに向けて共有していた。そのタイミングで、あの大バズりした投稿も共有したものだから、どうも話題が再燃しているようだった。

 結果……。



「わぁ、なんかスゴイことになっちゃってますよ」



 気の抜けた発言だが、正直そうとしか言いようがなかった。

 前回の盛り上がりに加えて、ランクマ勢トップのキララが薫陶を与えた(ことになっている)新人の記事である。俺のことを熱心に追いかけているリスナーは食いつくし、そうでなくてもランクマの動向を真剣に追いかけている人も反応する。

 そしてそうなれば、弟子の話題が盛り上がっているのだから、キララも反応せざるを得なくなるわけで……。



『キララのお弟子さんのクロちゃんの特集記事が載ってるよ! みんなチェックチェック~っ☆』



 キララのアカウントで投稿すると、これもまたすぐに拡散されていく。

 正直、俺もまだ状況についていけていないというのが正直なところだが…………。


 俺は、途方に暮れながらナツカに呟く。



「…………これ、どうなるんだろ…………」


「そんなことナツカさんに聞かれても分からないですよ」



 結局、件の表紙の関連で『ダイバー準備中』と『キララの弟子』が二時間ほど急上昇キーワードとして表示されることになり……。

 ……結果、以前からじわじわ伸びていたキララのチャンネル登録者数がついに三〇万人を突破した。


 いや、なんでそこが跳ねるんだよ。




   ◆ ◆ ◆




 ────翌日。


 学校での有名人扱いを乗り越えたナツカ(と俺)は、予定通りデビュー配信の地へと乗り出していた。

 デビュー配信といえば『蜘蛛の巣ターミナル』の個室を貸し切っての雑談か、ある程度広い場所を借りて探索技能スキルのデモンストレーションと相場は決まっているのだが、俺達は普通に迷宮に潜っていた。

 というのも、俺がけっこう探索で動けることが分かったからな。迷獣モンスターの露払いと進行を俺が担当してやれば、ナツカのポンなところを見せつつ雑談に近しいノリで配信ができると踏んだのだ。


 その判断が吉と出るか凶と出るかは分からないが……まぁ、どっちにしても面白いことにはなるだろう。何せ、俺とナツカのコンビなのだから。


 ──目の前に広がるは、一面の大平原。

 遥か頭上の向こうには、空と見紛うような青々とした湖面と、その中を泳ぐ龍の迷宮主フロアボス『ランドグライジャ』。

 そして遠く地平線の向こうから伸び、天空の湖と地上の草原を繋ぐ白亜の階段。

 夢の中と見まがうような奇妙。

 現世の常識から乖離した異界。

 幻想的ここに極まれりといった風情のこの迷宮は、平常異界深度フロアレベル:4、名を『ミナト平原』という。


 ……そんな言葉とは裏腹の底抜けに広々とした遊び場せかいを眼前に、俺は撮影用ドローンを回し、ナツカの姿を撮影し始める。

 画面の向こうにいる世界中のリスナーどもを相手にしながら、この広い広い世界を盛大に遊び尽くす為に。



「皆さんこんばんは。デビュー配信のプロ、ナツカさんです。こちらは相棒のクロ」


「相棒じゃないが、裏方役のクロだ」



 ナツカは俺と視線を合わせ、こくりと頷いて宣言する。

 これから俺達が歩むことになる、長い長い旅路の第一歩の開始を。 




「今日はデビュー配信がてら────『ミナト平原』を探索していきますよ!!」

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