20:凸凹な二人/雨降って地固まる

 その後は、キララ主導でコメント欄との質疑応答があったりなんだりしまして。

 『キララ』と『クロ』の出会いとか、ナツカとはどの程度親しいんだとか、今後コラボする予定はあるのかとか、そういうことを聞かれた。まぁリスナーとしてはその辺気になるよね。大体は内緒とかそのうち話すとかでぼかしたが。

 で、そうした質疑応答(もどき)で配信の尺を稼ぎ終えたあとで。



「それじゃ、リスナーの皆さん、悪いんだけど今回の配信はここまでってことで! キララはちょーっとお二人とお話することとかあるし? 二人ともデビュー準備で忙しいからねー☆」



 と、やや強引に配信を締めに向かわせる。

 コメント欄の様子を伺ってみると、



『あっ……』


『これこの後お説教だ』


『キララママ……』


『あ、おつかれーっす』



 コメント欄が勝手に納得してくれたのをいいことに、俺は特に説明しないままナツカに配信〆の挨拶を促してから、ナツカの端末を操作して配信を終了させる。

 カメラの電源もきちんと切れていることを確認して……、



「………………はぁぁぁぁぁぁぁぁ、何とかなったぁぁぁ………………」



 そして、その場に尻餅を突いた。

 迷獣モンスター? そんなのさっき蹴散らしてから一機も来てないよ。まぁ近づいて来たら今尻餅を突いた拍子に手で触れた床から街灯で串刺しにするだけだが。

 尻餅を突くキララ、所在なさげに立つ心春さんクロ、そしてその二人を交互に見返すナツカ。ややカオスな状況で、ナツカは首を傾げながら言う。



「……あの、これどういう? なんでコハ姉がクロの姿をしてるんです???」


「即バレじゃん☆」



 眼が良すぎるだろ、あまりにも。よくあの場で口を滑らせなかったな。いや、これも俺のリテラシー教育の賜物か……。


 まぁ、バレているならあっさり種明かししちゃうか。



「キララが姿を切り替える技使ってるでしょ? 心春さんもそれ使ってるの。……っていうか、ナツカちゃんも心春さんが使ってるの見たことあるんじゃない?」


「あー……、そういえば、昔コハ姉と異界迷宮ダンジョンで遊んで、……あ、これ言っちゃだめなやつでした」


「安心していいよ、既にバレているから」



 ぶわり、と『クロ』の身体がブレて、即座にパンツスーツ姿の心春さんに収束していく。

 心春さんは溜息を吐いて、



「お前が一人で突っ走っていたから、キララくんが一計を案じたんだ。ついでに、キララ=クロの同一人物説も発生前に潰せるようにね」


「あー……」


「あー、じゃないよホントに。動画じゃなくて配信始めるし。あとその自撮り棒作戦、最初は良いと思ったけど実際やってるの見たらかなり危なっかしいし」


「う……、……面目ないですよ」



 流石に、自分が無茶をしていたのは承知しているのか。

 ナツカは素直に、そう言って頭を下げた。本当に、心配させやがって。

 …………そうだよな。俺は、心配したんだ。コイツのことを。



「────さて、それじゃあ私も退散するとしようかな」



 そこで、不意に心春さんが口を開いた。

 心春さんはナツカの肩を叩き、



「夏花。仲良くやれよ。……彼は私じゃなくてお前を取ったんだからな」


「ちょっ、語弊があるでしょその言い方!」



 慌てて口を挟むと、心春さんはこちらの方へ振り返って微かに微笑んだ。

 それから真顔に戻って、



「さっきはすまなかったね」



 と、一言告げて来た。

 ……ん。何のことだろうか。



「アドリブのことだよ。……余計な邪推を『誘導』する意味もあったが……少々、も挟んでしまった。お陰で長年の胸のつかえは取れたけどね」


「…………私情? 胸のつかえ? …………それって」


「こちらの話さ。…………私の分も、このを思いっきり楽しんでくれ。その為なら、私はいくらでも救世の英雄になれるから」



 それだけ言って、心春さんは俺の返答も聞かずに、『救世の零ゼロ』でどこかへと移動してしまった。おそらくは、この迷宮の入口まで。



 …………長年の胸のつかえがとれた、か。


 心春さんの素性を推測した時、当然考えたことがある。


 『救世の零ゼロ』、『救世の壱ファースト』、『救世の弐セカンド』。

 何気なく受け入れていたネーミングだが……心春さんが『異界開闢グランドローンチ』の前から異界迷宮ダンジョンで活動していたと考えると、このネーミングはおかしい。

 だって、『救世の零ゼロ』は明らかに異界迷宮ダンジョン内での救援活動を視野に入れた探索能力スキルだ。ナツカと二人で遊んでいたはずの心春さんなら、一度使えば二四時間ほかの迷宮では使えない条件は設定しないだろう。あまりにも、普段遣いがしづらすぎる。


 つまり……おそらくだが、心春さんには『救世の零ゼロ』の前に使用していた、本来彼女が為に設定した探索能力スキルがあったはずだ。

 だが、心春さんは俺とのバトルの時もそれを使用しなかった。どころか、取り回しづらい瞬間移動能力のことをゼロと……つまり、始まりと呼んでいた。まるで、それ以前は『ない』とでも言うように。


 ナツカと心春さんは一〇歳差。つまり、一〇年前の『異界開闢グランドローンチ』、そして『破局氾濫オーバーフロー』の時……心春さんは一六歳、俺達と同い年くらいだったはずだ。

 破局氾濫オーバーフローが発生した時、そしてそれを平定して英雄となったとき……俺と同い年だった心春さんは何を思ったのだろうか。


 心春さんは、『嘱託から数えて一〇年』と言っていた。つまり、一六歳の頃から既に現在の迷宮省にあたる組織と連携していたことになる。

 そのとき心春さんは、破局氾濫オーバーフローのタイミングで選択を迫られたはずだ。これまでのように遊び場として異界迷宮ダンジョンと触れていくか、世界を救う為に英雄として異界迷宮ダンジョンを切り拓いていくか。

 心春さんは、英雄になる道を選んだ。結果、俺が選択の時に考えたように──心春さんは、ナツカの遊び相手ではなくなった。

 それから、ナツカはずっと一人だったのだろう。誰か迷宮での遊び相手がいたなら、あんな感じにはならないはずだしな。一人で、あんな感じのポンコツ加減で配信もどきを続けていたんだと思う。


 自宅の庭で妹と楽しんでいた、秘密の箱庭。

 だがそれは、世界の危機によって失われてしまった。心春さんは英雄になること──妹を独りにすることを選び、そして秘密の箱庭の入口は、おそらく心春さん自身の手で永久に塞がれてしまった。

 ……ひょっとして、心春さんはずっとそのことを気に病み続けていたんだろうか。だから、あのとき俺に嬉しいと漏らしていたのか。……まぁ、だからといって、俺の選択に何か別の意味が生まれる訳じゃないが。


 にしても、独りにして、ねぇ。


 ────ぶっちゃけ考えすぎだと思うけどなあ~? ナツカのやつ、別に一人でも楽しんでたっぽいし。っていうか、一人でも楽しいから今までずっと潜り続けてたんだろうしな。

 俺と同じだ。最初にあった憧れや理想の形からは離れてしまっても、それはそれで、別の楽しさを見出せるものだ。俺にできるんだから、ナツカだってできても何らおかしくない。何ならダイバーになろうとするまで自発的に動いていたんだから、そこまで気に病む必要もないだろう。

 まぁ、それでも気にしてしまうのが姉の心理なのかもしれないし、それで心春さんが救われた気分になったんならそれに越したことはないが。



「……まったく。本当に心配したんだから」



 消えた心春さんの背中を見送って、俺は小さく呟いた。

 ナツカはちょっと俯きがちに、



「心配、ですか」


「……なに。キララがナツカちゃんのことなんて欠片も心配しない冷血美少女ダイバーだと思った?」


「いえ。キララちゃんはなんだかんだ心配性なので心配はすると思ってましたけど」



 こ、この野郎……。



「だからこそ、もう心配させないようにって、ナツカさんも頑張ってみたんですが…………残念ながら失敗だったようです。弘法も筆の誤りですね」


「どこからその自信は出てくるの……。……まぁ、慣れないことするからだね。いつもはもっとふてぶてしく懐に潜りこんでくるんだから。今度からはちゃんとまず周りを頼ってよ」


「心外ですよ」



 でもいつものお前は実際そうじゃん。



「にしても、コハ姉を連れてまで助けに来てくれるとまでは思ってなかったので、そこはちょっと意外でしたよ」


「前段で色々あってね……。キララも、正直自分で自分に驚いてるかも」



 何せ、俺は今までこういう交流を一切持ったことがなかったからな。自分がこんなにも必死こいて誰かの為に駆けずり回れる人間だったとは思ってもみなかった。

 お陰で精神的な疲弊感は物凄いことになってるが……。ランクマ戦の比じゃない緊張だったぞ。マジで。



「……あーあ。ほんとに疲れちゃった。詳しい設定の口裏合わせは、また明日するから。いい?」


「え! まだ何かあるんですか? ナツカさんには難しいと思いますけど……」


「い・い・か・ら! 覚えるの! 今後ずっと必要になるんだし!」



 念を押す様に言って、俺はふと自分の言動に気付く。

 ああ、ちょっと、間をすっぽかしてたな。口裏合わせだのは、『これ』の後にするべき話だった。


 …………少し、いやかなり緊張するが。



「あのさ…………あのさ、ナツカちゃん」


「なんです?」



 思えば、俺とコイツの関係はコイツが俺の懐に転がり込んだところから始まった。その後はずっとなし崩しで……だからこそ、コイツが俺から離れた時、俺は引き止めることができなかった。それは、俺の方から踏み込もうとしていなかったからだ。

 …………だから。



「あの……よかったら、なんだけどさ。キララと、一緒に…………コンビチャンネル、結成しない?」



 だから今度は、俺から踏み込みたい。

 心春さんからは既に託されている形になったが、それでもケジメとして。なぁなぁじゃなく、俺の方から明確に、言葉にしたかった。


 それに対し、ナツカは一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてから。



「……えぇ……? 嫌ですよ…………」



 ………………。


 俺は無言で壁に掌を押し当て、そこから己のこめかみ目掛けて街灯を突き出し、




   ◆ ◆ ◆




 外はすっかり夜になっていた。


 もう四月も中旬、肌寒い春の夜ももう記憶のやや深いところにしまわれたこの頃だったが、悲しいことに俺の心には冷たい風が吹き荒んでいた。

 …………いや、まさかあそこで断られるとは思わなくない? だってナツカだって寂しそうにして……俺の勘違い? 陰キャが人の心を慮ろうとしたのが間違いだったの? 陰キャは大人しく受け身のコミュニケーションで満足していればよかったの? そんなのあんまりすぎない???


 ──俺の家の最寄りの『門』は、『門』を中心として小さな公園の体裁を整えられている。

 公園の中心にぽっかりと空いた半畳くらいの大きさの『穴』の周辺をレンガで囲い、そこを中心にベンチやブランコ、公衆トイレなどが置かれている形だ。

 俺はそのうち、ベンチに腰掛けて項垂れていた。



「……っていうか、これどうしよう? 正直拒否されることを想定してなかったから、色々それ前提で話を回してしまってたような……?」



 対リスナーとか、あれ完全にコンビでデビューするのを期待させる流れにしちゃってたよな? 大丈夫かこれ? このまま結局一人でデビューとか、余計にリスナーがざわついてしまうんじゃあ? うわ、これ下手打った……?

 なんとかしないとなぁ……。どうすっかなぁ……。心春さんを頼るかぁ……。



「ちょっと!」


「ウワッ!?」



 と。

 突然前方から声をかけられ、俺は思わず声を上げて立ち上がってしまった。自然と、項垂れていた視線が前に向けられる。

 そこにいたのは──制服姿のナツカだった。こいつ、家に帰る前に異界迷宮ダンジョンに潜ってたのかよ。俺と一緒じゃねぇか。



「……追いつくの早くねぇ?」


「せなみさん、やっぱりテンパってますよ。緊急帰還用の自乙アイテムは異界迷宮ダンジョン対策の必需品じゃないですか。……いやそれより!」



 ナツカは両腰に手を当てて、憤慨してしますというのを隠そうともせずに言い募る。

 ……あぁ、そういえばそうだったっけ。ランクマ勢の俺は誤作動が負け筋に繋がるので使わないから、忘れてた……。



「なんで急に自乙したんですか!? 目の前で頭を街灯で串刺しにするのは流石に絵面がショッキングすぎますよ!」


「それは悪い……じゃねぇよ! おま、あんな風にすっぱり拒絶しておいてよく顔を出せたな!?」



 そりゃ告白をあんな風に断られたら、ショックでああもなるだろうが!! いや告白ではないのだが……心情的には、同じくらい勇気を出して言ったんだぞ!? 陰キャの俺が!! なのにさぁ!!



「いやだって、そりゃ嫌ですよ……。ナツカさん、ランクマあんまり興味ありませんもん」



 は?



「それにキララちゃんは今登録者数二五万人ですし、クロの師匠って設定なんですよね? 弟子のクロをさしおいて新たにコンビチャンネルなんて結成したら、色々問題になりますよ。ナツカさんの判断の方が絶対に正しいです」



 …………え、あの、うん?

 ……じゃなくて、のコンビチャンネルが、嫌って?


 あ、

 ああああああ!! 俺がキララの口調で言ったから!? いや確かに紛らわしかったかもしれないが…………だって俺はキララの姿の時に絶対キララの口調を崩さないじゃん!? そこは分かれよ!! 前後の文脈で!! 目の前で姉が俺に託してたじゃん!? こう……クロとしてって意味になるだろ!!!!



「そうじゃねぇ……そうじゃねぇよ…………」



 俺は力なくベンチに腰を下ろし、頭を抱える。

 なんだよ……。そういうことだったのかよ……。……よかったぁ…………。



「だったらどういうことですよ? だってナツカさんとせなみさんは、もう既に相棒ですし…………チャンネルだってナツカさんとクロのコンビチャンネルですよ?」



 当たり前のように。

 俺が決死の思いで踏みだした一線を、ナツカは前提みたいに踏み越えていた。むしろその向こうで、仁王立ちして俺のことを眺めていた。俺もそっちに踏み出したんだっての。お前が肩を押して押し戻したんだろうが。


 本当に……まったくもう!!


 俺は勢いよく立ち上がって、そして目の前のクソバカに指をさして言ってやる。



「俺は相棒じゃねぇ!! ……だがまぁ、仕方ないからコンビチャンネルはやってやる。心春さんから託されちまったしな!!」



 結局、格好はつかないが…………でもまぁ、仕方あるまい。

 コイツとの付き合いを続けていくのに、格好がつかないとかそんなことをいちいち気にしていたら、何も上手くいかないだろう。そのくらいのことは、これまでのことで分かったつもりだ。

 仕方がないので、此処は俺が一歩譲ってやることとする。



「だが、やるからには本気でやるぞ! 覚悟しておけ!!」


「まったく素直じゃないですよ」


「だまらっしゃい!!!!」



 そうして。


 春の夜更けに、俺とナツカはコンビを結成したのだった。

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