19:配信は物語/あるいは、姉のお墨付き

 心春さんが、『とある少年』である──。


 そう考えると、色々と辻褄が合うのだ。



 『とある少年』が迷宮省で働いていると知っているのは、自分自身がそうだから。


 俺に選択の機会を丁寧に提示してくれたのは、『異界開闢グランドローンチ』の際に否応なしに英雄になってしまった自分の過去を踏まえているから。


 『とある少年』が全世界規模の災害を前に死者ゼロで治めることができたのは、『移動』系の能力を持ち合わせていたから。


 見た目や性別が違うのなんて、簡単な話だ。『荼毘』という技術は、今までずっと俺の傍にあったものじゃないか。男が女の姿になれるのならば、逆だってあり得て然りである。


 ここまで推測材料が用意されていて、そして心春さん自身の発言も思わせぶりなら、誰だって思い至ろうというものである。

 俺の問いに対し、心春さんは────、



「え、エー、ソンナ、ワケ、ナイダロ?」


「完全に想定外なのっ!?!?」



 言外に伝えてくれてたとかじゃなかったんだ!? マジで無意識にぽろりしてただけ!? 天然かよ!!!! ……いや、アイツの姉だしな。無理もないか……。リテラシー欠如姉妹…………。



「…………まぁ、嘱託の連中の間では半ば公然の秘密だしな……。そこまで必死に否定することでもないか…………」



 あ、開き直った。

 っていうか最初に『いつから?』って白状同然のこと言ってるんだから、誤魔化すのが遅すぎるんだよな。



「で、あるんでしょ。他者を含んで長距離移動をする探索技能スキルが。探索技能スキルで救助活動ができないと、現実に溢れ出て来た異界迷宮ダンジョンを死者ゼロで食い止めることなんてできないし」


「きみはこの手の分野に関しては本当に察しが良すぎるねぇ……」



 専門なもんで。

 呆れる心春さんは、観念したように溜息を吐き、



「ああ、あるよ。そのものずばり『救世の零ゼロ』がね。『大空洞』や『ミカルダ生命街』といった迷宮単位での明確な区域を指定することで、以降二四時間、その中であれば他者を含めた瞬間移動が自在に行えるようになる。……他にも細かい制約はあるが、今はこれだけ覚えていてくれればいい」



 明確な区域……なるほど。それで『大空洞』を対象に指定することで、各地に溢れ出て来た『大空洞』を一瞬で行き来して世界を救ったというわけか。そしておそらく、その二四時間の間、指定した区域の外には『救世の零ゼロ』での移動ができない……。

 そこまで限定的であれば、指定した区域の範囲がどれだけ広かろうと、他者を含めた形での瞬間移動くらいは可能だろう。



「此処に来るまでは、Kaleidoくんの『揺蕩うままに浮世の調べシャッターガール』で飛んで来たからね。『救世の零ゼロ』は一度も使用していない。キララくんの認識の通り、夏花のところまでなら瞬時に連れていくことはできるよ」



 心春さんはあっさりと認めた。

 しかし、次に眉根を僅かに寄せて、



「ただし──夏花は今、配信中だ。きみがいきなり助けに入るのは、いくら何でも不自然すぎると思うがね」



 と、当たり前の懸念を表明した。

 そりゃな。『キララ』とナツカの間の繋がりはないのだから、配信中のナツカを助ける為にノコノコ顔を出せば問題になるのは想像に難くない。それこそ、クロとキララの同一人物説すら持ち上がるだろう。

 とはいえ、今から『門』へ戻って姿を変えている時間はない。『救世の零ゼロ』の区域設定に『異界迷宮ダンジョン』全域を設定できない以上、どうしても『門』を潜った時の出現場所ガチャが立ちはだかってしまう。

 だが、これについての解決策は既に思いついている。……ついでに、クロとキララの同一人物説発生を未然に防ぐ策もな。ランクマ勢ならば一つの行動に複数の目的を、だ。


 俺は『風貌切替スイッチ』を経てもなお電撃の傷が残る(姿を切り替えるだけでダメージ回復できたら最強すぎるので当然だが)心春さんの眼を見て、不敵な笑みを浮かべて見せる。



「そこは、キララに考えがあるよ。…………ちょうどいい感じに、キララには目立つ負傷もあるし。この場にある要素を全部使って、最高の物語を作ってあげる。ランクマ勢のダイバーらしく、ね☆」




   ◆ ◆ ◆




 『ミカルダタワー』。

 きわめて鋭く尖った円錐状の塔の内部は、中心を通る『支柱』を取り巻くような螺旋階段状の通路となっている。支柱の中は空洞になっており、各部に穴が開いているので、此処を(何かしらの方法で)通ることで螺旋階段を介さずショートカットができるのだ。……もっとも、迷獣モンスターもまた支柱内を通ってやってくるので、非常にリスキーな方法ではあるのだが。


 ちなみに、俺達は心春さんの『救世の零ゼロ』のお陰でそんな危ないショートカットをせずとも問題なく塔の中を進めていた。



「ハァ……ハァ……!」



 距離が近づいたので身を潜めつつ移動していると、やがて荒い息遣いが前方から聞こえて来る。

 急ぎ駆けつけると、そこには複数のドローン型迷獣モンスターと対峙しているナツカの姿が遠巻きに見えた。

 ……随分疲弊してるな。いや、あやつの力量を考えたらよく持った方か。


 カッ、と道中生やし直していた街灯の義足を鳴らしてから、左足を左手の指に引っかけて持ち上げつつ、俺は隣にいる心春さんに呼びかける。



「じゃあ、準備はいい?」


「あ、ああ。問題ないが……」


「のんのん。もっと粗野に。もっと少年っぽく。オッケー?」


「…………りょーかい」



 そんな俺の隣にいるのは────


 俺にはまだ不可能だが、心春さんは『門』を経由しなくとも『風貌切替スイッチ』を使用できる。そして基本法則の第三項にもある通り、『風貌切替スイッチ』は、

 ならば──クロとしての俺の姿を模して『風貌切替スイッチ』することも、当然可能となる訳で。

 心春さんには現在、『クロ』としての姿に『風貌切替スイッチ』してもらっているのだった。幸いにも、心春さんの口調は中性的だ。ちょっと荒っぽくすれば俺の口調に近いし、緊張しているとでも言えば全然問題ないラインだろう。

 ──これならば、『クロ』と『キララ』が同時に存在できる。


 そして。



「じゃあ、行くよ☆」



 左足の義足を解除。

 そして持ち上げた左足に触れることで『手作りの絢爛カジュアルトーチ』の発動条件を満たし──



「『手作りの絢爛カジュアルトーチ』っっっ!!!!」



 ナツカの配信にも届くような大きな声で、探索技能スキルの名を宣言する。

 その声に、ナツカが振り返ると同時。

 伸長した街灯の勢いに乗って、俺は速攻でナツカの元へと跳躍した。



「なっ……!? きっ、キラ、」



 思わず口を開きかけたナツカの口元に、俺は人差し指を当てる。勢いに乗じて変なことを言われたら、全部台無しになりかねないしな。

 同時に、横合いに展開した画面ドローンの方へと視線を走らせる。一応、こっちにはナツカの配信を表示しているが……流れが凄まじいことになっていた。



『誰!?』


『え、乱入?』


『よかった助けが来た』


『誰だ?』


『キララ?』


『は!?』


『誰誰誰』


『キララちゃん!?マ!?!?』



 追って、『クロ』の姿の心春さんも駆けて来た。……やはり、心春さんの全身のダメージは抜けきっていないらしい。走りながらも、どことなく足を引きずっている感じだった。それでいい。それでこそ、



「あー、配信をご覧の皆さん、こんきらーっ☆ 突然ごめんねぇ。ワタクシ、キララって言います。それでホラ、クロちゃんはあっちー☆」



 ナツカの身体に接着された棒を掴んでアングルを調整しながら、俺は画面の向こう側にいるリスナーを『物語』へと巻き込んでいく。



「キララ、『歴戦迷宮ランクマッチ』ってところで活動させてもらってるんだけど。クロちゃんは前々からキララの個人的なお友達兼、お弟子さんー……みたいな? そんな感じで仲良くさせてもらってたんだけどねぇー」


『キララ!?マジじゃん』


『キララってランクマ勢トップだよな?やっぱクロちゃんすげー』


『クロちゃんキララの弟子なのね、納得』


『あれ?キララちゃんの足なんかおかしくね?』



 コメントがしっかりと食いついているのを確認しながら、俺はカメラをすいと調整していく。

 さりげなく左足の義足を映しつつ、ナツカ越しに広い空間が映るような画角に調整して。



「細かい話は、一旦後にしよっか! まずはこいつら、片してあげないとね!!」



 言って、俺は右足で踏み切って跳躍する。


 『ミカルダタワー』に出没する迷獣モンスター──『モスフィア』。球形に薄いはね状のパーツが二対備わったドローン型の迷獣モンスターである。

 コイツは翅パーツから細かい金属粉を出し、そこから発生する斥力でもって移動から攻撃までをこなすというシンプルかつ厄介な特性を持っている。ただその場で飛行しているだけで斥力による壁を作り出すし、下手に接近すればそれだけで斥力によるカウンターを食らってしまう。

 ただ、金属粉に斥力が宿っている時間は短い為、翅パーツがない頭頂部目掛けて上から一直線に攻撃を叩き込めば簡単に機能停止に追い込むことができる。攻略法と攻略手段さえ揃えていれば、大して怖い敵じゃない。

 コイツらが厄介なのは、どちらかというと『支柱』から際限なく現れるところの方である。



「『手作りの絢爛カジュアルトーチ』っ!」



 掌から、水銀灯を五個ほど発現。点灯した状態で、投擲する。

 ──水銀灯というのは、簡単に言うとガラスの中の水銀蒸気に電流を流してアーク放電によって光を得るという原理の照明だ。

 そして街灯や電飾ロープの例を紐解くまでもなく、『照明』能力である『手作りの絢爛カジュアルトーチ』は電源の有無に関わらず照明を点灯できる(心春さんと戦った時の様に大規模な放電を狙う時は、流石にバッテリーつきのものを出す必要があるが)。

 さて、この場合、内部でアーク放電が起きているガラス製の物品を迷獣モンスターに叩きつければどうなるだろうか。


 バヂッッッ!!!! と。

 一瞬だけショートするような弾ける火花が発生し、金属粉という導体を経由して『モスフィア』の群れを焼いた。



「──はい、一丁あがり。あ、旋風の仕様で抑えられてると思うけど、急に光るから気を付けてね☆」


『言うの遅いよ』


『あれ一瞬で全滅ってマジ?』


『網膜ないなった』


『全部終わってから言うな』



 さて……迷獣モンスターの処理も終わったし、これで一段落だな。

 俺は『支柱』の穴に水銀灯を設置して穴埋め兼鳴子としつつ、リスナーへの説明に戻っていく。



「それでね。今日はクロちゃんとの修行デーだったの。だから今日はクロちゃんがいなかったんだ。ナツカちゃんとクロちゃんのリスナーさん、ごめんね? 不思議に思ってたよね。活動に支障が出ちゃいけないと思って、二人には内緒にしてもらってたから……」



 そう言って、俺は両手を合わせてリスナーに謝罪する。



「そしたらナツカちゃんが配信しててもーびっくり! ……っていうか、クロちゃんが凄くてね。修行って言っても、普通に乙らない程度に本気バトルするわけなんだけどー……ほら」



 そう言って、俺は改めて左足をカメラに見せる。

 太腿の半ばから斜めに切り落とされ、そして街灯を義足代わりにした痛々しい姿だ。此処までの手傷を負うのは、配信でも滅多にない。



『やっぱキララちゃん左足ねぇじゃん!!!!これクロちゃんがやったの!?!?』


『ヒエッ』


『っていうか左足棒なのになんか来た時めっちゃ速くなかった?』


『ランクマ一位だぞ相手…』


『えぇ……うっそだぁ……(ドン引き)』


『↑義足を生やした反動で高速移動してるんでしょ、バケモノだしこの人』


「……ご覧の通り。キララは左足持っていかれてるし、クロちゃんは全身感電してボロボロでろくに身動きもとれないしで。それでもナツカちゃんが心配なものだから、『キララ師匠、ナツカを助けてくれ!』……って。だからお師匠サマがお助けに参上したってワケ☆」



 ──というのが、今回のストーリー。


 『クロ』は、ランクマ勢最強の一角であるキララの個人的な知り合いかつ弟子。だからキララと動きが似ているし、ちっとも知られていないのにかなりの実力者となっている。

 『キララ』はそんなクロのお茶目な師匠。たまたまバトル後にナツカの暴走に気付いたから、バトルの傷でまともに動けないクロに代わってナツカを助けに来た。


 この流れならば、突然キララが現れて暴れても不自然ではないし、同時に同じ場所にいるのだからまず普通の人間は同一人物だなどとは思わないだろう。


 ……よし。これで流れは完璧。

 後は、キララとして愛嬌を振りまきながら適当にリスナー相手に質疑応答をしつつ配信を締めてやれば問題なく──


 と。


 そんな風に思っていると、突然心春さんがナツカの方へと歩み寄って来た。


 ん? なんだ、何か──



「…………


「は、はい」



 …………ん、んん??

 なんか話し始めたけど、事前の打ち合わせにないよな……? あれ、心春さん、どうかしたの……?



「…………。これからは、『俺』が一緒にいるから」



 心春さんは、そう言ってナツカの頭を撫でて、それから俺の方をちらりと見る。



「っ!」


「……これからも、よろしくな」



 そして、優しく言った。

 ナツカは、俯いたまま頷く。



「…………はい。よろしくお願いします」



 そんな姉妹(傍から見たらコンビ)の様子も、当然ながら配信に流れているわけで。

 コメント欄も、俄かにざわついていた。



『いやこれ絶対何かあったろ』


『裏でなんかあったじゃんこんなの…』


『友情の高まりを感じる』


『TT』


『やめようぜ、無粋なリスナーにはなりたくない』



 いやマジで何なの──と思ったが、俺はすぐに思い直す。

 そもそも今日のナツカの配信はイレギュラーなのだ。ダイバー準備中の探索者がコガラシで配信を取ることなんて、全くないとは言わないが滅多にないことで、そのきっかけが『相方が修行デーで一人だった』では少々弱いかもしれない。

 おそらく、心春さんはそう考えて理由を補強したのではないだろうか。『クロとナツカが喧嘩をして、師匠のキララが仲裁した』──というような物語を。具体的にそう説明した訳ではないが、二人のやりとりを見れば『裏で何かあった』ということくらいは察せられるわけで、実際俺とナツカの間でも衝突した訳ではないが、感情的には何かあったし……。

 ともあれ、そういうことであればキララの方からも合わせるほかない。俺は苦笑しながら、



「はいはい。これで一件落着ってことで☆」



 そう言って、二人の肩を軽く叩く。



 ──これで、大方の目的は達した。

 平穏に流れるコメント欄を横目に見ながら、俺は安堵の笑みを浮かべるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る