18:決断/妥協と諦めに満ちた現在へ
「…………その迷宮省の仕事に、ナツカちゃんは同行できるのかな?」
気付けば、俺はそんなことを問いかけていた。
スーツ姿の心春さんは怪訝そうな表情を浮かべる。当然だろう。今は俺が迷宮省にスカウトされているのだから。ナツカはちょっとデビュー準備の手伝いをしていただけ。この場には一切関係がない。
でも、俺にとっては重要なことだった。
「いや……あの子にはまだ務まらないよ。私の影響で幼い頃から
「そっか……。……まぁ、そうだよね」
心春さんの答えに頷いて、俺はこれまでの自分の軌跡を振り返ってみる。
その後一年くらいは、テレビのニュースやらで色々な探索者達の活躍を見ては、まるで特撮ヒーロー番組を眺めるかのごとく目を輝かせていた。
やがてTeller-Visionで配信をする探索者が現れ、ダイバーという存在が確立してからは、彼らのことを片っ端から確認するような生活だった。荼毘やランクマについて知ったのも、この時のことだった。
耳年増だったこの時の俺は、ネットミームとかけた洒落のつもりで『キララ』を始めて──それが意外とウケて。
そうして日々を暮らしていくうちに、いつしか、何となく悟る様になったのだ。
『とある少年』のように、世界の命運を握るような舞台は一般人の俺にはやって来ない、と。個人で配信をして、それで個人で収まる領域で盛り上がる。俺にとってはそれで十分だ、と。
それは世間的に言えば、憧れに蓋をして、現実に妥協して分相応で満足するようになった────と言い換えることもできるかもしれないが。
……………………でも、満更でもなかったんだ。
合理的に仕方なくやっているとか、荼毘で自分を装って活動している俺って……とか、ランクマは陰キャの領分とか、そういう風に卑下してみてはいたが。
結局のところ、可愛い女の子の姿をしているのも、それでみんなからちやほやされているのも、ランクマで対戦相手をボコボコにするのも、そりゃあ世間的には表沙汰にしにくいところだろうが────それでも俺は、そんな自分が満更でもなかったんだ。
そうだ。
確かに、最初は『とある少年』の活躍に憧れを抱いていた。間違いなく、俺のダイバーとしての原点はそこにある。
だが、俺なりのモチベーションは、既にそこから飛び立っている。八年活動してきて、もちろん嫌なこともあった。そこから立ち直ったのは、別に『とある少年』に憧れていたからじゃない。むしろ、憧れだけだったらとっくの昔に辞めていただろう。
この活動をずっと続けてこれたのは、世間様にはあまり大っぴらにしづらい様々な物事が、楽しかったからだ。
認めるのは恥ずかしいが、口に出すのも照れ臭いが、俺は、これまでの日々がきちんと楽しくて──だから続けていたかったんだ。
…………そして、アイツとの日々も。
ナツカと一緒に探索をした、激動の数日間。
たったの数日間だったが、俺は……本当に楽しかった。出会いこそネットリテラシーの欠片もない最悪なモノだったが、本当にどうしようもないポンコツで何度も手を焼いたが……アイツとの探索は楽しかった。探索がこんなに楽しいと思えたのも、アイツが一緒にいたからだと思う。
デビュー準備を手伝うという理由は……そんなのは後付けだ。俺はただ、アイツと
だからこそ。
「…………あの子、笑ってたんだよ、今日」
放課後の、ナツカとの会話を思い出す。
無表情なくせに雰囲気で感情が分かるという妙な特徴を持つアイツにしては珍しく、今日のナツカは明確な笑みを浮かべていた。まるで、俺に大丈夫だと言い張るように。
ほんとは分かってたんだ。
だって俺もそうだったんだから。アイツだって同じなはずなのに、それを実際に確かめるのが恥ずかしくて、照れ臭くて……もしも自分だけだったらと思うと怖かったから。だから、言い出せないままここまで来てしまった。
「本当はさ、寂しいよって言いたかったはずなのに」
本当は、引き止めたかった。デビュー準備までとかいう建前なんか関係ない、活動を続けていく上での問題なんかこっちでどうにかするから、一緒にもっと潜っていこうと言いたかった。
今日のランクマ配信が物足りなかったのは、別にランクマ配信がつまらなくなってしまった訳じゃない。
アイツがいなくなってぽっかりと空いてしまった穴が、今日のランクマ配信程度じゃ埋められないくらいに大きかったってだけだ。
多分この穴は、そのうち埋まってしまうだろう。
『とある少年』への憧れが、憧れのまま終わってしまったように。俺は現実と理想の差に折り合いをつけて、その中で自分に合った楽しみを見出して──そうやって未来を生きていける。そしてそれは、決して悪いことじゃない。
だからこそ、取り戻すなら今、此処しかない。穴を埋めたいと思えている今この瞬間に、手を伸ばすしかない。
「きっと、『そっち』に行けば今までのキララが想像もしなかった世界が広がっているんだと思う。世界の命運を懸けた冒険とか、今日の戦いみたいに本当にギリギリのバトルがあったりとか。時には敗北して悔しさを噛み締めてみたり……そんな波乱万丈な人生が待ってるんだろうね」
そんな人生は、やっぱり憧れがある。
きっと俺はその道に進んでも、その未来を満喫することができるだろう。全く新しい世界を、心春さんに手を引かれて謳歌できるはずだ。
だが、そうなってしまったら。
もう、俺はナツカの相棒ではいられない。
友達、ではいられると思う。
たまには一緒に迷宮へ潜ったり、それで以前のようにツッコミを入れたり……。キララとしてコラボ配信をしたりすることもあるかもしれない。今のバズり具合だったらそのうち可能になるだろう。
だがそれは、『そっち側』から一時的に戻って来た交流でしかない。本質的に、俺はナツカと同じ側には立てなくなると思う。
俺はそれが、どうしようもなく寂しいことだと思った。
多分──理由なんてそれだけで十分なんだ。
「だけどキララは、『こっち側』であの子と一緒に遊んでいたい」
世界の命運なんか手が届かない場所で、ポンコツな同級生をどつきながら、一緒になって迷宮でバカをやっている──そんな日常の方が、今の俺には魅力的だった。
「だから、ごめんなさい。色々教えてくれて、丁寧に勧誘してくれて嬉しかったけど……キララは、『そっち』には行けない。『こっち』でやりたいことが、たくさんあるから」
「………………そうか、残念だ」
心春さんは、軽く肩を落としながら言う。いや、本当に申し訳ないと思う。此処まで色々してくれて、最新技術のことまで話してくれたのに。
そこについてはちゃんと一般に公表されるまで黙っているので安心してください。
「だが同時に、姉としては嬉しいよ。……妹をそこまで想ってくれる友達がいるなんてね」
「……別にキララ以外にも、あの子の友達はいるけどね」
「卑屈だなあ、キララくん! 心配しなくとも、迷宮の中できみ以上に親しい友達はいないよ、あの子には!」
心春さんはそう言って、乱暴に俺の頭を撫でる。……やめろ! 髪型のセットが崩れるだろ!
俺は乱された髪を手で直しながら、
「だから、ちょっと行って来るね。なんか今日のあの子、ちょっと無理してるような気がしたし……。キララのことを安心させようとして、無茶してないか心配で」
「ああ……。確かに夏花はそういうところがあるからね……。ただでさえ素が無鉄砲だし」
言いながら、俺は端末ドローンを飛ばして旋風を確認する。
ナツカのアカウントを開くと──そこには、『配信中』の文字が。
………………。
…………あ?
……は!? デビュー配信!? ……いや違う! Teller-Visionの配信じゃない。コガラシ──旋風の方でサービスしている簡易配信機能だ! デビュー準備中の探索者は基本使わないが……あいつ、予行演習としてやってるんだろう。
言うまでもないが、本来そんなことをする必要はない。
予行演習なら別に非公開設定でTeller-Visionの配信を開始しておけばいいだけだし、わざわざコガラシを使う意味など本来ならばどこにもない。
強いて意味を挙げるとしたら……デビュー準備中にきちんと配信できるところを誰かさんに見せるということくらいだ。
「あのおバカ……完全に空回りしてるじゃん」
慌てて配信画面をつけると、そこは──窓の向こうに曇天が広がる、現代的な塔の中。
事前の話題性とは裏腹に、周辺に人はいない。代わりにドローン型の
…………っていうか、此処ってもしかして。
「此処は……『
ランクマ勢が多くいる迷宮。
加えて、俺がついさっきまで配信していた場所。
……そこにナツカの意図を見出さないほど、俺は朴念仁じゃない。
「はぁ………………」
俺は思わず、溜息を吐いてしまう。
一応、撮影画面に危惧されていたような映像のブレは見受けられない。
ただし……趨勢はあまりよろしくないようだ。ドローンの浮遊機能と違って棒で固定して撮影しているから、
………………この挙動は上手く使えば攻略に応用できそうではあるが……。
「このままだと、そのうちドローンが攻撃を受けて配信が強制終了するな」
ナツカが予備のカメラを持っているとは思えないし、もしそうなったら大事故だ。突然映像が止まれば視聴者は混乱するし、心配もする。話題にはなるかもしれないが、そういう負の話題がこの時期に先行してしまうと、活動に対して批判的な声も入ってくるかもしれない。大衆の声なんてどう転ぶか分からないんだ。意味不明な炎上騒ぎに発展する可能性だってあるぞ。
ただ……此処から『ミカルダタワー』までだと、時間がかかりすぎるな。
同じ迷宮内とはいえ、『ミカルダ生命街』は広大だ。車があればすぐなんだろうが、徒歩で行くとなると探索者の足でも十数分は余裕でかかる。
なので。
「心春さん。送ってくれない?」
「は? いや、『
「そっちじゃなくてさ、あるんでしょ? 最初に使っていた『
瞬間。
戦闘の間でもどこか余裕のあった心春さんの表情が、明確に強張った。
「……………………いつから?」
「っていうか、あんまり隠す気なかったとしか思えないんだけど」
思わずといった調子で出て来た心春さんの問いかけに、俺はちょっと呆れながら答える。
いつからと言えば、ナツカと出会って、初対面で正体を看破された時から違和感は燻っていた。
そもそも何故、ナツカが
クロとしてランクマ勢の技術をフル活用したが、キララフォロワーだと予想する者はいても同一人物だと予想している人間は今のところ一人もいない。
その驚異的な観察眼は、どこで育んだのか。才能……とは言い難い。にしては、あまりにもちぐはぐすぎる。
そしてその答えは、先ほどの心春さんの台詞にあった。
『私の影響で幼い頃から
これは──根拠に乏しい推測なのだが。
おそらく、ナツカはあの『
姉妹にとって、
そう考えると、ナツカの能力のちぐはぐさにも納得がいく。
要は、ナツカは目が肥えすぎているのだ。脳内で理想の動きがあるのに、身体がそれについていっていない。だからドローンの思考制御がグダグダになるし、
その入口となる『門』は、ナツカの家の中庭にあるあの石──ちょうどあの位置にあったんだと思われる。
要は、基本法則の第三項と第五項の発展だ。
この世の物質は『門』を介すと所持品ごと探索者の肉体としてひとまとめに変換されてしまうが、異界物質は『門』を介してもそのまま持ち込むことができる。だから通常物質で『門』を塞ぐと、誰かが『門』の至近距離まで近づいた段階でその人の所持品として『門』を塞いでいた通常物質までまとめて変換されてしまうのだと思う。やったことがないから想像だが。
だが、逆に言えば異界物質は変換されないので、『門』を通れない大きさのものは持ち込めないのだろう。これは実際に探索者界隈で言われていることなので知っている。
きっと、そういう事情もあって『
そしてそうなると、そんなナツカを導いていた……つまり誰よりも早く『
そこまで思考を巡らせ、俺は心春さんのことをもう一度見据える。
冷や汗をダラダラと流す心春さんに、俺は突きつけるようにこう言った。
「あなたが、『とある少年』なんでしょ?」
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