24:蜘蛛の巣散歩/空と陸のあいだに

「クロ、暇ですよ」



 チェックインから一〇分後。

 『裏企画』の説明を終えてリビングに戻ってきた俺に向かって、ナツカはソファの上に身を投げ出しながらそんなことを言ってきた。

 ちなみに、ナツカはSNSをあまりやらない。俺に言われてからようやく活動用のアカウントを作り、そしてそのアカウントすら俺との共同運用しているくらいだ。コイツは、ダイバーをやろうというのに全然SNS擦れしていないのである。なんでこんな風に育ったんだろうね。

 もっとも、そのお陰で『裏企画』について視聴者と共有できているので、それはそれで有難いのだが。


 ……んで、暇ときたか。



「悪かったな。ちょっと準備があって。配信開始は午後一時だから、午前中いっぱいは配信予定がないが……」


「今更ですけど、なんでこんな朝早くに集合したんです? お昼から開始なら、ナツカさんもうちょっと寝てたかったですよ」



 軽く返した俺に、ナツカはぶつくさ文句をぶつけてくる。

 ナツカはそんなに朝に強くないらしく、今回の集合時間に対しても再三文句を言われた。しかし当然、この時間に集合したことには理由がある。



「んなこと言っても、迷宮一つ潜るのに最低でも三時間、長くて八時間はかかるもんだぞ。ぶっ通しで潜ったら気力だって消耗する。そうなってから調査なんてできないじゃん」



 俺たちの目的は、『迷宮週間ダンジョンウィーク』だけではない。心春さんから依頼された『ヴィヴィアネさんの捕獲』もあるのだ。それも、この八日間の間に。

 あと、早く終わるような日はキララとして配信もしたいしな。



「……ってことは、これから毎日早起きですか? ゴールデンウィークなのに?」


「早めにヴィヴィアネさんを捕まえられたら昼まで寝ててもいいけど」


「何してるんですかクロ!! 早く調査に行きますよ! 時間は一分一秒だって無駄にできないんですからね!!」



 気づくと、ナツカは既に部屋の入口まで移動していた。

 現金なヤツめ……。まぁやる気になってくれたのならいい。アイツ、コミュ力は無駄に高いというか……対人的に怖いもの知らずなところがあるからな。調査の時にはああいう物怖じのなさが役に立つだろう。




   ◆ ◆ ◆




 その後、六角堂を出た俺たちは蜘蛛の巣ターミナルの街道を歩いていた。


 蜘蛛の巣ターミナルは、『大空洞』の中心に位置する、いわば異界迷宮ダンジョンの首都みたいな街である。

 蜘蛛の巣ターミナルの歴史は、意外と浅い。もともと『大空洞』には『壁』を中心に『集落』と呼ばれる探索者の拠点の寄り合いのようなものが点在していて、『集落』を繋ぐ形で探索者同士は交流していた。

 しかし、異界物質の工業利用が進んでいくと、安価かつ素早く、現代科学では不可能な移動手段を建設することができるようになっていった。そうしてできたのが『大空洞線』だ。

 ただ、大空洞線の敷設が可能になるころには、既に『大空洞』の全域は有志によってマッピングされていた。そのため、移動に効率的な形で中心から放射状に路線の敷設を行うことになった。

 やがて放射線状に伸びた路線から別の路線へ移動するための路線も生まれていき、それがどんどんと拡張してくことになる。すると、駅の間隔が狭い中心部分は自然と栄えていき、栄えていくと交通の便をよくするために追加で路線が増えていく。

 そうやって路線を拡張し、いつしかその中心部分が街となり、蜘蛛の巣、そして終着駅──つまり『蜘蛛の巣ターミナル』と呼ばれるようになったわけである。


 現在の『蜘蛛の巣ターミナル』が成立した──すなわち最後に路線敷設が完了したのは、今から三年前。面積にして東京都の二倍程度という『大空洞』全体に比してあまりに狭いこの街は、そうした曖昧な輪郭ながらも確かに栄えているのだった。



「朝なのに人が多いですね」


「まぁここで生活してる人もいるわけだしな。八時すぎは普通に出勤時間帯だ」



 街並みは、一見すると『大空洞』の中とは思えないくらいに現代的な形に整えられている。

 アスファルトで舗装された車道に石のタイルがはめ込まれた歩道。電柱や街路樹が立ち並び、商業ビルやオフィスビルが立ち並ぶ分かりやすい『都会』の光景は、一見すると、空に浮かぶとこしえの夜空さえなければ現実の中にいると錯覚してしまいそうなほどだ。

 ただし、ところどころに異常が存在する。

 『夜の星空』の天蓋ももちろんそうだが、空中に敷設された透明なチューブ状の建造物──『大空洞線』に、よく見るとそこかしこに存在する移動用ドローンレンタル所。そしてドローンに乗って空を移動する人々に、彼らを客とするドローンの上に建設された店舗などなど──かなり『ベタ』な未来の景色がそこにあった。



異界迷宮ダンジョンでまで出勤とか、勘弁してほしいですよ……」


「そうやって働いてくれてる方々のお陰で俺たちの快適な異界迷宮ダンジョンライフがあるんだよ。感謝の気持ちを忘れないように」


「んむ。ナツカさんも同じプロとして、プロフェッショナルには敬意を表しますよ」



 適当なことを言いながら、俺とナツカは街道を進んでいく。

 視線の先にある空中では、ドローンで建設された店舗や交通人のほかにも、空間投影式のウインドウで今朝のニュースを流していたり、異界物質の素材を陳列した行商がいたり、まるで空中にもう一階層の街があるかのようだった。


 これらの未来ギミックはすべて、異界迷宮ダンジョンに存在する無数の迷宮で採れた異界物質によって構成された新素材の産物だ。

 異界迷宮ダンジョンで採れた異界物質は、俺たちの世界で通用する物理法則を完全に超越した性質を持つことも多い。それらの性質を上手く活用することで、現代科学の限界を超えた機能を備えた機材を作り出すこともできる。

 ウズラの卵みたいなサイズの球がドローンとしてふわふわ浮かんだりするのも、空間投影式のウインドウが出たりするのも、この新物質の性質の賜物である。


 ちなみに、この辺の性質も含めて迷宮に存在するもの全般を調べるために異界迷宮ダンジョンに潜るスタイルが『調査』と呼ばれるだ。

 ゲームで言えば、細かい性能やおかしな挙動、バグなんかを調べるような遊び方。華やかさがあるわけではないが、業界の発展のためには非常に重要なスタイルである。

 ──その分野において第一人者と称されているのが、今回のターゲットであるヴィヴィアネさんなのだが。



「それで、ナツカさんたちはどこに向かってるんです? そもそも調査といっても、ナツカさん達には見た目と探索能力スキル以外の情報がまるでないですけど……」


「まぁな」



 もちろん、そこのところは俺も承知している。

 やみくもに調査したところで、八日間で人を見つけるなんてことは素人にはできないだろう。なので、あたりをつけるという作業が必須になる。

 そして、ヒントは既に存在している。


 俺はぴっと人差し指を指し、空中に漂うドローン達──その中でも、異界物質の素材を販売する行商を指さす。



「餅は餅屋って言うだろ。餅屋に餅のトレンドについて聞いてみよう。何か面白い情報が聞けるかもしれないぞ」


「クロ、お腹が空いたんならナツカさんいいお店を知ってますよ?」



 そういうことじゃねぇよ。たとえ話が通じねぇヤツだな……!

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