06:夕焼け小焼け/本心は語るに落ちて

「というわけでお説教だが」



 ぱっぱっと身体に着いた葉っぱを払い、迷宮をさらに奥へ進みながら俺は言う。

 追いかけて来たフットレッド達は、無事に全員爆破した。身体に空いた風穴を起点に起爆したので、そこから肉体が弾け、ついでに至近距離で頭部も熱された格好なので漏れなくお陀仏である。

 その様子を離れたところで見ていたナツカはというと、俺の横に追いついて歩きながら、



「えっ、ナツカさん大活躍だったし功罪相殺で許されるやつだったのでは?」


「許されませーん」



 とはいえ、俺もフットレッドが湧いて出て来るまで爆音のことに気付けなかったからあんまり強くは言えないが。



「っていうか、お前なんで音とか出る設定にしちゃうんだよ。迂闊すぎるだろ」


「普段は使わないのでちょっと勝手を忘れてたんですよ。ナツカさんは気遣いができるため」



 いや気遣いができてたらこうはならんわけだが……でも納得だ。確かに、試しに見たあのブレブレホームビデオでは全然探索技能スキルとか使ってなかったもんな。



「そりゃもったいないな。けっこう強い探索技能スキルなのに。多分、上手いこと使えばランクマでも良い線行くぞ?」


「ナツカさんは探索したい派なのでそこはそんなにで良いのです」



 いや本当にもったいない……。俺だったら現時点で何個か悪い……もとい強い応用が思いつくのに。

 対迷獣モンスターでの異能の使い方もさっきので何となく分かったし、そういうレクチャーもやれそうだしな。



「にしても、普段ランクマ勢御用達の迷宮ばっかりだったもんだから迷獣モンスターとの遭遇で慌てるとか本当に久々だったわ」


「普段は探索したりしないんです?」


「しないな。ランクマ勢って、もう完全に平定されて異界深度フロアレベルが○~一くらいの虚無の迷宮をたまり場にしてんだよ。それでそこにしかいないから」


「ナツカさんからすれば、そっちの方がもったいないですけどねぇ……。せっかくの異界迷宮ダンジョンなんだから、探索したら楽しいですよ」


「それは正直思った」



 今回の立ち回りとか、新鮮で楽しかったし。

 あとランクマは個人戦だから、仲間と探索技能スキルを掛け合わせるとかもなかなか面白かった。たまにはこういうのもいい。うん。



「……っていうか、そもそもなんで探索向きじゃないビルドにしてんだ? 探索メインでやってるならこう……あるだろ、探索で使いやすいビルドがさ」


「だって、行き止まりとか爆破して先に進めたら便利じゃないですか」



 あー、そうね、仮にも『迷宮』だもんね、ここ。行き止まりにぶつかって探索が難航したりとかあるよね……、……って。



「おい自称ダイバーのプロ」


「プロは最小の手間で最大の効率を稼ぐものなのです」


「でも普段使ってないんだろ?」


「思ったより爆破できそうな地形って少なくて……」


「それで探索技能スキル死蔵してちゃ世話ないだろ」



 そもそもプロならちゃんと正攻法で迷宮を攻略しろよ!



「ナツカさんが浪漫を感じる『攻略』とはこれなのです。壁を発破し、無理矢理奥を突き進む……。子どもの頃に見ていたゲーム実況の影響だと思いますよ」


「それが流儀なら何も言わんけども」


「ちなみに『匠の愉快な名人芸フルリフォーム』って名前も、そのゲームの敵キャラからとってるんですよ。良い名前でしょう?」


「あー! 言われてみれば! ……くっ、なんか言われるまで気付かなかったの悔しいな……」



 思わず歯噛みして──あれ、これ話が脱線してないか?

 説教云々はもういいとして……本題はデビュー配信をネタにした今後の動きの材料集めだったような。なんか普通に雑談を楽しんでしまったが……。



「こほん。気を取り直して、続きだ続き。デビュー配信で自己紹介、特技と来たら、次はファン関連の用語だぞ」



 このご時世……に限った話でもないが、ダイバーというのは人気商売である。

 人気商売というのは、ファンがいないと成り立たない。なので多くのダイバーは、自分のことを推してくれるファンや彼らが行うことを

 たとえばファン集団の名前──ファンネームだったり、配信の感想をSNSで発信するための配信タグだったり、自分をネタにした創作(イラスト等)につけるファンアートタグだったり、配信を切り抜いた切り抜き動画を上げる時に使う切り抜きタグだったりだ。

 そうしたお約束が成立していなかった黎明期は別だが、最近のダイバーはデビュー配信でそうした決め事を設定して、ファンと自分の関係性をある程度確定させてから配信活動に臨むものである。

 ナツカは少し思案げな表情になって、



「ファン関連の用語……ですか。ファンネームとか?」


「あと配信タグとか、ファンアートタグとか、切り抜きタグとかだな」


「そこまで要ります? なんかあんまり、そういうのを自分から決めるのは恥ずかしいですよ」


「ばかもん!!!!」



 ナツカがナメたことを言い出したので、俺は速攻で一喝した。



「いいか? たとえどんなに零細のダイバーでも、同時接続数が一桁だったとしても、関連タグ系は疎かにしちゃあいかん!! 推してくれるファンに『枠』を用意するのも、ダイバーの大事な役目なんだからな!」


「な、なるほど……」


「そもそも、そういうのがちゃんと機能するようにしておくために、初配信の前にダイバー準備中ってことで色々な施策をするもんなんだ。初配信からがスタートなんじゃない。初配信は、活動を開始してからだととらえるべきだ」


「勉強になりますよ」



 分かってるんだか分かってないんだか、ナツカは神妙な面持ちで頷いていた。

 本当に勉強になってるのか?



「じゃあ、ファンネーム関連決めですかね? 配信はつけてないから、配信しているていでやるってことで」


「だな」



 そんなことを言いながら歩いている間にも、迷宮の景色は少しずつ変化していく。

 並木道と鬱蒼とした枝葉によって構成された木々の洞窟から、木々に纏わりついたツタによって支配された密林の様相へと。

 道らしい道が消えたかと思うと、今度は枝が階段のように伸びていることに気付いた。

 俺とナツカは枝の階段を昇りながら、話を続ける。



「ファンネーム関連も、事前で決めたりするケースがあるんだが……今回は配信しながら決めるっていう想定で行こう。俺がコメント役やるから」


「お任せしましたよ」



 お任せされたからには頑張らざるを得まい。

 こほん。



「まず、ファンネームを決めましょう。コメント、何かいい案ありませんか?」


「『素材』」


「リスナー合成するんですか? ナツカさん」



 おお、良い感じのツッコミ。素質があるんじゃないか?



「じゃあナツカから『ナツ』をとって『ナッツ』」


「急にポップな感じになりましたね。でもリスナーをナッツ呼ばわりはちょっと気が引けませんか? 確かナッツってアメリカだと悪いスラングだったと思いますし。海外進出を考えると避けるべきかと」


「え、そうなんだ。今から海外進出を考える厚かましさは無視するが……。……英語得意なのか?」


「勿論です。プロですので。あと洋画見るの好きなので、そういうスラングだけ妙に覚えるんですよ」



 へー。確かに爆発を探索技能スキルにするあたり、ハリウッド映画とかの派手な映画が好きそうではある。

 ……リスナーの扱いが悪いダイバーも結構いるし、それはそれで需要はあるが……ナツカの場合、多分……というか十中八九リスナーからツッコミを入れられる感じの配信スタイルになるだろうしな。あんまり当たりが強くない方がいいか。



「あとは、リスナーの名前なら仲間とか友達みたいなニュアンスの言葉を合わせるようなタイプが多いな。『ナツ友』とか」


「なんだか自分の名前そのまんまは気恥ずかしい感じがしますよ」



 それは無理もない。



「あとはそうだなー……。……『プロ』が口癖だから、リスナーはまだアマチュアってことで『アマリス』とか?」


「おお! ナツカさんらしくかつ分かりやすいリスナー名じゃないですか!」



 ナツカの想定リスナー層的には多分大顰蹙を買うリスナー名だと思うが……。


 そうこうしているうちに、枝の階段を昇り切り次の階層が見える。

 密林の上の階層は、先程までとは逆に枝葉で構成された床が広がる迷宮だった。空は一面青だが、不思議と雲は一つもない。どちらかというと、空というよりは頭上に浮かんだ水面のような印象だ。じっと覗き込めば映り込んだ自分の顔が見えそうな気すらしてくる。

 辺りを見渡してみると──枝葉で構成された迷宮の向こうに、蔦が寄り集まって構成された巨大な塔が見えた。……こう開放的な迷宮だと表現的に違和感しかないが、あそこが迷宮の『奥』なんだろうな。


 此処まで見ても分かる通り、異界迷宮ダンジョン内部は必ずしも、壁の入り組んだ建造物みたいな文字通りの『迷宮』とは限らない。しかしダンジョンはダンジョンなので、一定方向に『進んでいく』ことができる場所でもある。つまり『奥』があり、終点がある場所なのだ。

 それは此処みたいに開放的な階層でも変わらない。たとえ視覚的にどこへでも広がっているように見えたとしても、どこかしらに『奥』が存在する。……もっとも、たいていの場合はそういうものには分かりやすい目印があったりするものだが。



「あの蔦の塔が『奥』だな。そっち行くぞ」


「了解ですよ。迷う心配がなさそうで良い階層ですね」


「お前が言うとフラグみたいになるからやめーや」


「心外ですよ!?」



 それは日頃の行いが悪い。



「あとは配信タグとファンアートタグと切り抜きタグだな。切り抜きタグはダイバー自ら決めてることもあるが」



 俺は枝葉の床を踏みしめながら言う。

 異界迷宮ダンジョンの中には、たまに罠が仕込まれていることもある。異界深度フロアレベルがほぼゼロの完全平定済み迷宮ならないのだが、此処のように異界深度フロアレベル:3の迷宮なら、階層が進めば罠が出て来ることは珍しくない。

 俺はあんまり罠があるような迷宮に潜ることはないので、けっこう慎重になっていた。



「そうですねぇ……。切り抜きタグってどういうものが多いんですか?」


「ファンネームと同様にそいつの属性を混ぜつつ、切り抜きとかクリップとかって言葉と合わせることが多いな。お前なら『#ナツクリップ』みたいに」


「だから名前は気恥ずかしいんですよ」


「それひょっとして本名でやってる弊害なんじゃないか……?」



 ツッコミを入れるも、そこについては聞く耳を持たないようだった。

 と、会話の途中で突然ナツカが足を止め、腕を伸ばして俺のことを制する。



「……あん? どうした?」


「あ、いや。そこあと三歩先、罠があるので。気付いてなさそうだったから止めました」


「ウェ!?」



 言われて、俺は慌てて足元に視線を落とす。三歩先……。……分からん。何も変わらないように見えるが……。……ホントにそうなのか?



「どんな罠かは分からないですけど、何となく周りと比べて違和感があるので」


「……まぁ、言われた場所をわざわざ踏みに行く必要もないわな」


「罠だけに?」


「今のでプラマイゼロになったわ、お前の手柄」



 軽口を叩きつつ、俺は指摘された場所を迂回して進む。

 ……しかし、そうか。考えてみればコイツは体力テストの俺の挙動を見ただけで、キララの正体を暴けるほどに目が良かったんだ。

 昼間は偶然が奇跡の一致をしたんじゃないかとか思っていたが、それが異常なまでの『目の良さ』だと考えれば合点がいく。ついでに、ナツカがポンコツであるにも関わらずプロを自称するほどに自信をつけた背景も納得だ。



「むぅ。クロはジョークが分からないようですね」



 ……いや、やっぱコイツの自信過剰っぷりはなんか能力とか関係ない気がする。



「しかし、すごい洞察力だな。何か特別なことでもやってたのか?」


「いえ? 特には何も……。子どものとき、コハ姉……姉と一緒に遊び回っていたことくらいでしょうか。やはりナツカさんほどになると、そういう日常も成長の糧にしてしまうというか……」


「特に理由はないわけね」


「今理由を話したのですが?」



 っていうか、姉いたんだ。意外だ。てっきり一人っ子だと思ってた。



「話戻すぞ。えー、配信タグ、ファンアートタグ、切り抜きタグだったな。配信タグは多種多様でなー……。これまでの流れで言うとストリームをもじったものとかもあるっちゃあるんだけど、ダイバーの特色を色濃く反映したものもあったりする。ナツカで言えば……『#匠改装中』みたいな感じか」


「ふむふむ」


「ファンアートタグも多種多様だが、こっちはイラスト系で方向性が明確だな。『#ナツ』とか『#ナツ画』とか……あ、忘れちゃいけないのが『#なつかあーと』みたいな『〇〇アート』系だな。此処に関しては名前をもじる率がかなり高い印象ある。俺も『#Kirara_Art』だし」


「なるほどー……。……うーん、気恥ずかしいですけど、此処は『#ナツ画』にしましょう。なんかアートは恥ずかしいです」


「普段遣いするものだから、そういう感覚は大事だな」



 じゃあ先にファンアートタグが決まり、と……。

 そこで、ナツカははっとした表情を浮かべ、



「そういえばコメントを拾ってタグを決めるって体だったのに、普通に雑談しながら決めてませんかこれ?」


「あっ」



 し……しまった! めっちゃ普通に喋っちまってた!



「悪い、つい」


「いやまぁ、良いんですけど……。そもそも口頭の時点で厳密にはコメントじゃないですし」


「それは言うなよ」



 前提から覆っちゃうだろ。



「じゃあ、気を取り直して配信タグと切り抜きタグを考えていきますけど……」



 そこまで言って、俺とナツカは足を止める。

 話しながら進んでいるうちに、蔦の塔の麓まで辿り着いたのだ。


 近くに来ると、蔦の塔は意外にも細部の形状は人工物の塔のようだった。

 扉や採光窓も、塔を形作っている太い蔦とは違う細い蔦で形成されている。……明らかに自然物ではないが、異界迷宮ダンジョンではよくある話である。

 中を見て見ると、塔の中には蔦で出来た螺旋階段も存在していた。採光窓が複数あるお陰で、中は薄暗いながらも見渡すことができる程度には明るい。

 迷獣モンスターの気配は…………ない。少なくとも、塔の中に迷獣モンスターはいないようだった。


 気を取り直して塔に入り螺旋階段を昇りつつ、俺はコメントになりきって発言する。



「『#ナツカ失敗中』」


「まるで配信イコール失敗の連続みたいじゃないですか! 却下です」



 実際そうなると思うが……。



「『#プロの配信』」


「シンプルだけど良い響きですね。ちょっとこれはキープで」


「『#匠爆破中』」


「オチのつもりで言ってますよねそれ!?」



 バレたか。



「うーん、この中だと……いやでも、『#匠爆破中』っていいですね」


「え、そう来る?」



 オチが選ばれてしまうとなんかちょっと微妙な気持ちになるが……。そんなつもりでコメントしたんじゃなかったのに……みたいな罪悪感がちょっと出てしまう。



「一番オリジナリティがあるじゃないですか。プロの配信は、ちょっと一般的な用語すぎますし」


「確かにそうではあるが」



 そういう理由があるのであれば、是非もないか。

 ちゃんとコメントを想定した感じで意見を拾っているし、けっこういい感じではなかろうか。本当のコメントは、もっと無軌道だが……。



「切り抜きタグですけど、これはナツカさんの方で決めたいと思います。『#プロクリップ』です」


「そこはプロ使うんだ」


「アマチュアの皆さんのプロクリップをお待ちしておりますということでね、そういう感じです」


「煽りかよ!」



 そこだけリスナーとバチバチにやり合うつもりなのかよ! そういうスタイルもナツカならやれそうだと思うが……。

 キララの場合も、最初の方は俺に対する『わからせ』──調子に乗ってるヤツに痛い目を見せること──の需要があってリスナーとプロレスをしたこともあったもんだが、あまりにも俺が強すぎるあまり、最近はそういうのも減ってしまった。今ではめっきり俺の方が『わからせ』をしている側である。

 つまり、リスナーとのプロレスというのも、やるのには才能が必要なのだ。



「基本的なタグ決めはこんなもんだが、ダイバーによっては販売してるシチュエーションボイスの感想タグがあったり、私信を送る為のタグを用意してたり、他にも色々ある。まぁこのへんはまた次の機会にするか」


「はえー……色々あるんですねぇ。『#ナツカ様を讃えよ』みたいなのもいいですね」


「それ新興宗教以外のどういう用途で使うん?」



 お前の芸風だとリスナーの悪ノリの巣窟になりそうな未来しか見えないんだが。



「……む」



 そこで、不意にナツカが足を止めた。

 俺も合わせて足を止め、目の前にある階段を注視してみる。先程と同じように、何か罠があったのだろうか?



「何かあったか?」


「罠ではないんですけど……塔の外、日が傾いてきてませんか?」


「は? マジで!?」



 言われて、俺は慌てて採光窓の外へ視線を向けた。

 ……まだ空は青いままだが、確かに言われてみると、先ほどよりも陽が沈んできているように見える。

 異界迷宮ダンジョンの中は、たとえ空があるように見えてもそれは本当の空ではない。だから、日が照っていてもそれは本当の太陽ではなく、天体運動をしているとも限らない。のだが……。



「……もしかして、この塔自体が一種のギミックか? 中に入っていると塔の外の様子が変わるみたいな」


「ありえますね。塔の外に迷獣モンスターがいなかったのも、このギミックで外が夜になったら出て来る仕掛けとかなのかもしれません」



 ……異界迷宮ダンジョンのギミックとしては、あり得るラインだ。

 確かに、さっきまでの階層で迷獣モンスターが一体もいなかったの、地味に違和感だったんだよな。こうも開けた階層なら、飛行系の迷獣モンスターが出てきてもおかしくなかったのに。

 ギミックの効果で存在の位相がズラされていたとかなら、一切迷獣モンスターが出てこないのにも納得がいく。

 そして、だとすると……。



「……急いで昇るぞ!」


「がってんですよ! ところで今踏んだところの三段上、罠です」


「うおっあっぶねぇぇッ!!!!」



 思いっきり罠を踏む流れだったが、幸いにも壁に手を突いて設置式のランプを発現してそれに掴まることで事なきを得たのだった。

 ……しかし、マジで本当に目が良すぎないか?




   ◆ ◆ ◆ 




「な、なんとか日が沈む前に着きました……」


「途中なんか加速しなかったか? 街灯でショートカットしたせいか……?」



 急いで昇ろうということで、途中からはナツカを肩に担いで街灯で上昇するという攻略法に打って出たのだが、そのあたりから日が沈む速度も急加速していき……結局、日没ギリギリになってしまった。

 しかし、どうやら日が沈むギミックは塔の『中』にいる時限定らしい。

 塔の頂上に辿り着いた今、塔の外の空は平静を保っていた。



「……多分、非正規の方法でショートカットしようとするとそれに応じて変化速度も上がるんだろうな。やめておけばよかった」


「しょうがないですよ。初めて見るギミックですし」


「ナツカに慰められるとはな……」


「クロ、ナツカさんのこと全体的にナメてますよね? ナツカさん心外ですよ?」



 それは日頃の行いが悪い。


 しかし……こうして沈みかけの夕陽を眺めていると、えも言われぬ達成感があるな。やりきった感とも言う。

 そんなことをぼんやり考えながら夕陽を眺めていると、ふと横にいたナツカが口を開いた。



「………………今日は、楽しかったです」



 今にも沈みそうな──それでいて永遠に沈まない夕陽を眺めながら、ナツカは一言、呟くように言う。

 相変わらずの無表情だったが、その横顔には満足げな──それでいて少し寂しそうな感情が宿っているように見えた。



「デビュー配信のこととか……。撮影用ドローンの使い方は、結局間近で見ても分かりませんでしたけど」


「塔昇ってるときも説明したが、思考制御のブレ補正が多分上手くいってないと思うんだよなー……」


「設定見直してみます」



 そこは是非そうしてくれ。

 頷いてやると、ナツカはふっと微笑んでから真面目な表情になり、夕陽の方へ向けていた視線を俺の方へと向ける。

 それから、多分今日一番の真面目さで、こう切り出してきた。



「…………わたし、もう一度始めてみます」



 自分を映しているボロボロの撮影用ドローンを見ながら、



「今までの、がむしゃらなやり方じゃなくって。もっとちゃんと、きちんとした手順を通して、ダイバーをもう一度最初から始めてみようと思いますよ」



 …………ふっ。

 何を言うかと思えば。



「いや、俺は元よりそのつもりだぞ。むしろなんでこの体たらくで終わりにする雰囲気になってんの?」


「ええっ!?」



 いや、さっきだって『次の機会にするか』って言ってたじゃん。

 これで一通り危なげなくデビュー配信をこなせるくらい卒のないヤツならこれで終わりでもよかったが、これまでの流れを見ておいてハイサヨナラは無理だろ。言われなくても実際のデビュー配信までちゃんと見届けるつもりだよ。何をそんな意外そうにしているのだ。



「いやでも、デビュー配信までってけっこう時間かかりますよね?」


「あん? そうだな。初配信までにSNSでの活動でファンを獲得する必要があるし。短く見積もっても一週間は欲しいところだ。それまでに人の多い迷宮で活動して宣伝したり、短めの動画を撮ってSNSに投稿したりして顔を売るのが基本だぞ」


「…………………………了解ですよ!」



 なんか間が空いたな。俺何か変なこと言っ……、



 ………………あっ!!



 そういえば、そもそも建前として俺がコイツに協力するのは今回きりで撮影のコツを教えるだけって話なんだった……!! なんかうっかり、デビュー配信まで協力するつもりになってた……!

 ってことは、コイツの醸し出していた微妙な寂しさみたいなのって、これが最後だって思ってたから!? うわ、なんか柄にもなく真面目な顔して気持ち悪いなとか思ってた!!

 そしてコイツは俺が忘れてるのをいいことにそのまま流して既成事実を作ろうとしている!!



「あ、気付いちゃったみたいですね」


「シンプルに失言だったけど、お前もお前で油断も隙もないな……」



 とはいえ、そこまで執着するつもりもなかったらしい。

 ナツカはあっさりと隠すのをやめて、



「デビューまでとなると、今日だけでは終わらないと思います。でも、ナツカさんはダイバーのプロであるがゆえに正直宣伝とかのことは良く分かりません。だから………………クロ、デビューまでわたしに、協力してくれませんか?」



 と、真正面から頼み込んで来た。


 …………正直、異界迷宮ダンジョンに入る前だったら一秒も待たずに断っていたと思う。

 実際に迷宮に潜ってもトラブルは起こすしふてぶてしいし、正直こんなのと一緒に活動していたら本当に騒がしくて気が休まらないことになるのは想像に難くない。難くない、のだが…………。


 でもなぁ。

 困ったことに、めっちゃ楽しかったんだよなぁ。


 今までずっとソロでダイバーやってきて、しかも対人戦特化で。もちろん、それも楽しかった。強者と鎬を削るひりつくような戦いだって大好きだ。そしてその上で相手を負かすのが大好きだ。

 ただ、それとは全くの別軸で、気の置けない相手と馬鹿なことを話しながら迷宮を探索するのも、楽しかった。コイツの巻き起こすトラブルも含めて、本当に楽しかった。──こっちの方を先に知っていたら、多分この道を進んでいたかもな、と思う程度には。


 多分、答えとしてはそれで十分というか。

 そう思わされてしまった時点で、俺は負けていたんだと思う。


 なんだか気恥ずかしくなりながら、俺は呟くように答える。



「……仕方ないな。乗り掛かった舟だし、デビューまでは面倒見てやるよ」



 ギミックのお陰で、今が夕陽で良かった。

 なんとなく……特に理由はないが! そんなことを、思ったのだった。

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