父親

泣き止み落ち着きを取り戻したサイラスは、顔を少し赤く染めながら俺から離れ少し距離を取り少し睨む様に見つめてくる。


「…………」

「サイラス?」

「ーッ!」


サイラスを見つめ名前を呼ぶと、サイラスは俺から顔を背け口を開いた。


「はぁ〜、あぁ…もう…分かったよ。お前が、どうしようもないくらいお人好しだって事は、分かった。」

「サイラス……」

「もう大丈夫だから…」


そう言いサイラスは、片手を上げ手をひらひらと振りさっさと部屋から出ていけと、合図してくる。

素っ気ない態度だが、今までの悪意の様なものは一切感じない。


「じゃあもう行くよ。サイラス、持ってきたお菓子とパン粥食べられるだけ食べてね!」

「……ん。」

「あ!あと、一つ聞き忘れてた。サイラス、公爵様からは…何も、なかったの?」

「…………なにも」

「そっか…うん…。分かった。…また、明日来るね」


俺は、そう言うと、サイラスに背を向け後ろにいたアティカスくん達に、視線を向けるとアティカスくん達は、泣きそうなでも嬉しそうな顔をして、優しく微笑んでいた。


部屋から出ようと歩き出した瞬間。

サイラスの小さな声が、俺の耳に微かに届く


「……ぁ、ありがとぅ。…兄様」


本当に小さい声だったが、その言葉は確かに俺の耳に届いた。俺は、目を見開き一瞬固まったが、すぐに理解し自然と口角が上がっていた。

初めて、サイラスから《化け物》ではなく〖兄〗と呼ばれたのだ。嬉しくない筈がない。本音を言えば、めっちゃくちゃ嬉しい!

分かり合えない、仲良くなどなれないと思っていたサイラスと少しだけだが、距離が縮まった気がして嬉しくなり俺は、上機嫌で部屋を後にした。


そんな俺の後ろ姿を、サイラスが見つめどんな気持ちでその言葉を告げたのかを俺は、知らない。



それから…サイラスの部屋から自室に帰った俺は、椅子に腰かけ頭を悩ませていた。とりあえず、サイラスはもう大丈夫だろうと思ってはいる。

だが、問題はまだ残っていた。それは、あの公爵様父親の事だ。やっぱり何もしてなかったのかよ!あの人!?!何してんだよ!ダメだろそれは!!

そんな事を考えながら、頭を抱えていると…


「ルーク様?どうなさいました?」

「なんだか、浮かない顔ですわ…。」

〖ルーク、悩んでる?〗


アティカスくん達が、俺を心配そうに見つめていた。


「え!あぁ……ちょっと…ね。」

「もしや…公爵様の事で御座いますか?」

「え!どうして…!?」

「ずっと、ルーク様を見てきましたからね。何となくですが、そうかなと……それに俺の父さんも、よく公爵様の事なら何でも分かるとよく話していて…そんな姿をずっと傍で見て教えられてきたので、俺も自然とそうなったんだと思います。」

「そう…アティカスくんは、オリヴァーさんと仲がいいんだね。」

「仲は、どうなのでしょうね。多分、悪くはないと思います。…俺は、幼い頃に母を亡くしているのですが、その時から父さんは、母の分も愛情を注ぎ男手一人で、俺を育ててくれました。今考えれば、とても大変だったと思います…。だからこそ常に、傍にいて見守り守ってくれていた父さん《オリヴァー》を俺は、尊敬しております。」

「そっか…いいお父様だね。」

「はい。ありがとうございます。」


アティカスくんは、嬉しそうに微笑んだ。

オリヴァーさん、とても優秀な執事なだけでなく立派なお父さんなんだな…やっぱり凄い人だ。

それなのに、おかしくないか?こんな優秀で、お手本の様な父親であるオリヴァーさんが傍で仕えていて見ているはずなのに、あの公爵は何故こうなったんだ??


「それで、ルーク様今、何をお考えで?」

「えっと〜アティカスくん、聞いても怒らない?」

「はい。」


俺は一瞬だけ恐る恐るチラッと、アティカスくん達の方を見た後、膝の上に座っているリヒトの背を優しく撫でながら視線をリヒトに向けゆっくり口を開いた。


「公爵様って、どうしてあんな感じなのかな〜って、だっておかしいよね?立派な父親のお手本の様なオリヴァーさんを近くで見てる筈なのに、当の公爵様は父親とはみたいな感じだし、父親としてどうなのかな〜?な〜んて………」

「………………」


そう言いながら俺は、目を閉じた。

なんて、何だかんだ公爵様の事をアティカスくん達に、言ったが公爵様がこうなった原因が、公爵様だけのせいじゃない無い事を俺は、分かっていた。公爵様と、向き合わずここまで目を背けてきた、俺のせいでもあるのかもしれない。


公爵様からもサイラスからも嫌われているからと、向き合わず無理だと都合よく決めつけ俺は、全てを諦め目を逸らしたのだ。

公爵様の本当の思い《心》と向き合う事が…知る事が、怖かったのだ。


だが、その結果…公爵様は、またしても俺の時と同じ過ちを繰り返そうとしている。もっと早くちゃんと話していれば、もっと違う未来があったかもしれないのに…このままでは、いけないと思っていたのだが…どうしてかの事になると、怖くなり目を背けてしまう。

中身精神、36歳のおっさんが情けない。


どうして…と考えた瞬間、頭が一瞬ズキリッと痛むと、頭の中にもやの様なものがかかり、壊れたラジオの様な嫌な音とノイズの入った映像が、頭の中に流れた。


【お前…産ま……こなけ……よかった…だ!】

【出来損ない……、き…てよ……】

【………、いら……子、……気味が、……早く……】


高そうな服を着た男女が並び、こちらを凍る様な冷たい目で見下ろしている。


俺は……この人達を


〖だめ…を……思い出しちゃ…だめ!〗


突如…幼い声が、頭に響くと嫌な音と映像がスっと、消え頭の中にかかったもやが、晴れた。


「(あれ?……俺は、今何を?)」


俺は、パッと目を開けると俺を見上げて見つめていたリヒトと目が合った。今、何が起きた?

訳が分からずいると、俺の話を聞いてからずっと黙って俯き何かを考えていた、アティカスくんが、静かに口を開いた。


「では、この機に一度公爵様としっかりと話するのはいかがでしょう?」

「え!あ…そう、だね。……うん。ちゃんと話さなきゃだよね……」

「どうしました?」

「いや、何でもないよ!じゃあ、オリヴァーさんに公爵様に会いたいと伝えてもらってもいいかな?」

「はい。畏まりました。予定を聞いて参りますね。」


アティカスくんは、そう言うと軽く俺にお辞儀して足早に部屋を後にした。

俺は、その後ろ姿を見つめ大きく息を吐いていた。


それから数日後……


俺は、執務室の扉の前にいた。

あの後すぐに、アティカスくんがオリヴァーさんに伝えてくれて、公爵様との話の場がつくられた。


扉に近づき軽くノックすると、扉がガチャリっと開くと目の前には、優しく微笑みを浮かべたオリヴァーさんが立っていた。


「ルーク様、お待ちしておりました。どうぞ中へ…」


オリヴァーさんは、軽いお辞儀をした後、静かに数歩後ろに下がると、俺に部屋の中へ入るように促す


部屋に入れば、公爵様が前の様に長椅子に腰掛け座っていた。相変わらず、何を考えているか分からない。


「……座りなさい。」

「……はい。」


俺は、公爵様に言われるがまま公爵様の向かい側の長椅子へと腰掛けた。その後ろに、アティカスくんとマリーさんが並んで立つ。因みに、リヒトは今回マリーさんの腕の中だ。


「…………」

「…………」

(……マジか。無言の見つめ合いってなんだよ。)


シーンとした、静かな見つめ合いの中最初に口を開いたのは、オリヴァーさんだった。


「…パトリック様、ただ見ているだけでは、何も始まりませんよ。」

「…あぁ………そうだな。その…ルーク、元気か?」

「え……あぁ……はい。」

「そうか…」

「………………」

(はい!会話終了ー!なんでだよ!もっとこう…何かあるだろ!)


俺は、このままでは埒が明かないと、公爵様の目を見つめ両手を膝の上で、強く握り締め口を開く。


「公爵様!」

「……なんだ。」

「公爵様は、何故引き篭っていたサイラスに、何もしてあげなかったのですか?」


俺が、そう言うと公爵様の片方の眉が一瞬だけピクリッと動く。


「……使用人達には、しっかりと世話をする様に伝えていたし…何も問題ないと報告も上がっていたが?」


返ってきた返答に、俺は絶句した。

あぁ……やっぱりこの人は、何も分かっていないし理解もしていないのだ。己が、また再び過ちを犯そうとしている事に…



俺は、公爵様から視線を外し俯き下唇を強く噛み締めた。

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