家族の〖カタチ〗


「公爵様は、……また、そうやって目を背けるんですか?」

「……何?」


俺の口から出た声は、自分で思ったより冷たい声だった。グッと、両手に力を込め顔を上げ公爵様を見つめれば、眉を寄せ訝しげに公爵様が、俺を見つめ返してくる。


「俺からずっと目を背け続けた様に、サイラスからも目を背けるおつもりですか。」

「…何を、言って…」


公爵様は、何かを言いかけた言葉を飲み込むと、俺から視線を一瞬だけ外し何かを考えた後再び俺の方へ視線を戻した。

俺を見つめてくる目の奥には、戸惑いと迷いが渦巻いている様に見えた。


「自分が誰なのかも、自分がどうして意味も、理由も、訳が分からないまま周りから忌み嫌われ、蔑まれ疎まれ、雑に扱われ迫害され続けていました。…孤独に、別邸の微かな光さえ入らない程暗いあの部屋で……八年です。八年……リヒトが、どんな思いで生きてきたか公爵様は、お分かりますか?」

「…………」

「公爵様が、目を背けず向き合っていたら違う未来があったかもしれない…。それなのに貴方は、また選択を間違えるのですか?同じ過ちを繰り返すと?」


公爵様が何故ずっと、自身の子供である俺から目を背けてきたのか…その理由を俺は、もう既に知っている。

公爵様が、心から愛した人でリヒトの母でもある《オリビア》が、産後亡くなった後…公爵様は、母にどんどん似てくる俺を見る事が辛くなり、自分の目に届かない所へと遠ざけてしまったのだ。と、一年前、オリヴァーさんから教えてもらった。


確かに、最愛の人を亡くした事は、どんなに辛い事だろうか…現実から目を背け行きたくもなるだろう。だが、それで、自身の子供であるリヒトやサイラスから目を背けていい理由にはならない。

公爵様の最愛の人を殺めた者の子供でも、サイラスは公爵様の子供なのだ。


公爵様は、俺の言葉に強く手を握り奥歯を噛み締め辛そうに顔を顰める。

俺は、言葉を途切れさせる事なく続けた。


「公爵様…このまま、現実《全てのもの》から目を逸らし続けていたらいけないと分かっている筈だ!お母様が亡くなったあの時から!!」

「…………ッ」


その瞬間、公爵様は俯き俺から視線を背けた。

ずっと公爵様は、俺からも現実からも目を逸らし続けてきた。なのにまだ、俺から現実から…目を背け続けるのか!お前は…!!その公爵様の姿に、俺の奥底で静かに燃えていた怒りが一気に膨れ上がり燃え上がる。


【ふざけるな!】


俺は、キッと目の前の公爵様を睨みつけ前のめりになりテーブルをドンッと、殴りつけ叫ぶ

後ろで、マリーさんに抱っこされているリヒトが、ビクリッと身体を揺らす


「現実から目を背けな!俺もサイラスもあんたの子供なんだッ!!俺から…サイラスから…お母様オリビアの死から、目を背けるな!」

「ーッ!!!!」


その瞬間公爵様は、俺の言葉にビクリッと、肩を揺らしゆっくりと顔を上げた。

公爵様の目が俺を捕え映すと、公爵様はくしゃりっと顔を歪めると、微かに口を震わせながら口を開いた。


「…わ、私は、」


俺は、静かに公爵様を見つめ次に、発せられる言葉を待つと侯爵様は、ゆっくりと話し出した。


「…オリビアが居なくなったあの日から、お前の報告書成長記録を見る度…日に日にオリビアに似ていくお前を見ているのが辛かった。お前を見る度、オリビアがもうこの世に居ないのだと…現実を突きつけられるのが怖かったのだ。だから、お前を私は、遠ざけ目を背け続けた。」

「そんなの貴方の身勝手だ。」

「…そうだな。本当に、そうだ。私の、身勝手な、行いだ。…サイラスの事もそうだ。私は、オリビアの死の真相を知り…又、しても同じ過ちを繰り返そうとしていた。私は、なんて愚か者なんだ。」

「パトリック様……」


公爵様は、片手で顔を覆い項垂れる。

そんな公爵様を後ろに居たオリヴァーさんは、ただ静かに立っていた。


「私は、どう、すれば、よかったの、だろうな…」

「それのお答えは既にもう分かっておいででしょう。パトリック様」

「…………」


オリヴァーさんの言葉が、静かに部屋に響く

公爵様は、目を閉じると眉をぐっと、強く一瞬寄せるとすぐにゆっくりと、公爵様の目が開き顔を上げ俺を見据えた。


「ルーク」


八年以上…ずっとこちらを見ているようで、見ていなかった公爵様の目と俺の目が合う。

その目には、先程までの迷いや戸惑いは、一切なくただ真っ直ぐに俺を見つめていた。


「すまなかった。」


そう言うと、公爵様は静かに俺へ頭を下げる。

俺は、そんな公爵様の姿をただ静かに見つめた。


あぁ……きっとこの公爵様も、俺達と同じなのだ。本来なら、愛しいオリビアや子供と共に少しずつ成長して《親》になっていくはずだったのに、唐突に愛しい人とその時間を奪われてしまった哀れなただの一人の人間なのだ。


「許されなくてもいい。だが、どうか私に、お前達と共に過ごす時間をくれないだろうか…。」


俺は、後ろを振り向きリヒトを見るとリヒトは、何かを感じたのか俺を見つめ告げる。


〖ルークは、どうしたいの?〗

「俺は……。リヒトは?」

〖ぼくは…ぼくは、公爵さまと仲良くなりたいな!〗

「そ、か…そうか…うん。分かった。」


リヒトの中に、もしかして公爵様が父親だったという記憶が無いのかも知れない。それでも、何か公爵様に感じるものがあるのだろう。


俺は、公爵様の方へ振り返ると目を閉じ大きく深呼吸しゆっくりと目を開け公爵様を見た。


「公爵様、頭を上げてください。」


公爵様は、俺の言葉に従い頭を上げる。


「公爵様に偉そうな事を言いましたが…俺もずっと公爵様から無意識の内に逃げていました。公爵様から、俺はずっと嫌われていると思っていましたし…」

「ーッな!そんな事…」


公爵様は、俺の言葉にガタッと勢い良く音を立て椅子から腰を浮かせた。だが、俺は目を少し伏せそのまま言葉を続ける。


「それに、きっと親子には…なれないと勝手に決めつけていました。でも、サイラスの事で…それじゃ…このままじゃいけないって思ったんです。このわだかまりを残したままいたら俺も…公爵様も前に進めない。一生何も変わらないと…」

「……ルーク」

「だから…俺は、もう逃げない。公爵様と…いえ、お父様と真っ直ぐに向き合いたいから…」

「………ーッ」

「そしていつか…どれだけ時間が掛かるか分からないけど…お父様と《家族》になりたいです。」


俺は、ゆっくりと視線を上げ公爵様を見つめ小さく微笑んだ。

公爵様は、そんな俺を目を見開い見つめるとすぐに、顔を微かに歪め今にも泣きそうな顔をしていた。

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