私も負けヒロインだし、お前も負けヒロイン。ライバルだから好きになんて……ならないし!
皇冃皐月
短編
「あたしが選ばれる!」
「いいや私だね。お前じゃない。間違いない」
「なんだとー。あんたなわけないだろー」
「このー」
「うおー」
私、
休み時間の廊下でそんな言い争いをする。だけれど周囲の生徒も教師も知らん顔。なんなら微笑ましい視線を送ってくる。止めに入るものでもないと思われているようだ。馴れ合っていると思われてるのかな。だとしたらかなり癪。
「わかった。そこまで言うなら今から答えを見に聞きに行こう」
「望むところだ。負けて泣いてもしらないからな」
「それはこっちのセリフだっての」
「なにをーーー」
「このーー」
ぐぐぐとお互いにガンを飛ばして歩く。向かった先は私たちの教室。ずかずかと歩いて、とある男子生徒の前へやってきた。つまんなそうな表情を浮かべながらスマホを触っていた彼は視線というか圧に気付いてぱっと顔を上げる。
「二人揃ってどうしたの?」
不思議そうにこてんと首を傾げる。
私と彼女は一瞬顔を見合わせる。それからすぐにぷいっと顔を背けた。
「話が!」
「ある!」
こうして私たちは彼を半強制的に教室の外へと連れ出したのだった。
連れて来たのは空き教室。喧騒とした空気はここにはない。黒板の上にある掛け時計の秒針の音が教室全体に響き渡る。勢いだけで彼をここに連れて来てしまった。こうやって静かになると、沸騰するように騒いでいた心もすーっと落ち着きを見せる。
ちらっと彼を見て、それから金髪ショートの彼女を見る。あんな見栄を張ってやってやると言った手前、やっぱりやめようとは言えない。だから彼女が私みたいに怖気付いてやっぱりやめようと言い出してくれれば良いのだが。そんな雰囲気はない。むしろやってやるという感じで燃え上がっている。さすが運動部だ。うざい。
「話って? このままだと授業始まっちゃうんだけど」
雰囲気もなにもない。鈍感過ぎる彼は堂々と催促をしてくる。
「ほら、お前から言えよ」
「はぁ? なんであたしから」
「言い出しっぺがそっちからに決まってんだろ」
「言い出しっぺはそっちだろ」
「お前だ」
「いいやあたしじゃないね。あんたでしょ」
「そうやってすぐ――」
ガミガミ言い争っていると教室内にチャイムが響き渡った。
「ヤッベ……授業始まっちゃうじゃんか。その話? とやらは放課後にまた聞くから。戻るぞ!」
彼は私たちの手を取って、走り出したのだった。
放課後になればまた同じ状況が生まれる。空き教室で三人っきり。
なんか金髪ショートも葛藤が芽生えているという感じで、押せばやろうとしていたことはなしになる気がする。だけれどやめようと言い出すのは負けな気がして。
「二人で言えば良いか」
「二人でだぁ? あんたそれ正気?」
「正気だけど。もしかして逃げる? 怖くて逃げちゃう?」
「はぁ? なに馬鹿なこと言ってんだ。逃げるわけないだろ。このあたしが」
「だよね〜」
と、逃げ道を自ら塞ぐ。
こうなったらもう言うしかない。覚悟を決めろ私。勇気を持て私。
「好きです」
「好きだ」
二人は同時に告白した。今までの思い出が走馬灯のように蘇る。思えば彼との関係も、そして今の隣にいるこの女との関係も、ぜんぶ引っ括めてラブコメみたいだなぁと思う。この男がラブコメの主人公で、私とこの金髪ショートがヒロイン。
そのラブコメも今まさにクライマックス。私が選ばれてハッピーエンド。
「……すまん、俺には別に好きな人がいるから。だから俺は二人と付き合えない」
「……えっ」
「……マジかよ」
私も金髪ショートも絶句。取り繕うことさえ忘れてしまう。
「話はこれで……終わりか? なら俺はもう帰るから」
ひらひら手をあげて私たちの目の前から消えていく。がらっと二度扉から音が鳴る。
つかつかと廊下から響いてくる足音はどんどんと小さくなりやがて聞こえなくなる。
呆然とする。窓から差し込む夕日が鬱陶しく思えるほどに感情はぐちゃぐちゃになっていた。
「なあ」
ぽつりと金髪ショートはつぶやく。というか明らかに私は声をかけている。
「なんだよ金髪ショート」
「……中森小鳥な。あたしの名前」
「知ってる」
「じゃあ名前で呼んでくれよ」
「……」
「それでさ」
「なに」
「今のって夢だったか?」
「悪夢だったら良かったな、互いに」
「そう言うってことは現実だったってわけか」
「ああ残念ながら」
二人で事実を確かめ合う。受け入れ難い事実を受け入れようとする。
「振られたんだよ」
「あたしもあんたも」
「そうだよ」
「じゃあ勝負はどうなったんだ」
そういえばそんなのあったな。勝負のことすっかり忘れていた。
「二人とも負けだろ、これは。二人とも負けヒロインだよ」
引き分けなんていう甘っちょろいものではない。私たちは、そう。負けた。負けてしまったのだ。
◆◇◆◇◆◇
翌日。
昼休みになると金髪ショートもとい中森小鳥が私の前にやってきた。彼女はお弁当を持っている。
「なんだよ」
「お昼食べるんだけど」
「そりゃ見りゃわかるけど。なんでここに来たわけ」
「一緒に食べてあげようかなと。ぼっちだし」
指摘された通り、私は見事なまでにぼっちであった。それもしょうがない。今まではあの男と私と中森小鳥の三人で昼食をとっていたのだから。振られた今、私はアイツとご飯を食べられない。そこまで図太くない。で、急に放り出されて今更今まで入ってなかった輪に入れてくれというわけにもいかず、ぼっち飯を選択せざるを得なかった。
というのは多分この人も同じ。つまり、彼女もぼっち仲間。
「そういうお前もぼっちなわけだ」
「ああん? つべこべ言うな。受け入れろ」
「……横暴な」
「うるさ」
はいともいいえとも言っていないのに、机上に弁当を置いて近くの空いている椅子を引っ張り目の前に座る。
「で、なに。煽りに来たわけじゃないだろ。ただぼっち回避しに来たわけでもな――」
「ぼっちじゃねぇ」
「あーはいはい。そーすねー」
「……お互いに振られた者同士語りたいことだろ」
お弁当をつまみながら淡々と話を切り出す。
「例えば?」
「どうして自分が振られたのか……とか、な」
「はぁ」
「自己分析だけじゃ本当に悪いところは見えてこない。スポーツもそうだが、他者の意見を聞き入れることは大切。で、あたしのアプローチを近くで見てたあんたにどう見えてたかってのを聞きたいわけ」
「ふぅん」
「本当は認めたくないが、渋々……だな」
心底嫌そうだった。本当に。心の底から、嫌なんだってのが伝わってくる。まぁその気持ちは私も同じ。私のことを一番近くで見てた同性の知り合いってコイツになるんだよな。
腹たってきた。腹たってきたけど。普通面と向かってそれは言わねぇーよなぁ。
「あ〜、お前が振られた理由なんとなくわかるわ」
「んだよ藪から棒に」
「そういうとこだってこと」
「よくわかんねぇーがあんたには言われたくねぇ!」
むしゃむしゃ弁当を食いながら、あまりにも理不尽な反論をされた。そんなことある? ってくらい理不尽。
「お前が言えって言ったんじゃんか。それによくわかんないのに言われたくないってどういうことだよ」
「大体」
「ん」
「あたしだってあんたの振られた理由わかるからな」
マウント取り返してきた。腹立つな。
「ふぅん」
「嘘だと思ってんだろ」
「いや、まぁ……思ってるけど」
私に負けたくない意地だけでわかるとか嘘言ってるんだろうなって。
「このっ……はぁ。教えてやるよ。あんたには女子力が足りない」
「女子力? こんだけ長い髪の毛があって、そこそこ胸もあって。女子力たんまりあるだろ」
「その考えが女子力低すぎなんだわ。そんなんだから振られんだよ」
「あ? それはそっちもだろ。そんな髪の毛短くして。胸も小さいくせに」
「はぁ? 胸くらい小さくても良いんだよ。大体そんな脂肪の塊あったって困るだろ」
「脂肪の塊じゃない」
「脂肪の塊だ」
「ふぅん。わかった。じゃあ良いよ。揉んでみ?」
「……脂肪の塊を揉んだってなんにも面白くないわ」
とか言いながら、私の胸に手を伸ばしてくる。無表情で私の胸を揉む。にへーってニヤつくこともなく作業的に揉み揉み揉む。
「違うだろ」
「脂肪の塊……だ。やっぱいらねぇーよ」
と、ずっとあれやこれや言い争いを続けた。
◆◇◆◇◆◇
家に帰ると、ふと思い出す。
私は好きな人に振られてしまったのだと。失恋したのだと。それと同時に中森小鳥のことも頭に浮かぶ。
中森小鳥と居る時はいつも言い争いに発展するのだが、それに夢中になって失恋中であることを忘れられる。なんならその言い争いさえも楽しいと感じてしまっている自分がいる。
この感覚……身に覚えがあった。ありすぎた。だけれどその感情を持つことはおかしいし、ありえないし、認めたくもない。
中森小鳥のことが気になるとか。
ありえないから。アイツは犬猿の仲。友達どころか気になることさえ無い関係。互いに敵であり、まぁ一億歩譲ってらいばるってところか。
とにもかくにも気になるとか、仲良くなりたいとか。そんなのはありえない。
ああ、そうだ。きっとそう。
失恋したショックで脳みそがおかしくなっているから、普段思うことのないことを感じてしまっているのだろう。これは一過性のもの。大丈夫。すぐに治る。すぐに……すぐに……すぐに治る。
大体、負けヒロインと負けヒロインが傷を舐め合う姿なんて……気色悪いしな。
私も負けヒロインだし、お前も負けヒロイン。ライバルだから好きになんて……ならないし! 皇冃皐月 @SirokawaYasen
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