第11話


 「つむちゃん、さ。」

 

 え?

 なんですか、理沙さん。


 「君、どうやって化けさせたの?」


 は?


 「朱夏よ、朱夏。

  あの娘、泣くことしかできなかったのに。

  現場、騒めいたみたいよ。」

 

 ……あぁ。

 

 「さぁ。

  嬉しいことでもあったんじゃないですか。」

 

 「……あら、意外ね。

  君みたいな子は、

  ああいう娘に深入りしないと思ったけど。」


 うわ。

 なんか、見透かしてきてるな。


 「そう見えますか?」

 

 「ふふ、どうかな?

  でも、君は便利ね。

  どう見ても、女友達と話してるようにしか見えないもの。」


 カツラが必要だったけどな。

 ツーブロック、地毛でやるんじゃなかった。

 蒼がちょっとだけ涙目になってた。なんでだ。


 「私、きみには深入りしたくないのよ。

  だって、本気になっちゃいそうだもの。

  ふふっ。」

 

 ……リアル魔性の女だな。

 そうやって、巧みに大人の下心を揺さぶって、

 案件をゲットしてきたって感じだな。

 

 「あはは、嘘よ。うそ。

  きみとは、友達でいたいの。」

 

 「それはまた、光栄な話ですね。」

 

 「そんなことないわ?

  私なんて、育ちも悪いしね。

  高級娼婦みたいなものよ。」

 

 「昔、畏きあたりと縁続きだったとか。」

 

 「あら、平安時代?

  眉唾物だけど、夢のある話よね。」

  

 「モナコ公妃の例もありますよ。」

 

 「あはは。

  まぁ、私は望まないわ。

  地が出ちゃうもの。

  

  ……。」

 

 ん?

 

 「つむちゃん。

  君、不思議な子ね。

  私を蔑むでもなく、崇めるでもなく。

  ホストやったら、儲かるかもよ?

  

  ……あはは、君には要らないわね。

  ほんと、嫌になるわ。」


 ……疲れてるな、芯から。

 芸能界の端から、人間関係の網の目を束ねながら、

 ほぼ単体でのし上がって、いまの地位まで来た。

 そして、、次の上は、もう、ない。

 

 在京キー局、主演女優。


 双六のあがりが見えてしまっている。

 海外に不毛な夢を見るには賢すぎるし、

 舞台に情熱を注ぐには現実的にすぎる。


 もちろん、演じるのは好きだろう。

 沢渡美緒さんに話した情熱は本物だった。

 好きすぎるからこそ、疲れてしまっているのかもしれない。

 

 いわば、燃え尽きようとしているんだろう。


 凄まじい情熱に溢れていた自分の内なる炎が、

 微かに残った身体の燃料をすべて燃やし尽くし切ろうとして、

 いまや熱を失いかけている様をもどかしく思いながらも、

 どうすることもできないでいる。

 

 師匠の結城稲穂さんはどう見ているんだろう。

 それこそ、突き放すフリをして成長を待っているのかもしれない。

 

 「……ふぅ。

  じゃ、別の話、しよっか。

  社長、美緒を国営放送の深夜に捻じ込んだって。」

 

 え。

 

 「地上波、解禁ですか。」

 

 「解禁、って言うのかな。

  単純にエンクレーブが傲慢だっただけよね。

  自分の会社のいまの格を考えずに高い役を要求してたから。」

 

 なんだそりゃ。

 めっちゃ営業下手なだけだったのかよ。

 過去の栄光なんて人脈に基づくものだったろうに。

 

 「無意味なドサ回りしかさせない奴らに比べたら

  可愛げはあったんだけど、逃がした魚は大きすぎるわね。

  沢渡美緒の代わりなんて、あそこにいるわけないもの。」

 

 ……確かに。


 観察眼に優れた弦巻さんから見ても、

 現代の若手女優で五本の指に入る実力の持ち主で、

 しかも容姿も優れ、育ちも品もよく、嫌味もない。

 少し育てば、清楚系の漫画主役ドラマで、ごく普通に主演を張れる。

 

 「私としてはね、正直ありがたいのよね。

  さすがにもう、この歳で制服着るのはしんどいの。

  さっさと育ってほしいって感じなのよ。」

 

 ……そういえば、

 27歳で高校1年生やってたんだっけ、この人。


 「で、ね?

  それと並行して、

  こういう話、来てるんだけど。」

 

 ……ん?


*


 ……

 

 こ、これ、は?

 

 『乙女ゲーだと思ってたら、

  ただのギャルゲー世界だった』


 ……

 

 なんだ、この、

 オトコの欲望しか詰め込んでない企画は。

 要するに総愛されのハーレムものか。

 

 転生したらモブの男性だった。

 周りがみんな綺麗な女性で、その中で地味そうな女の子に、

 いろんな男性が好意を抱いてるから、

 妹に借りた乙女ゲー世界なんだと思って眺めていたら、

 その男性の元恋人たち全員に好かれていた、という内容。

 

 ありきたりなメタ展開だが、

 要するにNTRされた後の女の子達が

 モブ主人公に絆される姿が愛らしく可憐で

 それぞれのキャラが個性的なので人気が出た奴らしい。

 

 そして、そんな可愛くて芝居ができる娘をそうそう集められるわけがない。

 原作ファンの実写NGランキングで言えば上位に入りそうだな。

 まったく知らんけど。


 ……

 

 は!?

 

 こ、この賛同人、知ってるわ。

 確か船場大阪中心部のボンボンだったはず。


 総制作費、2億円。

 イロモノとしては結構でかいな。

 

 「イロモノってわけでもないのよ。

  結構人気があるらしいの。

  きみたち世代に。」

 

 いや、ちっとも知らんけど。

 いまの企画書情報が知ってる知識のぜんぶだよ。


 ……!?

 

 「わかる?

  3って。」

 

 う、わ。

 製作費が余ってもいいってことかよ。

 

 ……

 

 その、条件が。

 

 「卯木うつぎコモ、沢渡美緒、北川明日香。

  三人、揃った場合ね。」

 

 げっ!?

 

 「彼の知識が少し遅くて、

  美緒はエンクレーブ所属だと思ってたみたい。」

 

 あ、

 あー。なるほど。

 

 でも。

 

 「結構、目利きですね。」

 

 「……彼がっていうよりも、

  明さんがね。」

 

 あぁ。

 

 「弦巻さんが、いまの若手女優を五人あげた?」

 

 「そ。

  ……薫ちゃんは、あんなこと某団体の広告塔になっちゃったけど。」

 

 ……あんなこと、ね。

 『ありのままのあなたでいい』だったっけな。

 まさか、記者会賞を辞退するとはね。

 

 「……まだ、二人には知らせてないわ。

  コモが受けないと話が進むわけがない。

  プラデザが受けるとは思えないけどね。」

 

 Primal Design。

 PBと並ぶ大手事務所だ。

 

 いまの卯木コモの売れ方なら、

 5億だって少ないって言うかもしれないと。


 だいたい、この寂しいオトコにしか受けない中身だと、

 透明感溢れる卯木コモの立ち位置からいえば微妙だろう。

 既に主な青春映画に出まくっているし、CMも相当出てる。

 プレステージの高い卯木コモには、メリットがまったくない。

 

 「ということは、

  これは企画倒れになるわけですか。」

 

 「……ふふっ。」

 

 ん?

 

 「つむちゃん、さ。

  君、女難の相が出てるって、

  言われたことない?」


 ……は?

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