第10話


 「あ、あ、あんた、

  ば、ばかぁっ!!!」

 

 あの、なぁ。

 

 「変なハッタリぶちかますからでしょ?

  なんでそんな100%バレる嘘なんて言ったの?」

 

 「あ、あ、

  あんたにはわかんなくていいのっ!!!」

 

 それでバカ呼ばわりされてもなぁ。

 

 「い、いいから、

  あ、あんたは、

  関係者らしく振舞いなさい!」

 

 関係者らしく、ね。

 

 「わ、わかんないのっ!?

  あ、あたま、ついてんでしょ!?」

 

 関係者。

 

 あ。

 まさか。


 ……わかるか、そんなもん。

 

 「一応聞くけど、

  Relationship交際関係を婉曲に言ってみたの?」


 「そ、そ、そ、そうよっ!!!!」

 

 ……なんの知識だったんだ?

 映画か、海外ドラマの字幕か?

 

 「あ、あんた、

  あたしの、こ、こ、

  婚約者でしょっ!!」

 

 期間限定のね。

 Engagedと言うんだろうか、この状態。


 「し、しなさいよ。

  こ、婚約者らしいことっ。」

 

 なんで急にそうなったかな。

 

 「……

  あ、あたし、

  な、な、ないもん。」

 

 は?

 

 え……

 なんだこれ。ばさっと置かれたけど。

 

 『あまくかおる』

 

 ……はぁ。

 また、これはベタな脚本だなぁ。

 

 えーと?

 ローカル局の40周年ドラマ、か。

 お、準主役じゃん。

 

 あー。

 誘惑する感じの。

 

 え、

 せ、清楚系?!

 

 な、なんだこりゃ。

 どう考えても配役間違ってるな。

 

 「だ、だって、

  マネージャーが案件だって言うのよっ!」

 

 案件。

 

 ……

 

 あぁ。

 

 これ、『三転判決』に出資してた

 大手自動車ディーラーがこのローカル局に出資してんのか。


 なるほど、案件だわ。

 たぶんこのオーナーは純粋に先物買いをしたことを

 周りに自慢したい類の人だわ。たぶん三世だな。

 

 そうであっても、これはでかい。

 

 「だ、だから、

  あ、あんた、

  や、やりなさいよっ!」

 

 は?

 

 「こ、婚約者のフリよっ!!」

 

 婚約者に向かって婚約者のフリを強制してくるのか。

 まぁ、いいけど。


*


 うーん。

 絶妙に嫌だな。

 

 (オトコらしいカッコしなさいよ!

  ぜ、絶対にっ!)

 

 ……少しふかっとした真っ白シャツに黒のチノパン。

 うーん、絶対に履かないなこんなもん。

 ツーブロック指定にしやがった。まったくもう。


 ……ひっさびさに前髪がないから、世界がちょっと明るい。

 僕には似合わないなぁ。

 

 ……

 さっきから、チラチラ見られてるんだけど、

 そんなおかしいのかな。


 ……おかしいわな。

 もう絶対にやめ

 

 ……

 は???

 

 なんていうか、

 なんだろう。すべて間違ってる。

 

 いや、なんでスカートこんな横フワなのよ。

 っていうかトップス、パステルじゃん。

 お前の顔の系統と全然違うんだよ。

 

 やべぇこいつ。ぜんぶ絶妙に痛い。

 芸能人なのに、ぜんぶスタイリストに任せてたのか?

 んなわけないと思うけどな。

 

 「ま、待ったっ!」

 

 「わりと待った。」

 

 ばこっ!!

 

 「っ!?」

 

 「い、いま来たトコ、でしょ!」

 

 20世紀かっ!!

 

 「さっきスマホで確認したじゃん。」

 

 「ほ、脚本ホンがそうなってるのっ!」

 

 はぁ!?!?

 なんだそのやべぇ中身。いくらローカル局記念だからって。

 変えさせろそんなもん。

 

 「……。」

 

 な、なんだよ。

 マジでやりたいのか。

 

 ……あ。

 あぁ。

 

 「きみさ、いくらなんでも、

  その服のチョイスはないって、

  自分で分かってるね?」

 

 「!!

  ぜってぇ言うなっ!!!」

 

 ……わかった。

 案件側に言われた服だ、コレ。

 

 「わかったわかったわかった。

  じゃあ、デートらしいこと、してあげるから。


  待ったよ、きみを。

  きみが待ち遠しくて、寝られなかった。」


 「っ!?」


*


 ……うん。

 リアルレトロと、レトロエッセンスは違う。

 当たり前だ。

 

 「こ、こっち?」

 

 「そっちも素敵だよ。」

 

 「ば、ばかっ!」

 

 え。

 レベル2くらいなのに、ハードル低いなぁ。

 

 「……あ、あたし、

  ちょっと太っちゃったから、

  こっち、合わないかも。」

 

 だったらなんであの膨らんだ服着てたんだよ。

 まぁ、

 

 「そう。

  可愛すぎて、よくわからないよ。」


 「っ!?」


 レベル3で撃沈すんなよ。

 どんだけ経験ないんだ。

 

 ……ない、か。

 毒親だし、人間関係狂ってたし。


*


 「!

  あ、あんた、

  な、なんでそんな冷静でいられるのよっ!」

 

 え?

 

 「だって、婚約者でしょ?

  当然じゃない。」

 

 期間限定のな。

 

 「ほら、きみも食べなよ。」


 「……っぐ!?!?」


 そんなあたふたするんだったら、

 こっちにアイスなんて食わせようとすんなよ。

 っていうか、どこで見たんだよ。


*


 「……。」

 

 ん?

 

 「疲れた?」

 

 ショッピングモール、3時間も立ちっぱだったからな。

 

 「……ううん。


  ね。

  ちょっと、あそこ、座らない?」

 

 ……。

 ふぅ。

 

 正直、めっちゃ疲れたわ。

 ふだん、そんな出歩かないし。


 ……なんていうと、蒼に殺されるな。

 『まずは毎日30キロから走ればいい!』とか、

 真顔で言うからな、あのリアルバカは。

 

 「……。

 

  あたし、さ。

  友達って、いたことないんだ。」

 

 ……。

 そこまで、か。

 

 「あたしも悪かったんだけど。

  大人と付き合うことのほうが、

  えらいんだぞって思い込もうとしてたし。」

 

 ……

 その付き合いも親のせいで水泡に帰した、と。

 

 「ねぇ。

  あんた、み……


  ……

  ううん、なんでも、ない。」

 

 ん?

 

 ……ぇ。

 

 う、わ。


 「……、

  うん。」

 

 う、

 うそ、だろ。


 かわ、いい。


 めっちゃ、澄んだ顔してる。

 ほんの少し、心を委ねて来るような。

 心臓が、飛び跳ねて、うるさくなる。

 原初衝動を掻き立てられるような。

 

 「……い、いまの、顔。」

 

 「ん?」

 

 「え、絵になるよ。

  だれでも、どんな男でも、

  きみに誘惑される。」

 

 「……


  あんた、も?」

 

 …くっ。

 見上げてきやがる。


 「……

  ほんの少しだけ、ね。」

 

 「……

  ばか。

  すっごく、っていいなさいよ。」

 

 う、うわ。

 眼、潤んでる。

 

 そりゃ、天下の大子役だったんだからな。

 表情を作るなんてお手の物か。


 ……でも、

 コイツ、自分の経験にない演技はできないはずで、

 じゃあ

 

 ……え。

 

 「……。」

 

 肩を、寄せて。

 

 「……

  つむぎ。

  

  あたし、ね、

  ぁん……。


  ……

  

  なんでも、ない。」

 

 な、なんだよ。

 

 「……も、

  もう、少し。


  もうすこしだけ、

  こ、このままで、いて……。」


 ……

 しょうがない、な。

 どうせ、もう、こんなことは、できなくなるんだろうから。

 

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