第3話


 ……うん。

 回収率、106%か。

 税金さっぴいても黒字だな。

 

 3か月で2.5%なら、年間10%。これが続くなら、悪い投資たまたまじゃない。

 まぁ、圧倒的に貸し倒れになる確率のほうが高いんだけど。

 馬主になるよりは高尚な遊戯ではあるな。


 「……どうした、つむぎ。

  ニヤけた顔してるじゃないか。」

 

 蒼、か。

 

 「まぁ、がちょっと高かったんでね。」

 

 「高校1年生がデイトレーダーなんて不健康極まりないぞ。

  お前、転売ヤーとかやってるんじゃないだろうな。」

 

 あんなのはもう足を洗った。

 そんな言葉がなかった頃に。

 

 鞆谷ともたにそう

 

 一応、遠い親戚に当たる。

 接点だけなら幼稚舎からあるが、

 話をするようになったのは中学の頃くらいだ。

 

 コイツと喋るようになったあたりから女装をさせられなくなった。

 その代わり、女装しなくても女性に間違われるわけだが。

 

 「にしても、つむぎが婚約ねぇ。

  ……お前を狙ってる女、結構いたんだぞ。」

 

 「あぁ、金目当ての奴らね。」

 

 顔では魅力皆無だからな。

 

 「お前なぁ……、ま、まったくないとは言わないがな。

  お前は女性に手をあげたりしないだろ。」

 

 「微塵も信用してないけどね。」

 

 2時間ドラマで育ったので。

 あれは最悪の情操教育親の完全放置だったな。

 

 「まぁ、分からんでもないがな。

  俺もと話をするのは正直好かん。」

 

 蒼はだ。

 細マッチョのイケメンでは、ない。

 1960年代くらいの映画なら主人公になるタイプで、

 一重で、眼が鋭く、筋肉質で、眉が少し太めだ。

 

 マスキュリニティを絵に描いたような圧があり、

 パワハラしそうな上司のような表情をしている。

 なので、女子の人気ランキングにあがることはまずない。


 しかし、儚さを絵に描いたような美少女の従兄妹筈井まなみから

 の恋愛感情を持たれている。


 鈍感なフリをしているコイツの外堀を

 一見儚い系の従兄妹が着実に埋めていく作業を手伝うのが、

 僕のちょっとした娯楽になっている。

 

 「……

  ん、なんだ?」

 

 ……一重なのに、鋭い眼をしてる癖に、

 たまに優しい瞳になる。

 そういうところが、まなみちゃんの心を捕えちゃったんだろうな。

 

*


 「は、春野。

  ……あ、あんた。」

 

 ん?

 

 「……そ、その。

  お、お花花輪、出してくれたの、あんたでしょ。」

 

 あぁ。

 

 「出してくれそうな人がいなそうだったからね。」

 

 「よ、余計なお世話よっ!!」


 『それほどでもない、はず』

 

 予算規模、4億円。

 東報本社が絡む漫画原作の映画に、

 北川明日香は、準主役の一人として抜擢された。


 当然、多少のメディア取材が入る。

 クランクインの際、控室に花が飾られることもある。

 そういうのがある、というだけで、

 人脈があるように周囲に錯覚させられる。


 「まぁ、君に払い込まれる出演料は、

  手取りにすると6万円くらい駆け出しプラスアルファレベルらしいね?」


 「っ!?

  な、なんで、それをっ!」


 「弦巻さんの秘書さんがいろいろ教えてくれる。

  なかなか面白いよ。

  こういう枠組みになってるんだって分かるからね。」

 

 「っ!!」


 「3000万円でも、ハードルが高すぎたかな?

  なんだったら1000万

 

 「ば、ばかにすんなっ!!!」

 

 ……はは。


*


 「……


  !?

  

  ……おや。

  これは、偶然ですね。」

 

 「ええ。

  偶然ですね、弦巻さん。

  お久しぶりです。」


 「……

  貴方が私の秘書と仲良くされているのは

  存じ上げてはいましたが。」

 

 JEAN-PAUL HÉVIN高級ショコラと引き換えの情報です。

 ごく自然に二時間新幹線移動時の隣席を取れる。

 

 「さすがに、グリーン車の席を二つは取れないでしょう。

  カラ出張になりますからね。

  東報、銀行員が天下り枠を持ってますから。」

 

 「……はは。

  一度、破産しかけましたからね。

  その時の悪癖です。

  民間なんですから、そんな規定要らないんですがね。」

 

 なんだよ、なぁ。

 銀行員と役所は金遣いの目線が厳しすぎる。

 まぁ、おかげでこんな芸当ができたわけだが。

 

 「……。

  正直に申し上げましょう。

  貴方の出資分は責任を持って回収致します。

  しかし、春野さん、貴方の婚約者に良い仕事ではない。」

 

 周りがみんな低水準の若手俳優だ。

 いや、俳優といってよいレベルじゃない。

 はっきりいって、お遊戯だ。

 

 「でしょうね。」

 

 「……?

  貴方は、この件で、

  私に直接不満をお伝えに来られたのではないのですか?」

 

 「僕ごときが不満を伝えて、

  それでなにか変わるなら、大いにそうしますよ。」

 

 「……では、貴方は今日、

  どのようなご用向きで?」


 さすがに偶然と言うのはしらじらしすぎる。

 嘘松も大概にしないと。

 

 「まぁ、御礼ですよ。」

 

 「御礼?」

 

 「『北川明日香を封印したかった奴も多い。

   彼女は本物の天才女優になる才能があった。

   でも、あの事務所ならまともな仕事は二度と取れないはずだった。

   

   それが、東報とも関係の深いツツジプロに移籍した。

   そして、『三転判決』で殺される同級生を完璧に演じた。

   主演の棒演技なんて、もう誰も覚えてない。

   

   因習因縁の深い芸能界で、仁義を切ってまで、

   系列の異なるツツジプロに彼女を移せたのは、

   一体、誰だろうか?』」

 

 「……。」

 

 「素人映画批評の域を超えてますね。

  もちろん、趣味の深い人というのは侮れないものですが、

  中の事情にいささか詳しすぎますね。」

 

 「……。」

 

 「子役時代の彼女に、

  虐められた、とは言わないまでも、

  面子を潰された女優モドキは多いですし、

  事務所となれば、もっと多い。

  

  だから、あの人たち毒親に突飛な言動をさせ続けて、

  

  がいる。

  

  そんなリスク込みの商材を、

  ちょっとした追加予算だけで見捨てずに使ってくれるというのは、

  出資者としては有難い限りですよ。」

 

 「……それは、買いかぶりというものですよ。

  現に、いま、貴方の婚約者に、

  私は損な役回りを強いている。」


 「警戒心を解くため。」

 

 「!

  

  ……

  そう解釈いただけるなら、そのように。」

 

 「ふふ。」

 

 「……なにか?」

 

 「いや、弦巻さん。

  非常に失礼だとは思いますが、わりといい人ですよね。」

 

 「……。」

 

 「もともと、役者志望でしたっけ。

  ご実家の強い反対で、勘当同然に家を出たと。

  僕には、そういった情熱は存在しませんから、

  貴方の決断力と勇気に敬服する次第です。」


 「……

  さすが、伯雄さんつむぎの祖父の愛孫ですね。

  これは、敵に回したらなかなか大変だ。」

 

 「こちらはお願いする立場ですよ。

  貴方は、出資者をいくらでも募ることができますから。」

 

 「……ふふ。

  貴方もお若いのにお人が悪いようだ。

  ご実家でされておられるようですから、わかりますが。」

 

 ……当然、こっちの事情も知られてるか。

 まぁ、これは計算の内。

 

 「……

  正直、北川明日香を、

  貴方の婚約者の朱夏ちゃんを、少しばかり侮っていましたよ。

  つい2時間前までは、貴方にご明察頂いた通り、

  ワンクッション、置くつもりだったんです。」

 

 ……ん?

 タブレット、か。

 

 ……

 


  !?


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