第4話


  !?



 「……ええ。

  惹き込まれるでしょう?

  この空洞な瞳。この哀しみ。この憂い。」


 ……

 凄い、な。

 

 片目だけに涙が滲み、つぅっと頬を伝っていく。

 言葉を乗せずに、眼で、顔で、全身で。

 世界中の男性が、思わず背中を抱きしめたくなるような。


 「こんなに細やかな感情を乗せて繊細に泣ける女優なんて、

  そうそういるわけがない。」


 確か、に。

 流して見ているだけの人が、正座して魅入ってしまいそう。

 大女優の重力圏に引きずり込まれるような感覚。


 「朱夏ちゃんの世代で言えば、

  卯木コモ、沢渡美緒、天草薫くらいでしょうね。

  

  はっきりいえば、この絵だけで言えば、

  彼女らすら上回ってるかもしれない。

  天才という言葉すら、白々しく響くくらいに。」

 

 これは、明らかにバランスを超える。

 派手すぎる。

 

 「……が、勝手に暴走した?」

 

 「……はは。さすがですね。お見立ての通りですよ。

  だから、彼らが監督の上だと思っている私に、

  直接、この映像を送ってきたんでしょうな。

  

  春野さん。

  貴方だからお伝えしますが、まったく、迷惑な話ですよ。

  あの監督はまだ使っていうのに。」

 

 ……なるほど、な。

 企画イロモノをやってくれるってだけでありがたいわけか。


*


 回収率112.3%。

 ……めっちゃ高いな。

 悪名は無名に勝るってわけか。

 

 あざとい広報にも拘わらず、

 脚本家と監督の原作無視と思い込みに溢れた

 教科書的な原作レイプで、作品評価は皆無。

 一度見た奴は二度と見なそう。


 密林の評価は★2.2。

 原作者と脚本家・監督は戦争状態に入り、

 一般大衆の大多数は原作者寄り。

 

 そんな状態なのに。

 

 「まぁ、最後の北川明日香は良かった。」

 「なんであの水準で全部やらせなかったんだ。」

 「こんな風に育ってたんだ。

  『泣きの明日香』は健在だったんだなぁ。」

 「俺、こないだの『三転判決』の切り抜きも見たけど、

  めっちゃ魅入っちゃった。」


 弦巻さん、あそこ、

 プロデューサー権限で使わせちゃったんだよな。

 最後の最後で、外注の製作会社だけ通して映像化しちゃった。


 あのヘボ監督は内心激怒してるけど、そこだけが評判いいから、

 俺は潰したかったんだとは絶対に言えない。

 ブログで気が狂ったことを喚き散らしておきながら、

 北川明日香の演技には、一切、触れていない。


 ファンを蹂躙する焼畑農業のような作品に出演したにも関わらず、

 北川明日香はノーダメージどころか、

 なんならちょっとポイントを上げてる。


 これは、まずい。

 完全に業界全体を敵に回す勢いで評判が急上昇している。

 後ろ盾が関連会社専務の弦巻さんだけで凌げるわけがない。


 彼が単体で全力プッシュしてるならまだしも、

 彼にとって、北川明日香は、使える駒の一つでしかない。

 卯木コモの事務所あたりに全力で潰しに来られたら終わりだわ。

 

 ……まだ22万円しか稼げてないんだけどな。

 映画は女優が稼げるって感じじゃないんだよなぁ。

 

 泣いてばかりいる演技じゃCMも来ないし、

 そもそもツツジプロなんて

 CM取れる営業力ある事務所じゃ

 

 「つ、つむぎっ!」

 

 な、なんだよ蒼。

 山手線のホームで急にでかい声だし

 

 

 ……え?


 

 あの前のフードの娘、な、なにしてんだ?

 撮影ってわけじゃ、な

 

 

 !!??

 

 

 「っ!?」

 

 や、やっぱりかっ!

 死ぬつもりでいやがったっ!

 

 うんわ、ぐぐぅっと来たっ!!

 や、やべぇ、持ってがれるっ!!

 

 「つむぎっ!!!」

 

 んぐわっ!?!?

 

 「だ、大丈夫かっ!!」

 

 あ、あぁ……

 や、やばい。蒼、太い上腕二頭筋、めっちゃ惚れる。

 キュンってきちゃった。って、バカか。

 

 「だ、だいじょうぶ。

  あ、ありがと澄んだ瞳の上目遣い、蒼。」

 

 「っ!?」


 ……っていうか、

 この娘、どっかで……

 

 いや、完全に意識、飛んでる。

 ど、ど、どういうこと?


*


 はぁ。

 蒼の奴、しなぁ。


 「……。」

 

 おー。

 モーニングセット、11時までやってんだ。

 たまにはこういう店見るのもいいわな。


 っていうか、マジで混んでるな。

 〇タバの比じゃねぞ。

 

 「……。」


 うーん。

 がっちりフード被ってるけど、

 さっき、ちらって顔、見えたんだよな。

 

 僕の二時間ドラマ子役図鑑に間違いないなら、

 この娘って、確か。

 

 「あの、

  失礼でなければ、ですが、

  沢渡美緒さんで、お間違えないでしょうか。」

 

 「!?!?」

 

 ……あぁ。

 やっぱり、か。

 

 沢渡さわたり美緒みお

 17歳。エンクレーブ所属。


 普通、この世代の女優なんて、

 アイドル崩れか、モデル崩れか、子役あがりなのに、

 彼女は老舗舞台劇団の看板女優として頭角を現し、

 今年のブルーブロンズ賞新人女優賞の候補にあがった。


 新進気鋭の実力派若手女優、らしい。

 いま、wikiで見たばっかりだからな。

 

 いや、もちろん、名前くらいは知ってた。

 弦巻さんもその実力を認めてたくらいだし。

 

 気鋭の若手女優が、

 なんで山手線で自殺なんかしようとしたんだろな。

 

 「あの、本当に失礼ですが、

  撮影などではないんですよね。」

 

 「………。」

 

 バカな質問だった。

 そんなバイトテロみたいなこと、するわけがない。

 

 俯いてるうちにwikiをざっと横目で見る。

 ノートできっぱり高校名を書いてる奴がいて、

 それを消したりして揉めてるな。

 

 げ、この高校、めっちゃ偏差値高いところじゃん。

 あれ、この高校名って、僕、どっかで聞いたような気がするんだけど、

 うーん、思い出せない。


 まさに才色兼備、ってわけか。

 ……じゃ、なんで自殺なんてするんだ?

 

 「……。」

 

 っていうか、店のチョイス、絶妙に不味かったな。

 朝の10時半だってのに、次から次に客が入ってくる。

 〇〇ダを舐めていたしか言いようがない。

 

 「あの、お店、替えますね。」

 

 「っ!?」

 

 え?

 

 ……

 やっべ。

 手、引っ張ってたわ。

 その、つい。

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