第2話
「どうも、お久しいですね、春野さん。
お爺様のパーティ依頼ですか。」
さすがに如才ない。
白髪に抱かれた髪を軽く押さえつつ、
口角を上げ、身体で歓迎するポーズをとるが、
眼は冷厳にこちらを見定めている。
大手映画会社の関連会社、代表取締役専務。
主に大手映画会社の配給業務を担っているが、
実質的にはプロデューサー業に近い立場にも手を出している。
大手映画会社本体が手を出さないようなリスクの高い案件で、
確実に利益を出してきており、業界内では知る人ぞ知るが、
業界外での知名度はほとんどない。
wikiやまとめはおろか、彼の名前を出しているブログすら見たことがない。
それもそのはず。
彼の資金調達は玄人筋が多い。
地方の中小企業の社主も入ることはあるが、
彼の出資集めの主なねらい目は、
資産家の二世・三世からの半分道楽的な投資だ。
間違ってもIT企業で成り上がり、
無理筋をゴリ押ししてくるような人間達ではない。
だから、そんな連中とワインをガブ飲みしてる姿を
イ〇スタにあげられることもない。
そして、弦巻家は春野家と遠い縁戚関係にあるらしい。
爺ちゃんの縁戚関係は広すぎてよくわからないが。
「正直、意外ですよ。
春野さんは、我々の業界には縁遠い方と思っておりましたから。」
まぁ、そのつもりでしたとも。
つい二週間前までは。
『三転判決』
予算規模、1億2000万円。
ゲーム原作の企画もの、半分イロモノのような映画。
追加出資額、1000万円。
執行上の赤字を借り入れに依存せずに済ませられる額だ。
「……しかも、絶妙のタイミングです。
正直、別の方にお声がけするのも手間だったので、
追加の低利融資を受けようと思っていた矢先でしたよ。」
「製作期間が動くことの多い業界と聞いてますからね。
低利でも融資は面倒でしょうし、
色々案件を抱えておられる弦巻さんは、
行政向けの書類を作るのも手間でしょう。」
「……失礼ですが、春野さん。
まだ、高校生ですよね。」
「ええ。」
「……お爺様の英才教育の賜物でしょうか。
いいでしょう。貴方のお申し出をありがたくお受けいたします。」
よし。
まずは、とっかかりを作ったな。
「……それにしても、よくあのお母さまから
朱夏ちゃんを引き離すことができましたね。
朱夏ちゃんは、まだ、お母さまに愛されたいと思っているだろうに。」
それはあるんだよなぁ。
完全無視された僕なんかは、関係を想像すること自体が難しいけど、
虐待された子供ほど、親に愛されたくなる。
でも。
「……ふふ。」
「……何か?」
あ、やべ。
「いや、失礼。
弦巻さんは、出演女優に関心を持たないと評判の方なので、
朱夏さんのことをご存じなのを、少し意外に思っただけですよ。」
「……。
配役は、もう決まっています。
放映時の保証は出来かねます。
それでよろしければ。」
「十分です。
あくまで、合理的な出資判断ですからね。」
「そう言っていただけるなら。
貴方とは、末永い関係を期待したいものです、春野さん。」
「こちらこそ。」
「……
春野紬、か。
なんたる皮肉だろうな。」
*
「!」
ん?
いま、後ろに、気配
っ!?
ひ、引っ張られたぁっ!?
あ、朱夏の奴、意外に力、強いな。
「は、春野っ。
あ、あ、あんたでしょ!?!?」
は?
「あ、あ、あたしが、
東報の映画に出られるわけないもん!」
……あぁ。
「だとしたら、どうするの?」
「っ!?」
「むしろ、これからが大変だろうね。
きみの評判は
ケーブルテレビのパンフレット配ってる
気が楽だったと思うかもしれないよ。」
「ば、ば、
ば、馬鹿にすんなっ!!」
……ふふ。
「あぁ、
ひとつだけ。」
「……なによっ。」
こういうところ、律儀なんだよなぁ。
耳だけじゃなくて、ちゃんと身体ごと聞く体制になってる。
「きみ、6歳以後のこと、ぜんぶ忘れな。」
「……は?」
「きみが身に着けた演技理論は、ぜんぶ間違ってる。」
「っ!?
な、なんでど素人のあんたがそんなこと
「ある歌手がいた。
その歌手は、技術的には拙いところがあったけど
上下に広がる唯一無二の倍音の持ち主で、
人々の琴線に広くひっかかる声だった。
ところが、『技術的に拙い』と批判を受けて、
その歌手は、声楽の指導者に師事して技術を磨いた。
結果、音程は安定したけど、無限に広がっていた倍音は失われた。
どこにでもいる「ちょっと歌の上手い人」になってしまった。
唯一無二の天稟の才だったのにね。」
野球とかでも似たような例はいっぱいあるけどな。
バカがフォームを矯正した瞬間にダメになる奴とか。
打たれない128キロから打たれやすい145キロになっちゃう奴とか。
「エリック・サティだって音楽理論を知ってしまったら
ジムノペディは書けなかったんだよ。
きみは、ぜんぶ忘れろ。
そして、きみの原初衝動に戻れ。
ぼくの涙腺を揺さぶった、
「!?
あ、あんた、
関心なかったんじゃないかったの!?」
「ないよ。
きみ以外には、まったくない。
そして、僕は、きみに3000万円を一刻も早く稼がせないといけない。
きみも僕からさっさと離れたいでしょ?」
「……っ!?
そ……そうよ!
あ、あんたなんかとさっさと離れてやるんだからっ!」
だろう、な。
僕なんて、好かれるはずがないんだから。
所詮、カネだけの関係だ。
「だったら、きみが自立できるまでは、
ぼくの言う通りにして下さい。
そもそも、出資額をちゃんと戻してね。」
「っ!?」
……まぁ、端役の出来不出来で、
映画全体の出来になんて影響するわけはないんだけど。
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