第6話 なんでも差し上げますわ

 今日もいろいろあったわ……などと思いながら、オレは家へと帰ってきて、しばらくするとドアフォンがなった。


 転生先のご家庭は、一人っ子で、かつ父親が常時留守で、母親が働きに出ているので、今日もオレ一人だ。


 だからオレはドアフォンに出ると……見知らぬ女性が立っていた。


 しかも、バリバリのメイド姿……!?


 ドアフォン越しに話してみれば、凛々花んちのメイドさんだという。


 いや、メイドさんって……カフェ以外に実在していたのか?


 首を傾げながら玄関に出てみたら、門前には、黒光りする高級車まで停まっている。


 オレが言葉を失っていると、メイドさんが深々とお辞儀をしてきた。


「篠原誠様でいらっしゃいますね? 凛々花お嬢様が、お招きしたいとのことです」


「お招きって……どういうこと?」


 メイドさんによれば「詳しいことは存じませんが、とにかくお越しいただきたい」とのことらしい。


 ここで断ったところで、向こうが納得しないだろうし……仕方がない。行くしかないか。


 ということでオレは高級車に乗り込んで、体を揺られること数十分。


 まず目に飛び込んできたのは大きな門扉に、その奥の広大な庭園。


 噴水に花壇、道端に敷かれた石畳がライトアップされていて、その先に見える建物がやたらとデカい。


 玄関をくぐれば、そこは天井が高く、吹き抜けのエントランスホールがどーんと構えていた。中央にはシャンデリアが輝き、左右対称に広がるカーブ階段が二階へと繋がっている。


(ここ、本当に日本なのか……? 貞操逆転以前に……凛々花って、金持ちすぎるだろ……)


 そんな呆気に取られているオレの前に、吹き抜けテラスから凛々花が姿を現した。


 優雅な笑みをたたえ、豪華なドレスまで着込んで……えっと、これから結婚式にでもいくつもりなのだろうか?


「ようこそ誠さん。お待ちしていましたわ」


 そう言ってカーブ階段を上品に下りてくる。その光景があまりにも絵になりすぎて、オレはあっけにとられていた。


「え、えっと……オレに何か用……ですか?」


 あまりの格差に……思わず敬語が出てしまう。すると凛々花は微笑をたたえたまま、ひらりと手招きしてくる。


「こんな玄関で立ち話もなんですから。ディナーもご用意しておりますの。よろしければご一緒にいかが?」


「ここ、玄関……? まるでホテルのロビーみたいですが……」


 呆れ果てるオレを尻目に、凛々花は「ふふっ」と笑うだけ。どうやらこれが凛々花流のおもてなしらしい。いや、スケールが違いすぎるだろ……


 ということでオレが案内されたのはダイニングルーム……というか王侯貴族でもいるんじゃないかという豪華な部屋だった。


 そうして出てくる料理の数々。食べたことのないオレでもすぐ分かる、超高級コース料理だった。


「いかがです? 当家専属シェフの料理は」


「え、ええ……びっくりです。専属シェフなんて、本当にいらっしゃるんですね……」


「ふふ。先ほどから敬語ばかりですね? そんなに堅苦しくしなくてよろしいのに」


「え、いや……あまりにも凄い家なんで、どうしても……」


 凛々花は「くつろいでくださいな」と言うけれど、こんな大豪邸でリラックスしろって方が無理というものだ。


 とはいえ同級生に敬語を使い続けるのもおかしな話だし、オレはできるだけ口調を直す。


 そんな感じで何気なく雑談していると、家族構成の話になっていた。


 凛々花の家族は、古くから続く家系で、母方が莫大な財産を持っているとのこと。そのせいか、父親は常に多忙で、数年に一度しか帰宅できないらしい。


 う〜ん……うちの父親とはえらい違いだ。


 うちも、父親はほとんど居着かないが、それは仕事のためじゃなくて子作りのためなのだ……!


 男性が珍重されるこの世界では、父親が不在なのは当たり前だった。一夫多妻制でも、凛々花のような大きな屋敷に女性をのは少数派で、女性の家に父親が出入りするような感じなのだ。転々と。


 そう考えると、なんだか根無し草的な存在だな……男って。


 さらにオレの親父みたいに、方々でせっせと子作りしながら放浪する男も珍しくない。しかも国からは、そんな男に補助金まで出るのだ! 通称『子作り補助金』。正式名称はバカバカしすぎて忘れた。


 ということでオレたち男は、特に働かなくても食っていける環境が整っていた。多くの女性が納税してくれているおかげで。


 まさにこの世界は「働いたら負けだから、子作りしよう」というトンデモ理論が称賛されるような世界なのだ!


 うん……さすがはエロゲ・モチーフだわ……


 とはいえ補助金だから、ノルマというか報告の義務もある。年一回、何人と子作りしたかをしなければならないのだ!


 だからオレは、補助金を使う気にはなれずにいた。


 昔の貴族は、世継ぎのため子作りを監視されていたって聞いたことあるけど……それに近いものがある……


 とはいえ男不足に違いはないので、男性というだけで、就職なんかでも非常に有利に働くという。だから将来の生活に困ることはなさそうだった。


 などと、そんなことを考えつつ、凛々花の話を聞いていたら、ディナーも終盤になっていた。


 テーブルにデザートが運ばれてきたところで、凛々花が意味深に笑みを浮かべた。


「では、そろそろ本題に入りましょうか。今日の体育で、わたしを助けていただいたお礼について、何をお望みですか?」


「……は?」


 まさかとは思ったけど、ホントにそれだけのためにオレを呼んだのか? 転びそうになるのをちょっと支えただけだぞ。


 オレの怪訝な顔に、しかし凛々花は、真剣な表情で手のひらを合わせながら言ってくる。


「なんでも差し上げますわ。だって、あのまま怪我をしていたら、わたしとしては一大事でしたから」


「いや、大げさすぎないか……? オレは別に、そこまで……」


「大げさではありませんわ。わたしにはそれ相応の価値がありますし」


 うん、そーゆー事は自分でいわない方がいいと思うぞ? などとは、この豪華すぎる雰囲気で決して言えない。


 確かにこんなおうちのお嬢様なら、それだけの価値もあるだろうし。


 だが今のオレは、さきほどまで考えていた通り、金銭的な不自由もしていない。


「でもなぁ……とくに欲しいモノもないし……」


 そんなぼやきに、凛々花がさらに言ってくる。


「では何かお困り事はありませんか? 当家が解決して差し上げますわよ」


「困りごと……か……」


 困りごとなら、もちろんある。NTRだ。


 けどそれを説明するのは難しい……というより無理だろう。下手をしたら「腕の良い精神科医おいしゃさんを紹介しますわ!」と言われかねない。


 だからオレは、ため息を付いてから答えた。


「いや、困りごとも特にないよ。こうやってディナーまで頂いたし、これで十分だから」


 そう言うと、凛々花は少し不思議そうな顔をした。


「誠さんは、ずいぶんと無欲なのですね? 男性といえば、もっと野心を持っているものとばかり思ってましたが」


「そういうヤツもいるだろうけど、オレの場合は、慎ましやかに平穏に暮らせればそれでいいし」


「そうですか……」


 オレがそう尋ねると、凛々花は驚いたように言った。


「同じ殿方でも、ずいぶんと違うものなのですね」


「同じって……そう言えば凛々花は人脈も広そうだし、いろんな男を知っているのか?」


「いえ、わたしであっても、知っているのはクラスメイトの神代蒼真さんだけですわ」


「そうなんだ……」


 あいつか。あまり思い出したくない名前ではあったが、やっぱり気になる。凛々花の話からすると、蒼真は野心的なようだが……


「蒼真って、どんなヤツなんだ?」


「そうですわね……一見すると物腰柔らかい感じですけれども、その奥には、何か大きな野心が見え隠れしてますわね。真っ先に、わたしに言い寄ってきたのもその一環かもしれません」


「ああ……財閥の力を……ってことか……」


「ええ。まぁ今は、バイクがほしいと言っている程度の、可愛らしいものでしたが」


「バイク?」


「はい。しかも誕生日が四月ということで、だから先日、バイクをプレゼントしましたの」


「バイクをプレゼント……!?」


 お、おいおい……


 さすがに、高校生が親以外にねだるようなものでもなければ、それを女子高生にプレゼントさせる……というか貢がせるには、あまりに大きな買い物だろ、普通は……!


「けれど誠さんは、女性に何もねだろうとしないのですね」


 凛々花がそうに問いかけてくる。


 まぁ……オレには前世の記憶がばっちりあるし、女性に貢がせるなんて出来るはずもない。この世界ではそれが普通なのかもしれないが……


 だからオレは、苦笑しながら答えた。


「そうだな……たかっている見たいでイヤだし。オレの価値観としては、ちょっとイヤだな」


 オレのそんな答えに、凛々花が目を丸くする。


 やはり、この世界でのオレの価値観は、相当に珍しいらしい。


「そうですか……そういう殿方もいるんですね……」


「そうだな……少数派だとは思うけど」


「ふふ……男性自身が少数派ですのに。なら誠さんのそのお考えは、唯一無二かもしれませんわよ?」


「うん、そうかもな……」


 とはいえなぁ。今さら前世の倫理観を変えるのは、感情が付いてかないし。


 だからせめてもの抵抗というわけでもないが……


 そもそも、こうして話してみたら、意外にも良識のあるお嬢様だった凛々花のことが心配になってきて……オレは言っていた。


「男だからって、なんでもかんでも言うことを聞く必要はないんだぞ? むしろ男なんてろくでもない奴が多いし、そういうのに流されると痛い目を見ると思う。だから気をつけろよな」


 すると凛々花が、上品な笑みを浮かべた。


「ろくでもない、ですか。でもなら、誠さん自身はどうなのですか?」


 もちろん、からかわれているのは分かる。だからオレは苦笑を返した。


 何しろオレだって、貞操逆転エロゲの世界で自由にハーレムを築きたい……という淡い願望がないわけじゃないし。


 それを表に出さないだけで、やりたい盛りのお年頃なのだ……!


「もちろん、ろくでもない男だよ。オレも」


「自分のことを、そんなふうにおっしゃるなんて……変わっていますわね」


 凛々花が楽しそうに微笑む。


 それを見て、こっちはむしろドキリとしてしまう……!


 くそ……高飛車なお嬢様だと思っていたけど、こうやって穏やかに笑うとむちゃくちゃ可愛いじゃないか……!


 だからオレは、そんな凛々花に絆されないよう視線を逸らした。


「とにかく……男には用心したほうがいい。人数が少ないからって、それだけで価値があるってわけじゃないんだからな。本来は」


「分かりましたわ。今後は気をつけます」


 意外にも素直な返事に、オレは胸を撫で下ろす。


 もっとも凛々花は蒼真と同じクラスだし、どこまで蒼真を阻止できるかは分からないが……


「ではお礼の品は、わたしのほうで考えますわね」


「え? 別にいらないってば……」


「そういうわけにはいきません。当家の威信の問題ですから!」


「そ、そんなものなのか……なら、分かったよ」


「ふふっ……楽しみにしておいてくださいね」


 こうして、あっという間に食事もお開きとなり、思いのほか楽しい気持ちで、オレは屋敷を後にする。


 お泊まりでも構わないとまで言われたのだが……さ、さすがにそれはまずいだろう。何しろ凛々花は、蒼真と同じクラスだし。


(っていうか蒼真って……やっぱり、ただのイケメンじゃなさそうだな。こんな感じでヒロインに貢がせて……)


 もちろんこの世界では、複数の女子と仲良くしたり、いわんや貢がせることすら間違っていないどころか、むしろ推奨さえされているわけだが……


 オレはどうにも、苦々しさを覚えるのだった。

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