第5話 ツンデレお嬢様かよ

 なんとなく、雪乃の好感度を稼いでしまったかもしれない……その翌日。


 午前中の体育は、他クラスとの合同授業だった。


 しかもその他クラスにはもう一人のヒロインと……そして仇敵であるはずの神代蒼真がいる。


 もっとも蒼真は、今はまだ何も悪いことをしていないわけで、これがエロゲ世界を忠実にトレースしていないのなら、今後もNTRをするとは限らない。


 だから今恨むのはお門違いではあるのだが……アイツに、何度も何度もNTRされた身としては、警戒せざるを得なかった。


(っていうか、男子が二人しかいないとはいえ、男女混合でサッカーとは……危なくないか?)


 オレは、お世辞にも運動神経がいいとは言えないが、とはいえ男だ。腕相撲をしたら普通の女子には負けないし、基礎体力だって上回っているはず。


 まぁ……活発的なカノンなんかには、下手したら持久力とかで負けるかもだが。


 とにかく下手にサッカーなんてやってしまったら、女子に怪我をさせかねない。体力があって技術がないんじゃなおさらだ。


(動きには気をつけないとな。手を抜くってわけじゃないけど)


 そんなことを考えながら準備運動をしていたら、さっそくカノンが声を掛けてきた。


「誠、いっしょに頑張ろうね!」


 カノンは、運動用に髪をポニテにまとめていて……それだけでもう眩しくて直視できない……!


「お、おう……でも怪我させないよう気をつけないとな……」


 オレがそんなことをいうと、カノンが「へ〜?」と言ってオレの顔を覗き込んでくる。その距離感の近さに、オレは数歩後ずさった。


「な、なんだよ……?」


「そんな気遣いも出来るところが、誠のいい所だよね〜」


「い、いや、気遣いって程でもないけど」


 するとそこに雪乃がやってきた。いつものクールな表情……かと思いきや、少し頬が赤いような……


「……よろしく。気楽にがんばろ」


 ちょっと照れた感じで挨拶してくる雪乃。それを横から見ていたカノンが、ニヤリと笑いを浮かべる。


「おやおや〜? 雪乃から誠に話しかけるなんて、珍しいじゃん。昨日はあんなに怒ってたくせにね〜?」


「べ、別に……誠に対して怒ってたわけじゃないし」


 雪乃がさっと目を逸らす……うん、なんかちょっと……まずいような……


 とはいえオレもどう話していいのか分からず、なんともぎこちない空気が流れたが、それをブチ壊すかのように、元気いっぱいの声が響いた。


「勝利はわたし達のクラスがいただきますわよ! みなさま、覚悟はよろしくて?」


 そんな、あからさまなお嬢様口調で歩み寄ってきたのは──


 ──ヒロインの一人である、如月凛々花きさらぎりりか


 普通の体操着を着ているし、巻き毛でもないのだが……それでもくせっ毛のある髪をアップにまとめていると、いかにもお嬢様然としていて、とにかく美しい……!


 それでなんで凛々花がうちのクラスに? と思ったら、エロゲ設定を思い出した。そうだった……凛々花はカノンと張り合っているんだったな、何かと。


 そんな凛々花がぴたりと足を止めると、びしぃっとカノンを指差す。


「うちのクラスには殿方がいますしね! ふふ……圧倒的な実力差をお見せいたしますわ!」


 その台詞に、カノンはムッとした顔をして大きく息を吐いた。


「うちにだって誠がいるから負けないし」


「誠……? ああ、その貧相な男子のことですの?」


 凛々花がオレを一瞥したあと、失笑でもするかのような冷たい目を向けてくる。


 するとカノンの視線が鋭くなった。


「ちょっと、誠にまで失礼な態度はやめてよね」


 険悪な雰囲気を察して、オレは咄嗟に仲裁に入った。


「体育の授業なんだし、気楽にやろうぜ。まぁオレは、確かに貧相かもしれないけど、がんばるからさ。よろしく頼むよ」


 そんなオレに、凛々花は挑発的な笑みを向けてくる。


「もちろんですわ。ですが、後で泣き言を言わないでくださいね?」


 ふむ……凛々花はこんな性格か。やっぱりエロゲのキャラと瓜二つだな。


 そうして凛々花は、蒼真の元へと歩いて行く。


 蒼真とも話したほうがいいだろうか?


 けどなぁ……


 いやだなぁ……


 ゲーム内とはいえ、オレから愛しのヒロインを奪いまくったヤツに、やっぱり瓜二つなんだもんなぁ……


 などと考えていたら、けっきょく蒼真との接触はしないまま、キックオフとなってしまう。


 いざプレイが始まると、他チームの女子から歓声があがる。


 観客全員が女子だから……なんだか緊張するなぁ。


 中学校のころは、女子が見ていると男子(とくに運動部)が張り切ったものだが、オレの場合は、みっともない姿を見せないよう、控えめにプレイしたもんだ。


 しかし今は蒼真とオレしかいないから、否が応にも注目が集まってしまう……と思っていたのだが。


 女子は、蒼真に釘付けのようだった。


(う〜ん……やっぱアイツは、この世界でもハイスペックか……)


 宿敵・神代蒼真は、すらりとした体格を活かして、シュートもパス回しもメチャクチャ上手い。サッカー部にでも入ってるんじゃないのか? 成績もいいと聞いてたし、本当にハイスペック男だな……


 ただまぁ蒼真のシュートにビビったキーパー女子は、身を縮こめてしまったが。


(……勝てるわけないか)


 基本性能の違いはいかんともしがたいよな。そもそも張り合う必要もないわけで。


 だからオレは、女子との接触は極力避ける形で、あとはボールを追って全力疾走を繰り返すことにした。そうしてれば手を抜いたことにはならないし、時間もあっという間だろう。


 などと考えていた、そのとき。


 敵チームの凛々花が、ものすごい勢いでこちらに突っ込んできた!?


 まずい! あの子、ボールしか目に入ってないぞ!?


「危な──!」


 オレは慌てて凛々花を躱して接触は免れるも、しかし凛々花のほうはバランスを崩し──


「きゃあ!?」


 ──派手にスッ転びそうになったところで、その手をオレは咄嗟に掴んでいた!



「おっと……!」


「えっ……!」


 凛々花は、オレに手を引かれる形で転倒を免れる。


 すると間近で目があって……凛々花の顔が瞬く間に赤くなった。


「大丈夫か?」


「な、なな……!」


「あんまり無茶するなよ? 体育で怪我したって面白くもなんともないんだから」


「は、はは……」


「はは?」


「離してください!」


「あっ、悪い!」


 咄嗟のことで、凛々花の手を掴んだままだったオレは、慌ててその手を離す。


 すると凛々花は、今まで握られていたほうの手を自分で握りながら「ふ、ふんっ」と鼻を鳴らして向こうに行ってしまった。


 なかなかに気の強い女子である。


 まぁいいか……下手に好感度を稼がずに済んだし。


 ということでオレもプレイ続行して、程なくして、試合終了となる。


 結局オレたちのクラスは蒼真の活躍で負けてしまった。得点差はけっこう開いていた。


 何しろ蒼真には誰も追いつけないし、キーパー女子はビビって逃げているし、そりゃ負けるわな。


 っていうかアイツも、ちょっとは手加減すればいいのに。


 でも観客女子やチーム女子は、蒼真のことを褒め称えているから、この世界では、男女の体力差はあまり考慮されないのかもな。


 そんな様子を観察していたら、カノンが「おしい〜!」と言いながらこちらにやってくる。それに続く雪乃は「いや、完敗だし」と静かに突っ込んでいた。


 と、そのとき。


 なぜか凛々花まで、オレに歩み寄ってくる。


 そうして校庭の真ん中で、オレを中心に、カノン、雪乃、凛々花が再び相見える構図になってしまった。


 っていうか凛々花はオレに何の用だろう? と首を傾げていると、彼女は目を逸らし、少し赤くなりながら言ってくる。


「さ、先ほどは……ありがとうございました」


「え……?」


 まさかお礼を言われるとは思ってもおらず、オレは目を丸くする。するとカノンがニヤニヤしながら凛々花をからかいだした。


「おうおう? なにソレお嬢様? さっきは誠のことディスってたくせに」


「貧相なのに変わりはないでしょ!」


「貧相でもあなたよりは体力あるでしょ。男子なんだし」


「そんなことありませんわ! わたしだって、運動は日課にしておりますのよ! そこの貧相男には負けませんわ!」


「その貧相男に、転びそうなところを助けてもらってたくせに」


「くっ……!」


 いやあの……貧相貧相って……さすがに連呼されると悲しくなるんだが……


 今後はちょっと筋トレでもしようかな……などと考えていたら、凛々花がなぜかオレをきっと睨む。


「とにかく! お礼を言ったまでですわ! そもそも、恩に報いないなど如月家の名折れですから!」


「そ、そうですか……」


 まったくもってお礼を言われている気分ではないが……まぁ、そういうことにしておこう。


 ということで、凛々花には手早くお帰り頂こうと思っているのだが、しかしカノンがちょっかいをやめない。


「だいたい誠は、みんなが怪我しないよう力をセーブしてたんだよ? そこんとこ、ちゃんと分かってるのかな?」


「ふん……そうかもしれませんわね。ですが、一方で……」


 凛々花が視線をチラリと向こうにやる。そこには爽やかな笑みを浮かべる蒼真がいた。


「蒼真君は、全力で取り組んでいらっしゃいましたわ。危ないシーン? そんなのスポーツではつきものです。わたしはむしろ、彼の真面目さを高く評価して──」


 凛々花が言い終わらないうちに、雪乃が冷めた目で言った。


「怪我人が出なかったからよかったものの、実際、際どいプレイもあったわよ。全力がいつも正解とは限らないんじゃない?」


「そ、それは……別に悪いことではありませんわ……たぶん……」


 どうやら凛々花は、蒼真を気に入っているらしい。まぁそりゃそうか。希少価値&同クラスなのに加えて、ハイスペックのイケメン男子だもんな。気に入らないほうがおかしい。


 っていうか、そのまま蒼真とくっついてくれるなら、それに越したことはないわけだし。


 だからオレは苦笑いしながら言った。


「まぁ……オレも全力ではあったんだが……とりあえずラフプレイは避けてただけだよ。だから完敗だな」


 すると凛々花は、高笑いでもキメてくるかと思いきや、面白くなさそうにそっぽを向いた。


「と、とにかく……助けてくださったことには感謝しますわ。後日、改めて感謝の品を持参します」


「か、感謝の品? いや、そこまでしなくても……」


 慌てるオレをよそに、凛々花は言いたいことだけ言って立ち去ってしまう。


 その後ろ姿を見送るカノンが、小声で「ツンデレお嬢様かよ」と呟いていた。


 雪乃も目を細めて「結局あのコ、なんだったの……?」と言ってからため息をつく。


(う、う〜ん……妙なフラグが立ってなければいいけど……)


 まぁ転びそうなところを助けた程度で、しかも偶然だったわけだから、そこまで好感度が上がるわけもないか。


 それに凛々花は、別クラスということもあって、すでに蒼真とのフラグが立っているようだし。


 ということでこの時のオレは、凛々花の大富豪っぷりをまったく考慮に入れていなかったのであった……

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