第7話 お出かけって……どこに?

(なんで……こうなった?)


 オレは今、体育倉庫という密室で、カノン・雪乃・凛々花と昼を食べていた……


 本来なら、オレは、一人寂しくパンをかじっているはずだったのに、美少女三人に囲まれている。


 まぁ……華やかと言えば華やかであり、前世のオレが見ていたら、泣いて悔しがる場面なのだが……


(オレ、反省したばかりだってのになぁ……)


 そう──オレは反省したのだ。


 凛々花にディナーをご馳走になってからの週末に、オレは自分の学生生活を振り返ってみた。


 するとどう考えても……目立ちすぎだ……!


 ただでさえ男子が二人しかいない高校だというのに、他クラスの凛々花までオレに注目し始めている。


 しかも凛々花は、蒼真と同じクラスなのだ。


 だからオレは反省し、初心に返ろうと考えた。


 つまりNTR阻止するために、出来る限り、エロゲでヒロインを張っていた美少女とはお近づきにならない……という初心に。


 そのためにはまず、「カノンと雪乃と一緒にお昼をとること」が常態化している状況を是正する必要がある。蒼真は別クラスとはいえ、変な噂がたって蒼真の耳に入る可能性は十分あるのだ。何しろエロゲではそうだったからな。


 だから今日の昼休みは一人で食事しようと考えて、二人には「先生に呼ばれているから」と告げる。


 いろいろと勘ぐられるんじゃないかとも思ったのだが、幸い、カノンと雪乃はあっさり「おっけ♪」「分かった」と返事をしてくれたので、オレはほっと胸を撫で下ろした。


 とはいえ学内のどこへ行けばいいのか……回りは女子ばかりなのだ。廊下を歩けば、短くした制服スカートから伸びる脚に立ちくらみするほど女子だらけ。


 だからオレが一人になれる場所なんてトイレくらいしかないが……さすがに便所飯はイヤだし。


 考えた結果、オレは体育倉庫を思いつく。あそこなら、昼休みに出入りする生徒もいないだろう。


 ということでオレは購買でパンを買ってから体育倉庫に入り、ほっとしてからパンをかじった……その直後。


「まったく誠は〜。やっぱり嘘じゃん」


「なんで一人で食事するのよ、あなたは」


 カノンと雪乃が体育倉庫の鉄扉を開け放ったかと思ったら。


「誠さんは、こんな薄暗い場所で食事をするのが好みですの?」


 なぜか、凛々花までやってきていた……!


 だからオレはあっけにとられながら問いかける。


「え、えっと……みんな、なんでここに……?」


 するとカノンがにやりと笑った。


「誠の考えなんて、お見通しなんだからね? だから後をつけたってわけ」


 今度は雪乃がむすっと言ってくる。


「先生に呼ばれたなんて、嘘なんでしょ」


 そして凛々花は、得意げに恐ろしいことを宣った。


「わたしのは、いつでもどこでも張り巡らされておりますのよ」


 い、いや……凛々花が一番ヤバイことを言っているんだが……


 『わたしの目』って……校内には、凛々花のスパイが潜んでいるってことか? あるいは買収か何かした女子に逐一報告させているとか……いずれにしてもヤバすぎる……


 などと考えていたら、か〜なりご機嫌斜めにさせてしまったらしい雪乃がオレを睨んできた。


「つまり何? うちらを避けたってわけ? だったらどうしてよ……」


 睨まれてはいるが、どこか悲しい瞳になっている。だからオレは慌てて弁明した。


「ち、違うんだ。別に避けたわけじゃなくて……」


「じゃあなんで、こんな場所でお昼をとってるわけ?」


「え、えっと……男には、たまに一人になりたいときがあるんだ……ほら、周りが女子ばかりだから、気疲れすることもあってだな……?」


「なにそれ。だとしてもやっぱりうちらが邪魔だってことじゃ──」


「まぁまぁ雪乃」


 なおも言ってくる雪乃の台詞を、カノンが遮った。


「男の子には男の子なりの複雑な事情があるんだよ」


「だから何よ、それは」


「そういうの、逐一暴いてたら嫌われちゃうぞ〜? わたしたちにだって、誠に言えないことの一つや二つ、あるでしょ」


「………………」


「だから、気にしない気にしない」


 どうやらカノンは、オレが避けたことを本当に気にしていないらしい。


 そんなカノンの説得に応じたようには見えないが、しかし雪乃は、これ以上何かを言っても仕方がないと考えたのか「分かったわよ……」と言ってくれる。


「わ、悪いな……」


 オレは改めて頭を下げて……それから凛々花を見た。


 いやそもそも、なんでコイツはここにいるんだ?


 凛々花の場合は、これまで一緒に昼を食べてはいないから、もちろん怒ったりはしていないのだが……


 戸惑うオレの視線を理解したのか、雪乃はその矛先を凛々花に向けた。


「……っていうか、他クラスのあなたが、どうしてここにまで来てるのよ」


 凛々花は当然のように胸を張る。


 凛々花って……めっちゃグラマラスだな。この中で一番大きいかも。まぁそれはともかく。


「他クラスだって構わないでしょう? 先日の体育では、一緒に競技した仲ではありませんか」


「だからなんなの?」


「男子とお食事をしてみたいと思うのは、女子なら当然でしょう?」


「なら、あなたのクラスにも男子はいるでしょう? そいつを構ってればいいじゃない」


「わたし、今は、蒼真さんより誠さんに興味がありますの」


 面と向かって「興味がある」と言われ……オレは思わず胸を撥ね上げる!


 しかしどう反応していいのか分からずドギマギするだけになっていると、雪乃がムッとして言い返していた。


「ちょっと、それってどういう意味?」


「そのままの意味ですわよ。今のわたしの興味は、誠さんなのです」


「他クラスなんだから、誠にちょっかい出すのは──」


「まぁまぁ雪乃」


 雪乃がヒートアップする寸前で、カノンが止めに入る。


「いいじゃん雪乃。誰だって男子に興味あるでしょ?」


「いやだから……男はもう一人いるじゃない。どうしてそっちを──」


「仕方ないよ。誠は一人しかいないんだから。それに、あんな優男より誠を選ぶなんて、凛々花もなかなか見る目あるってことじゃない」


「ふっ! それほどでも!」


 う、うん……本人を前にしてそういうことを言われると……


 なんだか無性にむず痒い……!


 しかし、思わずのたうち回りそうになっているオレは捨て置かれ、女子同士で話がまとまってしまう。


「雪乃が、こーゆーのに抵抗あるのは知ってるけどさ。でも独り占めはよくないって」


「別に……わたしは独り占めなんて考えてないし」


 本来なら、美少女三人を侍らせているオレがとがめられてもおかしくないというのに、貞操感がエロゲである世界なものだから、まともなはずの雪乃がたしなめられている。


 なんだか申し訳なくなってきたなぁ……


 いずれにしてもそこまで言われると、雪乃はさすがに諦めたようで「……もういい」と口を閉じた。


 いずれにしてもオレの目論み──「みんなと一緒に昼をとるのを避ける」は、全然達成できないわけだが、こんな雰囲気で「みんな帰ってくれ!」とも言い出せるはずもなく。


 こうしてオレ達四人は、なぜか薄暗い体育倉庫でランチを取り始めるに至る。


 ちなみに凛々花の食事は、昼というには豪華すぎだ。メイドさんがあっという間にテーブルと椅子(オレ達の分まで)を並べ、出来たてホヤホヤのランチメニューが次々と運ばれてきては、テキパキと給仕してから去って行った……


 い、いやこのコ……毎日こんな贅沢をしているのか……?


 そして凛々花は、惣菜パンしか買ってこなかったオレに言った。


「そのような粗末なお昼では、体を悪くしてしまいますわ。誠さんの分もありますから、召し上がってください」


 するとカノンが言ってくる。


「それはだめだな〜。今日もわたしがお弁当作ってきたんだし」


 さらに雪乃が水筒を差し出してくる。


「ほら……水分補給もしておきなさいよ。わたしのドリンクあげるから」


「やだ雪乃! 間接キス狙ってるの!?」


「カップあるでしょ! さも高級そうなティーカップがそこに!」


 などと、わいわい言い合いながらランチが過ぎていく……


 まぁ……今日はもういいか……ここまでグイグイ来られては抵抗のしようがないだろうし……


 というわけでオレが諦めの境地に達していると、ふと思い出したように凛々花が言ってくる。


「そういえば、もうすぐゴールデンウィークですわね。誠さん、ご予定は?」


「いや……別に。とくになんもないけど」


 前世ならエロゲ三昧だろう……とは言えない。どのみち予定がないのに違いはないが。


 そんなオレに、凛々花はにっこりと微笑んできた。


「でしたら、予定を空けておいてくださる? これは先日の体育で助けてもらったお礼でもありますから」


「予定を? いいけど……でもどうするんだ?」


「お出かけをするつもりですわ」


「お出かけって……どこに?」


「それは当日までのお楽しみ、ということですわね。まさかわたしのお礼、断ったりしませんわよね?」


 ぐいっと迫られ、オレは「うっ……」と息を呑む。断りたくても断れないんだろう?


 だからオレは観念して頷いた。


「分かったけど……なら、学校の誰にも言わないでもらえないか? 希少な男と出かけるなんてバレたら大騒ぎになるだろ」


 せめて、ゴールデンウィークに出掛けることが蒼真に伝わらないようにしなくては。


「分かりましたわ。そこは配慮しましょう」


 そう凛々花が答えた矢先、カノンが手を挙げて「はいはーい!」と割り込んできた。


「もちろん、わたしたちも連れてってくれるんだよね?」


 目を輝かせるカノンに、凛々花はちょっとだけ眉をひそめた。


「お二人に助けてもらった覚えはありませんわよ?」


「今こうやって、ランチに同席させてあげたじゃん。この借りは放っておくのかな? 如月家のお嬢様ともあろう人が」


 恩を着せるカノンに、しかし凛々花はそこまでイヤでもなかったのか、短い嘆息をついてから頷いた。


「もう……分かりましたわよ。ではゴールデンウィーク初日に誠さんの家へ集合ということで、よろしくて?」


「オッケー! もちろん雪乃も行くでしょ?」


「…………まぁ、予定ないし」


「なら決まりね!」


 うん、相変わらずオレの意思とは関係なく話が進んでいくなぁ……


(とにかく、蒼真の耳に入らないといいけど……)


 オレは、肩を落とすしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る