最終話:またしても何も知らないオタク君

死してなおその死体をハーフゴーレムに改造されるという悲劇に見舞われた友人を深く埋めるだけの穴を掘り、その上に河原で拾って来た板状の岩を挿して立てただけの粗悪な墓標をこしらえたときには、夜は明けていた。


そして、その頃には俺の気持ちの整理もついていた。


「マレク…お前のこと、俺は謝らないからな」


マレクが自殺する前に、いじめっ子を含めて、俺たちに害をなす奴らを妖精さんの力で片っ端から殺すと決意できていれば救えたかもしれない友人の墓に、俺は歯を食いしばって謝らないと告げる。


魔人は危険だから退治する、などといういじめっ子の口実を事実にしてしまうことがないように、俺とマレクは魔人の力で人を傷つけることがないよう必死に耐えてきた。


だから、マレクと二人で耐えてきたあの日々にかけて、俺は、我慢せずに反撃して敵対者を片っ端から殺せばよかったなどという後悔をしてはならない。

反省も、謝罪も。


その言葉を最後の手向けとして、俺は歩き出した。


「国の反対側…ロークあたりまで行こう。あの辺りは未開で、魔獣も多く出るらしいから、俺たちの戦力で食い扶持を稼ぐには都合がいい」


ミラと姉さんは、全てを投げ出すと宣言したに等しい俺に何も言わず、ただついてきてくれた。



それからの俺たちは、まあ暫くは穏やかな暮らしができた。


なぜか連日大量の魔獣に襲撃されているローク領で魔獣を蹴り殺しまくる姉さんがすげえ英雄扱いされたり、ロークの東方面にある荒れ地を妖精さんと協力して開墾してみたり、開墾した畑になんかわけらからん重税をかけようとしてきた領主の屋敷に妖精さんがポルターガイスト現象を起こしまくって領主が恐怖で夜逃げしたり、草食獣系の獣人であり俺たちとはいろいろな感覚が違うロークの村人との対話をコミュニケーション能力がカンストしているミラに押し付けたりと、まあ大したイベントもない数か月が過ぎ、そして。


半年経つか経たないかのころ、一通の手紙が来た。


差出人は国王。

宛名はクサナギ。

内容は、『無創り』の通り名を持つ緑髪の魔術師ヘイムダルなる人物が逮捕されたというものだ。

国家転覆を試みた罪をはじめとするもろもろの罪状から処刑はまぬかれないこと、その動機は自らの研究である生命創造が難航したことによる研究資金確保にあったことが資料付きでまとめられていたほか、処刑を見届けに王都まで来いとも書いてある。


貴族連中は、一応の仕事は片付けたというわけだ。


それにしても、何故俺がロークにいるというのがばれたのだろう。


…変身ヒーローな姉さんの急降下キックが目立ったからだろうなあ、多分。




さすがに国王じきじきの呼び出しにちんたら移動するのもよくないだろうと考え、俺は変身した姉さんに飛んでもらい、手をつないでぶら下がる形で王都まで飛翔した。

ちなみに何故かミラは収納魔術に入れなくなっていたので、姉さんには二人抱えて飛んでもらった。


そうやって王城の庭に下り立つと、衛兵に包囲された。

ちゃんと手続きをしないで王城に踏み込むとこうなるそうだ。


貴族ブタ共の流儀なんざ知ったことかってんだ。



それから一度地下牢に放り込まれたり、様子を見に来た国王が俺を解放したりと一悶着あったが、緑髪の魔術師の処刑を執行するとして俺の他何人かの見届人を集めて、ギロチンの準備が始まった。


すでに観念している様子の緑髪の魔術師がギロチンに固定されたとき、何故か妖精さんがそれを止めた。


「魔人さん、このやり方はまずいぞ。やるならこれから言うとおりにしてほしい」


「妖精さん、どういうことです?」


俺が妖精さんに問い返すと、隣にいた国王が俺に目を向けた。


「クサナギよ、どうした」


「妖精さんがこの方法で殺すのはやめろと言っている…殺す場合は指示に従えと」


俺は手短に答え、妖精さんの話を聞いてみる。


「こいつを殺すなら、まず、15年死ねなくする呪いをかけて、それから20年眠り続ける呪いをかけてほしい。そうしないと、終わらない」


何やら面倒な手続きで餓死させる必要があるらしい。

なんでそんなことをする必要があるのだろうか。


「終わる? 何が」


妖精さんに聞いてみるが、珍しく妖精さんは首を横に振った。


「ごめん、それは魔人さんにも言えない」


どうやら、妖精さんにとって秘匿すべき何かだったようだ。


「分かりました」


俺は妖精さんの指示を、いくらかは紙に書き写しながら国王に伝えた。


「珍妙な処刑方法じゃのう。まあよい。妖精が言うのなら、何か世界にとって意味のある事なのだろう」


国王は宮廷魔術師を呼び集め、緑髪の魔術師に死ねなくする呪いと眠り続ける呪いをかけるよう指示した。


処刑方法が切り替わった直後、緑髪の魔術師はひどく狼狽した。


「何故だ、何故だ、何故だ!?」


その髪を振り乱し、国王の側に立つ俺に目を向けて、緑髪の魔術師は恐怖と怨嗟が混ざった顔で、叫ぶ。


「ラグナ…アウリオン! 貴様、どうやって私の切り札を、それを封じる方法を知った! どうやって私を出し抜いた! 何度お前に殺されても、何度やりなおしても、それだけはありえない! ありえないはずなんだ!」


その錯乱の意味も、何故奴が俺をラグナという、フィンブル領主の息子の名前で呼ぶのかもわからないまま、二つの呪いをかけられて15年後の餓死が確定する緑髪の魔術師を、俺は困惑とともに見届けた。


よくわからんが、緑髪の魔術師の切り札とやらを封じるには、妖精さんが指示した処刑方法である必要があったらしいということだけは、かろうじて分かった。


「終わったな…姉さん、ミラ、食べたいものとかある?」


せっかく王都に来たのだから何か食べていこうと、俺は二人に目を向けた。

…のだが。


「ごめん、オタク君。あーしちょっと、気持ち悪くて…」


なんか、ミラがゲロ吐きそうな顔していた。

ゴーレムでも吐くんだ、と思っていたら、城のメイドが数名駆け寄ってきて、ミラの様子を見て、顔を見合わせた。


「あの、おそらく、つわりかと」


つわり?

ということは、ミラが妊娠したと?


ゴーレムって妊娠できるのかとか、俺は起源種魔人とやららしいので女性を妊娠させることはできないんじゃなかったのかとか、いろいろな疑問が駆け巡るが…。


ひとまず確認だ。


俺はミラに、物品鑑定の魔術を使う。

出会った時には彼女に反応していたその魔術は、弾かれた。

人物鑑定には逆に、反応する。


俺も正直よくわからんが、起源種魔人が人間を魔人に変えるように、ゴーレムであるミラを命あるものに変え、その状態のミラは、起源種魔人の俺との間でも子をなすことができるようになったと、恐らくそういうことなのだろう。


…収納魔術に入れられなかったのはこれが原因か…。


「にわかには信じがたいが…思い当たる節はあるなあ…」


俺が天を仰ぐと、ミラも少し照れくさそうにはにかんだ。


「あはは、あーしも意外だよ。ゴーレムと起源種魔人って、こんなところで相性いいんだね…なんだか、オタク君と出会うためにこの世に生まれてきたみたいで、嬉しいな」


そしてミラは、俺の手を取った。


「帰ろ、オタク君。あーし、ロークの薬草のお茶が飲みたい」


ミラがそういうなら、そうするか。


「姉さんもそれでいいか?」


振り返ると、姉さんはすでに飛ぶ気満々で変身済だった。


「しっかりつかまって! 飛ばすよクサナギくん!」


「ミラが振り落とされないように頼むぜ姉さん!」


そのまま王城から飛び出し、ロークへとまっすぐ飛翔する中で、奇しくも俺たちは、あのヘイムダルという魔術師の宿願である生命創造、ゴーレムに命を与えることをなしえたことになるのだと気付いた。

人体改造とか死体を使うとかの前に、人道的なほうから実験してれば、緑髪の魔術師は罪人にならずに望む研究成果を発見できたかもしれないというわけだ。


皮肉なもんだ、と。

くだらない同情のため息が漏れる。


まあ、今は、それは置いておこう。

俺は、父親にならなければならないのだ。


それにしても、ファンタジー世界にオタクに優しいギャルなんているわけないだろと思ってたら姉さんが変身ヒーローやり始め、挙句の果てにはゴーレムが俺の子供を妊娠する…か。


この世界は世界観からして全くあてにならない。


もう何が起こっても驚かんぞ…と思っていたのだが。


その後何年たっても、俺は幾度も幾度も、叫ぶ羽目になるのだった。


「世界観んんんんんんんんんんんんんんんんん!」


サイバー空間な感じのダンジョンを用意してくる変なドラゴンがいたり、小石をゴーレムにできるという神官少女が開墾を手伝ってくれたと思ったら小石が多すぎて小石ゴーレムの大軍勢が出来上がって他国に脅威とみなされたり、極めつけはロボットアニメ異世界のゴーレムに興味を持った妖精さんが姉さんの魔神化態を観察して小石ゴーレムにスーパーロボットみたいな武装を満載したり…。


たすけてください、世界観を壊すのは転生者の特権だったはずなんです。


ファンタジー世界にオタクに優しいギャルなんているわけないだろと思ってたら姉さんが変身ヒーローやり始めました。もうだめです。 了

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ファンタジー世界にオタクに優しいギャルなんているわけないだろと思ってたら姉さんが変身ヒーローやり始めました。もうだめです 七篠透 @7shino10ru

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