第187話 嘉兵衛は、前田家を味方につけて
永禄3年(1560年)5月下旬 尾張国清洲 松下嘉兵衛
まあ、些か無謀だとは思ったけれども、ここで抜け駆けして俺が清洲城を奪い返せば、確かに大手柄だ。どうしようか迷ったけど、藤吉郎のいうようにここが「功名が辻」だと心得て、腹を括る事に決めた。
すると、その話を聞いていたのか、慶次郎が横から口を挟んできた。そのいくさに自分も加わりたいと。
「いや、しかし……体はまだ万全ではないのでは?」
「大丈夫です。現に先程まで大蔵殿と互角に戦う事が出来ていたではありませぬか」
確かに慶次郎の先程までの戦いぶりを見ていたら、あまり心配する必要はないのかもしれない。それに酒もこれだけ飲めたのだし、完全ではないのかもしれないが、7割あるいは8割程度は回復しているようにも思えた。
「どうかお願いします!あの半兵衛とかいう男にやられっ放しでは、悔しいというか何というか……」
「わかった。参陣を認めよう」
「ありがとうございます!」
「ただし……」
俺はせっかくの機会を得たので、認める代わりにと慶次郎に条件を付けた。それは、清洲城を落したら、うちに仕えるようにと。
「ですが、某の父は織田家の家臣にて、当然某も……」
「その織田家は10万石に減封だ。当然、家臣を減らさなければならないし、慶次郎の実家がある荒子城はその安堵される領地の範囲に入っていなかったはずだ」
「つまり……我が前田家は、織田家から切られると?」
「まあ、たぶんそういう事になるのではないかな?」
本当のことを言えば、織田家の所領10万石の内容はまだ決まったわけではない。全ては清洲城を落して尾張を完全に平定した後の事ではあるが……それゆえに、俺は必ず評定において、今の言葉通りに荒子城は織田家の所領から外すように求める事にした。
ただ、その事を態々教える必要はない。嘘も方便という奴だ。
「禄は100石与える。どうだ?嫌なら、別にここに残っても良いが……」
「……承知しました。某は、大蔵殿にお仕えする事にしましょう」
よっしゃと内心ではガッツポーズを決めた俺は、こうして心強い家臣を得た事で早速清洲城に向かう事にした。
ただ、ここで共に付き従ってくれた兵のうち、10名が脱落した。原因は……先程まで続いていた宴において、寧々殿と飲み比べをした挙句、潰されていたからだ。
「なあ、慶次郎」
「なにか?」
「あの寧々殿の事なのだが……」
記憶が正しければ、年齢はまだ数えで12歳——つまり、満年齢で言えば11歳で、前世の感覚でいえば、小学5年生のはずだ。それなのに、あの蟒蛇のように酒を飲み続ける姿が信じられず、思わず訊ねたのだ。もしかして、いつもああなのか……と。
「ええ……清洲城でも有名でしたからな。寧々殿の酒豪っぷりと酒癖の悪さは……」
「そうか……酒癖も悪いのか」
慶次郎が言うには、信長でさえもアルハラ被害を受けたらしい。藤吉郎は俺たちの前を行き、道案内をしているが……そのため、別の方向で本当に大丈夫なのかと心配した。『料理下手のアル中女』と本当にこのまま一緒にしてもいいのかと……。
「なあ、藤吉郎。やはり……」
だから、そんな女よりも、やはり姉のくまの方がいいのではないかと思って、俺は藤吉郎の傍まで馬を走らせて言葉をかけようとしたが……
「殿、ご心配なく。あちらに加勢を用意しておりますゆえ」
タイミングが悪く、視界の先にかがり火が見えた事で、俺は話を続けることはできなかった。加えて言うと、ほぼ同時に慶次郎の驚く声が聞こえた事もあって。
「叔父上!?死んだのではなかったのですか!!」
「何を言っている?俺はほれ、この通り生きておるわ!」
苦虫を嚙み潰したように顔を引きつらせている慶次郎を他所に、その前田又左衛門殿は俺の元へやってきて、口上を述べた。蜂須賀党と共に清洲城奪回に加勢するから、織田家に復帰できるように口添えをお願いしたいと。
「それはつまり、うちには仕官しないと?」
「悪いが、俺の主は上総介様ただお一人だ。もちろん、織田家に復帰出来たら、内側から可能な限り貴殿に協力することを約束するし、それでも不足なら……娘を側室に差し出しても良い」
「……側室は結構です」
ホント、何と恐ろしい事を言い出すのやら。おとわの耳に入ったら、どう責任を取ってくれるのだと思って俺は断ったが、藤吉郎は言った。それなら、若君の許嫁にしては……と。聞けば、その娘とやらは、昨年生まれたばかりの幼児だということで。
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