第186話 嘉兵衛は、激闘の果てに清洲の事情を知る
永禄3年(1560年)5月下旬 尾張国那古屋城 松下嘉兵衛
前田慶次郎との勝負は、激闘の末に辛うじて勝利した。
「いやあ!貴殿は強いな!」
「なんの、なんの!腹の具合がよかったならば、恐らく負けていたのは俺の方だろうさ」
そして、その余韻漂う中で始まった宴で、俺は慶次郎とこうして酒を酌み交わしているが……気になるのはやはり寧々殿との関係だ。もし、あの時言ったように恋人同士とかいうことならば、俺としても強引に別れさせて強引に、というわけにはいかないが……
「ああ、あれは一時の方便だ」
「方便?」
「だって、あの時寧々殿は明らかに嫌がっていただろ?だから、取りあえず咄嗟に嘘を吐いたわけだ」
慶次郎がそのように告げながら、視線を送った先では藤吉郎と寧々殿が仲良く楽しく酒を飲んでいるのが見えた。その上で「あの様子ならば、これ以上嘘を吐く必要はないな」……と続けられた。
「それでは……」
「あとは好きにされるといいさ。どちらにしても、この腹の傷が癒えたら荒子に帰るし……寧々殿ともその辺りでお別れだ」
ちなみに、慶次郎には心に決めた女性がいるそうだ。「まつ」という叔父の妻になった方だそうだが、近頃その叔父が戦死したらしい。
「これぞ、まさに天の配剤!寝取る好機到来!そう思いませぬか、大蔵殿!!」
「あ、ははは……」
まあ、身内の死を喜ぶのはどうかと思わないわけではないが、寧々殿に心が残っていないのならば、あとは俺には関わりない事なので、取りあえず同意して酒をまた酌み交わす。あれ?でも、前田慶次郎の叔父って……
「ああ、そうだ。殿に報告せねばならぬことがあったのだ!」
あ、完全に思い出した。こちらに駆け寄ってくる藤吉郎の顔を見て、思い出してしまった。せめて、この酒の酔いがさめるまで、思い出さなくてもいいというのに。
「殿……?如何なされたのですか。そのような青い顔をなされて……」
「い、いや、何でもない……」
そうだ……慶次郎の叔父・前田利家は、藤吉郎に捕らえられて、蜂須賀家の牢に入っているはずだ。つまり、残念ながら死んでいないという事になる。
「本当に大丈夫ですか?飲み過ぎて気持ちが悪いのでしたら、報告は後に……」
「だ、大丈夫だ。それで……?」
「あ、はい。報告というのは、清洲城の事なんですが……」
前田利家に関する報告だったらどうしようかと思っていたところに飛び出してきた清洲城に関連する話に少しホッと胸をなでおろしたが、同時にその声が聞こえたのだろう。近くで飲んでいた朝比奈様も千鳥足ではあるが、こちらに寄って来た。
「それでぇ、藤吉郎!清洲が……ひっく!なんだって!?」
「……備中守様。やはり、報告は明日にした方がよさそうですね……」
「そんなことはないぞ!さあ、早く話せ!そもそも、おまえのせいでこんなわけのわからんことになっているのだからな!さあ、話せ!話しやがれ!!」
朝比奈様に何があってここまで酔われているのかはわからないし、それにこの様子だと、たぶん聞いても明日の朝には忘れていそうだが……その時は改めて説明すればよいと思って藤吉郎に話すように促した。
「よろしいので?」
「構わん」
「それでは……」
その上で話し始めた藤吉郎の報告だが……美濃から援軍は来ないので、ここは速やかに兵を進めて城に乗り込むべきだという事だった。
「罠があるのではないのか?」
「あったとしても、敵は十数名の小勢。数で押し切れば、どうってことはないかと」
それは……一理ある。犠牲は出るだろうけど、ここでモタモタしていては、もしかしたら美濃から大軍が押し寄せてくるかもしれない。
「わかった。では、明日……」
「殿」
「なんだ?」
「今こそ、手柄を立てる好機です。朝比奈様が眠っている今こそ、これより我らの手勢だけで清洲城を落しませぬか?」
「はい?」
一瞬、何を言われたのか理解できず、朝比奈様の方を見ると……すでに気持ちよさそうに夢の世界に旅立たれた後だった。
……という事は、この那古屋城に居る兵は使えない事になるわけで、藤吉郎の言に従えば、ここに連れてきた30名余りの護衛兵で清洲に向かうことになるわけだが……
「さあ、どうかご決断を!ここが功名が辻にございますぞ!!」
いや、その心意気は買うけれど、やはり、それは流石に無謀が過ぎるのではないか?
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