『8月2日、夏休み2日目』
名月 楓
『8月2日、夏休み2日目』
うだるような暑さの中、1人縁側で物思いにふけていた。1学期の自分からしたら考えられないくらい暇な日々が始まろうとしていた。
4月、2年生になることでクラス替えがあり、百瀬と隣の席になった。異性ながらゲームや好きなアイドルの話があってよく話す仲になっていた。そしていつの間にか一緒にゲームセンターや映画を見に行ったり、放課後は互いの家でゲームをするようにまでなった。周囲からは付き合ってるんじゃないかと揶揄われたりしたけど、恋人なんかより親友と言って欲しいと思っていたし、百瀬もそう思っていると勝手に考えていた。
そう、恋人なんか薄い関係でしかないのだ。
一年前、入学してしばらくしてから部活で仲良くなった人がいた。次第に互いに惹かれてどちらからともなく告白して付き合うことになった。しかしそれは長く続かなかった。互い方求める恋人像にそぐわず、すれ違い、喧嘩をし、別れる。ありきたりな理由と展開の下、二度と話すことはなかった。それから恋人という関係は非常に薄っぺらいものだと思ってしまったのだ。些細なことで関係が壊れ、互いの理想に合わせて自分を出せなくなってしまうことがある。それなら友人でいた方がよほどもいい。
だから百瀬とは親友であり続けたし、そうありたいと思っていたはずだった。
7月、百瀬の転校が決まった。急な親の転勤によるものらしい。キリがいい夏休みになるまではいることになっていたけど、その話を聞いた時はショックでしばらく頭が回らなかった。しかしすぐに遊ぶ予定を立てて転校までに目一杯遊ぶようにした。映画に行きプールに行きスイーツを食べに行き、周りの人が恋人と思おうがそんなことどうでもよかった。百瀬との時間はその時の短い時間しかなかった。
そして転校、引っ越す当日、昨日、百瀬のことを見送った。短い期間だけど気の合った親友を見送ることを考えたら涙が出そうだった。現代はスマホがあるからどこからだって連絡できる、と自分に言い聞かせて必死に涙を抑えていた。一方の百瀬は会った時から目を真っ赤にしていたので、会う前にたくさん泣いておいたんだろうな、と思った。空港のロビーで最後の別れを告げる時、百瀬から一枚の封筒のようなものを渡され、それは手紙だから、あと今日はまだ空けちゃいけない、ということを言われた。頭に疑問符を浮かべながら受け取り、片手に手紙を持ちながら反対の手で大きく手を振って見送った。
そして、今に帰る。
縁側で冷たい麦茶を飲む模範的な夏休みの過ごし方をしながらやっと現実に戻ってきた。百瀬とはもう会えない、その事実が胸を締め付ける。そして初めて、百瀬との関係を本当はどうしたかったかを考える。
恋は独占欲だ、と言う人がいる。百瀬のことは独占したかった。恋人ができたりしたら百瀬を取られて悲しかっただろう。
恋は性欲だ、と言う人がいる。そうは思わないし百瀬と何かをするのはあまり想像できないけど、少なくとも抵抗はない。
恋は子孫を残したい欲望だ、と言う人がいる。百瀬と家庭を持って子どもがいたら楽しくはあるだろうな、と思う。
恋は盲目だ、と言う人がいる。多分百瀬と遊んでいる時は盲目だったし、転校を知ってからは盲目となって他のことを蔑ろにしていた。
ああ、これは恋なのかもしれない。
けれど、それはもう取り返しのつかないもので、もう決して掴むことができない。この絶望的な恋を、自覚してしまった。百瀬に会いたい、この感情を伝えたい、そんな破滅的な願いを沈みゆく夕日に投げかける。
そんなふうに再び思想の世界に潜り込もうとした時に手紙の存在を思い出す。結局何が書いてあるのだろう。百瀬には当日に開けてはいけないとしか言われてないので開けて中を見る。すると中には押し花の栞が1枚入っていただけだった。百瀬は手紙と言っていたけどなんなんだろう、と思案しているとひとつ思い至る。そういえば百瀬は花が好きで、よく部屋に花を飾っては花言葉を滔々と話していた。おそらく花言葉がなんらかのメッセージになっているのだろう。傍からスマホを取って目の前のオレンジ色の押し花について調べる。似たような花が沢山あってどれなのかよくわからないまま1時間が経つ。SNSの集合知に頼ればすぐかもしれないが、それは百瀬に対する不義理のように感じて必死にインターネットのサイトを駆け回った。やがてそれが百日草と呼ばれるものであるとわかった。そして花言葉は───
少し気持ちが晴れたような気がした。どこまでも百瀬とは親友で、多分それは告白しても、どんなに離れてもずっとなのだ。
難しい手紙を渡されたことの仕返しとして、素直じゃないメッセージを送る。
『故に友愛あり』
「ははっ、らしい返し方だね」
ジニア
和名:百日草
花言葉:『不在の友を思う』
『8月2日、夏休み2日目』 名月 楓 @natuki-kaede
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