第43話
恨み節を口にしながら客室を出た壊加を清良は腕を組んで見つめた。
母親は、ギリギリまで働いて倒れて僕を産み落として死んでしまった、咲にはそうはなって欲しくない、そう願う余りの暴言にこの春蘭に忠誠を誓う堅物の臣下は、不信感を抱くだろうか?
壊加の真剣な様子に、呆れたように清良はため息を漏らした。
「貴方も人の兄ですね」
「何?僕は人間だもん、人の心くらい理解出来るさ」
貴方の妹様が身籠っているのは、陛下のお子ではないんですがね、と囁く清良に、壊加は目を見開いた。
「うちの陛下を余り責めないでやって貰えませんか、あの人は色んな事に参ってて不義も許してしまった程に疲れているんです」
「相手が誰か、皆知ってるの?」
お妃様とうちの妹以外は、と廊下に控えた一行が罰が悪そうに頷き、兢が、申し訳なさそうに頭を垂れた。
壊加は、瞬時に誰が父親か察して兢に摑み掛かる。
それを部屋から出てきた春蘭が背後から止めた。
「春ちゃん!」
「分かってる、殴るな、こんな奴、お前に殴られる価値さえないよ」
大丈夫、産まれた子供は私が実子としてちゃんと育てるから心配するな、と壊加の背にしがみ付く。
ごめん、春ちゃん、僕何も知らなくて酷いこと言った、と静かに呟く壊加に、いいんだ、悪いのは私だ、お前じゃない、と春蘭は笑顔を向ける。
「お詫びに、この金で船を雇って大河を北上し王都まで咲と花梨、玉露を無事に送ってくれないか?これは劉宝に直々に渡してほしい。私が玉露の件、詫びていたとも伝えてくれ」
春蘭は、大金を壊加に握らせると、お釣りはお前の自由に使っていいよ、と告げ、三通の書簡も手渡した。
一通は、李 宰相宛、一通は、張女官長宛、最後の一通は、楊 法益宛だった。
多分、今や王宮に李 宰相の味方は楊大臣しかいないだろう。
返事が一通も来ないなんて劉宝に関してはあり得ない、誰かが途中で気切り潰しているのではないか、と不安がよぎる。
王 老師の迷惑になるようなことだけはするなよ、と念を押し、春蘭は荷物を手にした。
「私達はこのまま盧城に向かう。弥に南栄国建て直しの勅命を出して兢と唯ちゃんの婚儀を終えたら一旦王都に戻る、だからそれまで頼むぞ」
春蘭の意思を知ると、壊加は了解しました、国王陛下、と拝謁した。
馴れ馴れしい態度とは別に、臣下である自覚も常識も備え持つその姿に、清良は自ら志願して護衛となる道を選んだ。
陛下に同行できないのは残念ですが、と苦笑して見送るその姿に、春蘭は頼もしくなったな、と微笑んだ。
春蘭、兢、唯、瑠記、一途、黄、風虎は、陸路で盧城へ向かう。
一方、壊加に先導され、玉露、花梨、咲、清良、千春は船で王都に向かう。
先に出発した春蘭一行を春華と禄渕は追った。
この先に待ち受ける困難をまだこの時は誰も正確には掴んではいなかった。
高台から見下ろすそこは、大河の要塞都市、盧城。
まだ小さなこの世界の王は、将来どんな風に世界を変えるのだろう。
渉 春蘭。
齢十六。
人並みの男子より背の低いその少年は、この世界を生きるただ一人の世界の王。
その実態は、東栄国の国民もまだ知らない。
彼の世界はまだまだ始まったばかりであったー
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