第33話
その頃、兢は下女から着替えを受け取ると、目の前を歩く春蘭らしき人物に声を掛けた。
「春蘭、着替え早いな、なぁ、千春も濡れたしあっためてやらないと風邪引くんじゃないか?」
ぽん、と肩に手を置くと、首を傾げる仕草に兢は眉を寄せる。
「しゅんらんとは誰のことでしょう?お客人…」
「はぁ?お前だよ、お前!ちょっと大丈夫か?」
廊下に響く兢の声に、春華は、初対面の人にお前呼ばわりされる覚えはない、と兢の腕を掴んでねじ上げる。
兢の悲痛に満ちた悲鳴が響いた。
「兢兄貴?あ、春華ちゃんと渉を間違えたんだね、あれ?本物どこ?」
振り向いた風虎が辺りを見渡すが、春蘭の姿がない。
清良が窓から外を見ると、ちょうど冬樹に春蘭が打たれる瞬間だった。
「春華、その人の腕を離せ!結殿、急いでください、陛下が!」
叫びながら清良は窓から飛び降りる。
なんなんだよ、一体!、と兢も痛む腕を押さえて春華を振り解くと、窓から飛び降りた。
「兢君?!」
「お兄様!」
唯と花梨の心配する声を余所に、清良と兢は春蘭の元に降り立つと、冬樹との間に立ちはだかった。
「いたた、お前たち遅いよ…」
左頬を押さえて尻餅をついてはいたが苦笑しながらも、しっかり千春を抱き留めている辺りは流石だな、と清良はホッとした。
兢は、冬樹に摑み掛かる。
それを用心棒が割って入って制した。
「お前、この人に何をした!東栄国の国王だぞ」
怒鳴る兢に、冬樹と用心棒は、目を見開くと慌てて一歩引いた。
「え、娘ではないのか?てっきり子犬を拾ってきたものとばかり」
混乱する冬樹に、用心棒も意味が分からなそうに首を傾げる。
「兢、いい、大したことないから。そうか、誰かと勘違いしてたんだな、私は東栄国国王、渉 春蘭と言う。萩 提安の息子だ」
春蘭の声に、冬樹も用心棒も目を丸くして慌てて平伏した。
知らぬこととは言え、本当に申し訳ありませぬ、と地面に頭を擦り付ける勢いの二人に、兢と清良は溜息を吐いた。
「陛下が春華にそっくりなことを説明しなかった私が悪かったのです、申し訳ありません」
清良も深々と春蘭に頭を下げる。
兢が春蘭の頬に手を添えて顎が外れてないか確認する。
「まぁ良かった、春華とやらという女子の顔を打ったとなれば跡にもなろう?その点、私で良かったよ」
春蘭は、笑顔を貼り付けたまま冬樹を見下ろした。
す、と手を出すと、冬樹に握手を求めた。
「暫く厄介になる、改めて頼む」
「こちらこそ、御逗留痛み入りまする、なんのお構いもできませぬが」
冬樹の手を握って、春蘭は漸くまじまじと冬樹を見た。
瞬間、全身を駆け巡った懐かしい感覚に目を瞬いた。
「栄陽領主、平 冬樹、と申します、お見知り置きを」
そう挨拶すると立ち上がる冬樹を見上げて間違いない、と確信した。
「そなた、知り合いに後宮に上がった初雪という女性を知らないか?」
春蘭の口から出た、母の名に、兢と清良が身構える。
「ええ、初雪様は我が家の本家である海の向こうの国の城主のお姫様でしたな」
「私の母だ、そうか、こんな所にまだ血の繋がる親族がいたのか」
どこかホッとしたような嬉しそうな春蘭の腕の中で、千春がくしゅん、とくしゃみをした。
それと同時に、呼ばれた医師が下男と共に敷地に入ってくる。
「子供の患者は何処に?」
「此方だ」
用心棒が急いで案内するのを下男が振り返り様に、春華お嬢様もお怪我の手当てされませんと、と叫ぶ。
春蘭は、え、私?、自分を指差してきょとん、とした。
ここのお嬢ちゃん、本当にお前にそっくりだったよ、俺でも間違えたくらいだ、と兢も苦笑する。
春蘭達は、冬樹の案内で屋敷に入る。
お犬様もどうぞ、と今度は快く案内して貰えた。
千春が、尻尾をブンブン振ると、本当は動物好きなのだ、と冬樹も苦笑した。
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