また、始めたんだ……。

るかじま・いらみ

 また、始めたんだ……。

 驚きに手が震えた。

 また、始めていたなんて。



 小学生の頃、姉の演奏会に嫌々連れて行かれた。

 イスに座って不貞腐れていると、胸の奥まで届くかのような音が響いて飛び上がった。


 壇上を見ると同い年ほどの男の子がバイオリンを弾いている。

 よく通る音色だった。

 手に弓が吸いついているようで、動かすとき全くブレていない。

 明らかにほかの奏者とは一線を画していた。

 心を奪われ、夢中で彼のことを見続けた。


 帰りの車でも家でも彼のことを話し続けた。

 苦々しい顔をする姉を尻目に、彼がいかにすごかったか、魅力に溢れていたかを語った。


 パンフレットで彼の名前はわかった。


 ふ〜ん、◯◯くんっていうんだ。

 なんだ、同じ学校じゃん、知らなかった。


 それから彼の追っかけを始めた。

 どんな小さなコンサートでも頼んで連れていってもらった。

 完全にファンだった。

 直接話すのは恥ずかしくて、代わりに彼の近くにいる女子と仲良くなった。

 その子といっしょに彼のことを話し、彼のことで喧嘩もした。

 


 中学一年のとき、事件が起こった。

 彼がセクハラで女性教師に訴えられたというのだ。

 友人に聞いてみると、わざと転んでぶつかったり、振り向いたときに肘を胸に当てたり、事故に見せかけてやっていたという。



 走って彼に会いに行った。

 話すのは初めてだった。


「ほんとに、そんなことしたの……?」


 振り返った彼の顔があまりに恐くて、思わずそんな聞き方をしてしまった。

 すでに彼は変わっていた。

 世を恨む目をして、返事もなかった。



 腐れ縁か、彼とは進学先も一緒だった。

 見る影もなく落ちぶれて、バイオリンもやめていた。

 昔あこがれていた姿は、今や視界に入るだけで苛立ちを感じるものになっていた。

 からんで事あるごとにからかった。



 あるとき、仲の良い女子と彼の部屋へ上がることになった。

 べつに大した理由はない。

 ただ、気持ちに整理をつけたかった。


 それがまさか、また彼のバイオリンを聴くことになるなんて……。


 彼はいつの間にかバイオリンをまた始めていた。

 一曲、披露してくれた。

 初めて聴いた、あの曲だった。


 かつてあこがれていた男の子が、昔の姿を取り戻している。


 顔に出てはいけないと必死にこらえる。


 バレないよう、涙をぬぐった。


 


 

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また、始めたんだ……。 るかじま・いらみ @LUKAZIMAIRAMI

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