第34話 4月27日
「起きろ。」
大地と藤井が監禁されている部屋に、目出し帽の男2人が入って来た。
「おい、兄ちゃんの方。」
「え?あ、はい。」
「お前だけ来い。何かしたら弟は殺す。」
寝ぼけている藤井は、兄ちゃんって俺だったよな?という顔をしながら立ち上がった。
「おい、弟。お前はここに残れ。何かしたら兄ちゃん殺すからな。」
そう言い残して目出し帽の男たちは藤井を連れて部屋から出て行った。
テーブルの上には、手作りのようなおにぎりと紙パックの牛乳が置かれていた。
大地は奇妙でちぐはぐな威圧と優しさと共に部屋に残された。
藤井が連れていかれたのは、桂子の実家の裏手の山の中だった。
そこには1坪ほどの小さなお社があって、藤井はその前に立たされた。
「兄ちゃん、そこから配信しろ。」
俺のことを大地の兄ちゃんだと信じてるってことだよな。
藤井は努めて冷静に考えた。
「えーと。どんな内容にするかだけ教えてもらっていいですか。」
「桂子がこっちに来たくなるような内容だ。」
「ざっくりっすね。何通りかやってみてから考えますか。」
「始めろ。」
そんな急に出来ねえだろ普通。まったく、ど素人が。そう思ったが。
「それじゃやります。」
「母さん俺です。大地が人質に取られてまーす。母さんに来いっていってるよ。」
「やめろふざけてんのか。」
「やっぱダメっすか。」
「弟殺されたいのか。」
「違うバージョンいきます。」
「始めろ。」
「はいやって来ましたばあちゃんちの裏山。まあまあな感じですねー。
見てください、なんかちっちゃい神社みたいなのがあります。
これは壊して呪われるっていう例のアレですねー。」
「やめろ、弟殺すぞ。」
「だって、桂子が来たくなるような配信て言うから。」
「観光客への呼びかけじゃねえんだ。ちゃんとやれ。」
「はい、すいません。」
案外冗談が通じる男だな。そう感じて余裕が出て来た。
「ちょっと時間もらっていいですか。観光案内じゃなく、物騒な内容じゃなく、
大地が人質だってことが母さんにだけ分かるようにするってことですよね。」
「わかってんなら、最初っからそうやれ。」
そんなこと言われたってさ。
大体、俺の姿を見たところで、桂子さんは『は?』って感じだろうから、
大君の名前は出すとして。今後のことを考えると、俺、自分の顔は晒したくなかったなあ。まあ、もうこうなっちゃしょうがない。
俺の顔見て、八谷さんか関口が助けてくれるって考えよう。
「早くしろ。」
「はいはい、始めまーす。」
【藤井の動画】
「はい、やって来ました奥川村。奥川家の裏山にある、ちっちゃなお社の前におります。私、いつもは顔を出さない、大地の兄です。昨日ですね、大君と2人でばあちゃんの家にやって来たわけなんですが、実はちょっとしたトラブルがありまして。
大地君は今だいぶピンチです。なんて言うのかな。まあ、言ってみればもらい事故ならぬ、もらい呪い?とでもいいますか。弟たちが次々大変なことになってしまって、
兄ちゃんとしてはここが頑張りどころです。
こっちには親戚がいっぱいいて、みんな協力してくれてますので、とりあえず兄ちゃんはこのお社にお祈りしておきます。大君が助かりますように。母さん、これ見てたらこっちに来て一緒にお祈りしてくれえ。」
「どうっすか。」
「まあいいだろう。いったんこれで配信してみるか。ほらやれ。」
「あ、それも俺がやる感じなんですね。」
「当たり前だろう。」
「そうっすか。」
わかってんのかなあ?奥川村で呪いのトラブルって言っちゃたぞ俺。
チケットの要らないイベントの告知みたいじゃないか。
こいつら、それでどうなるか、とか考えつかないのかな。
桂子さんも来るかもしれないけど、
『あの桂子さんが来る!』ってことで野次馬もきっと山ほど来るからな。
「このまま投稿しちゃっていいってことですよね。」
「そうだ。はやくやれ。」
どんなことになるんだろ。はああ、嫌だなあ。
この配信が世間の人にどう思われたか?
この数日で、愛と献身の家と奥川家とのトラブルは徐々に世間に知られるようになっていた。
藤井の回はパクリ系か便乗系と判断されるかもしれないが、
『奥川村かあ。休みになったら行ってみよう。』
くらいには思われていたのだ。
そして、この配信に対する藤井の不安は、自分の危険が増すからというものでは
決してなかった。
どうしてくれるんだよ。明日からゴールデンウイークじゃないか。
こんなの配信されたら野次馬だけじゃなく野次馬系ユーチューバーが大量にやって来て俺のテリトリーが荒らされる!絶対に嫌だあー。
八谷さーん。早く何とかしてくださいよー!!。
その声が八谷に届いたのか。
動画が配信され、藤井が大地の残されていた監禁部屋に戻ってからわずか数時間後。
夜には何とかなってしまった。
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