焦がれ
杜侍音
焦がれ
「私はトップアイドルです」
アイドルオーディションの自己紹介で、彼女は当たり前の顔をして言った。
そんな彼女の容姿は申し分ないほどの可愛さ。
合格を出したのちに行われた歌唱・ダンスレッスンでも
だが、彼女は努力を惜しむことはなかった。
それがトップアイドルだからと。
そもそもとして、私の事務所は大手でも中堅でもない地下アイドルグループを一つ抱えるだけの小さなものだった。
新たに彼女が加入したグループのSNSフォロワーは3桁がやっとと無名に近い。
トップアイドルと自称するならば何故ここを受けたのかと、ライブハウスから自家用車で家に届ける際に聞いたことがある。
「んー、上り詰めないとトップアイドルって感じがしないかなって。最初から用意された椅子に座るのってさ、誰が座ったかも分かんないのに嫌じゃない? だったら椅子を作るところから始めたいかなーって」
渋滞に巻き込まれ進まない車。
静止した窓の外を見上げる、バックミラーに映る彼女が何を見ているのか。
私も目線だけやると、街頭に蛾が群がっていた。
最近では虫が集まらないようLEDを使用していると聞いたことあるが、都心にまだ残っているとは珍しい。
「トップアイドルになれば一生食ってけるわけじゃないぞ。アイドルはあくまでも通過点。そこで名を売って、女優やタレントに転身、あるいはブランドの立ち上げか、芸能人や社長と結婚して身を固めるかの後の選択が広がるだけだ」
「えー、マネージャーも雇えない社長と結婚するなんてやだなー」
「別に俺としろなんて時代錯誤なことは言ってない。ただ、俺もお前らに食わせてもらわないと困る」
「あ、死んだー」
彼女が見ていた蛾の群れの一匹が、どうやら蛍光灯に焼かれて地面に落ちてったらしい。
いつも話半分にしか聞いていない彼女に聞いているのかと注意した。
「聞いてる聞いてるー。んー、別にお金を稼ぎたいとかじゃないし。私はトップアイドルなだけだから」
「……お前、なったら死ぬとか言わないよな」
「するわけないじゃん。じゃあ私もう死んじゃってるじゃんか。やっぱ社長は古いね。昭和のオチじゃん」
「平成生まれだ、私は」
「青だよ」
前に並ぶいくつもの車が進む中、私だけ取り残されてしまい、後続の車にクラクションを鳴らされてしまった。
慌てて発車した私を見て、彼女がケラケラと笑う様をバックミラー越しに見た。
それから数ヶ月後。
7人グループの内、実に4名のメンバーがファンと裏で繋がっていた契約違反が判明し、解雇。
さらに2人がこれを機に退所。
「二人きりになっちゃったねー」
自称トップアイドルは呑気にポテチを食べながら、事務所兼私の部屋のソファでくつろいでいた。
「太るぞ」
「チートデイ」
「はぁ……何でお前はアイドルを辞めなかったんだ」
「まだ私がトップアイドルからだよ。まだ……焦がれてないからさ」
「焦がれて……?」
「そそ♪ はい、社長は私に専念して売る仕事をしてくださーい」
「アイドルとして活動したいなら別のとこ行くべきだけどな。私にそんなツテなどない。唯一のグループが解散したことでファンや関係者から見放されたしな」
「今の時代SNSとか配信とかあるんだし。なんとでもなるでしょ」
「あのな、ソロは今のご時世売れないぞ。それこそ昭和のアイドル。箱売りが基本だ。若いくせに考えが古いぞ」
「それももう古いよ〜。時代は回るものだよ? 今がないなら新しく時代を作ってあげるよ。それがトップアイドルたる所以だよ?」
辞める気のない彼女のせいで、朧げな夢だった私のアイドル事務所経営はまだ続くようだ。
──だが、その景色はギラギラと輝くものとなる。
一人になってからの彼女の躍進は凄まじかった。
元々、ソロ活動が合っていたのだろう。そのことを私は見抜けなかった素人だ。
……それに、トップアイドルの椅子が置かれる台座は一つしかない。
彼女にとってメンバーはいらぬ存在だったか。
だからこそ、新たにオーディションを開くことも、移籍も受け付けず。事務所の社員採用も行わなかった。
「──どうよ社長。これがトップアイドル」
女性のソロアイドルとしては40年ぶりとなる大きな会場でのライブ、そのステージ裏。
彼女はしたり顔で言った。
「おかげさまで美味しいものを食わせてもらっているし、十分な蓄えもできた」
「でしょ?」
「だが、このライブを開催するにあたって多くの関係者やスポンサーが関与している。それにファンがいるからこその開催だ。決して自分だけの力と驕るなよ」
「さすがにそれくらいは分かってるって、感謝感謝! じゃあ、そろそろ行くね」
しかし、彼女がいてこその今があるのは間違いない。
我々は彼女の輝きに群がる蛾だ。
別に彼女が好きだから、憧れているからという純心な気持ちだけでいる者ばかりではない。
アイドルは、愛を
彼女は今この瞬間が一番金になる。
正直なところ、決して若くはない年齢まで来ている。
もう、次世代のアイドルも台頭している。
「最後に一ついいか」
そんな彼女が見つめる頂点の先を私は聞きたくなり、思わず引き止めてしまった──「このライブが終わったら、次はどうしたいんだ」
彼女は振り返り、「私はトップアイドルのままだよ」と彼女は当たり前の顔で言った。
「……そうか。お前は最初からそんな奴だったな」
「──あ、でも次は違うトップアイドルになるかな」
「違うトップアイドル……?」
「うん。今の私はみんなにとってのトップアイドルだけど、誰か一人のためのトップアイドルにもなるかなって。そだなー、どっかの社長と結婚するとか?」
「……なんてね」
私しか見たことのない表情を、秘密にしてねと目配せされ、人差し指を唇に当てる彼女。
そして煌びやかに照らされたステージで、彼女はトップアイドルとして光り輝き続ける、
──対して私はいまだ暗い影の中。
私が見つめる先には彼女しかいない。
いまさらに。
気付いてしまったのか。
光に近付き過ぎた一匹の蛾は、焦がれ、落ちた。
焦がれ 杜侍音 @nekousagi
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