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「助かりました、ありがとうございます」
ベリーショートにくっきりとした
医務室のベッドの上である。
両手には包帯が肘まで巻かれ、シーツに投げ出されている。ところどころ血は滲んでいるが、防弾グローブのお陰だろうか、後に障る傷にはなっていないようだった。
こくん、とうなずいたのは、このムラにふらりとやってきた、先ほど大立ち回りをした男、その人だった。
「
「……元々が医者なのですよ、
照れもせずに男はいった。
水や食料ぐらいは、たとえ相手が男であろうと、礼を失わず乞うのなら、分けたであろう。このM
通常の女のムラであれば、男など文字通り門前払いだろう。
とはいえ、歓迎をもって門を通されたのは、桃安と名乗る男が、男と敵対してまで女を守るような稀有な客人だったからだ。
オババの家まで向かう途中、珍しい
ムラへの男の出入りは皆無ではない。
が、行商の男や行き倒れた家族など、ほとんど好奇の目を向けることさえないような男ばかりだった。
それに、たまに押し入ってくる暴漢ども。
浴びせるのは同じ黄色い声とはいえど、全く別種の声なのはいうまでもない。
案内を済ませたあと、蒼白な顔で倒れそうになった銃使いの門番——名をオモンという——を抱き止めると、もうひとりの門番(オサネ)を先導に医務室へと向かった。
医者はどこかへ駆り出されており、あわてて捜しに行ったオサネを止めそこなった桃安は、自ら弾の摘出と消毒、それから糸を使っての簡易な治療を行い、包帯を巻いてやった。
そのすぐあとオモンは意識を取り戻したのだった。
「それにしても先生。あんた、とても色男だねえ。男にしておくのが勿体ないぐらいだ」
「よくいわれる」
「中身はあんまり可愛くないみたいだけど……あれ、オサネはどこへ行きました?」
「医者を捜しにいったようだ」
「あら、そうですか」
いうと、オモンは破顔した。「先生みたいな色男見たらきっと質問攻めにしたり誘ったりするかと思ったんだけど、あたしのほうを優先してくれたんだねえ」
「某を、誘う? あの小娘が?」
「まあ、あの子はおぼこですがね。昨年の七ゾロの日にも流行り風邪であぶれちまったし、そういうのに憧れる年頃でもあるんですよ。いつか、
遠い目をするオモンから目を逸らし、桃安は呟くようにいった。
「そのほうが案外幸せかもしれないな」
男と女の分断は、仕組まれたものだった。
米王と中つ国の使者によって、男は女を消費する者、女は男を踏み台にする者であると植え付けられた。
実際には彼等にこそ消費され、支配されているのにも関わらず、その言葉を真として受け取ってしまうほど日本人は疲弊していた。
疲弊させたのも、彼等の手先である売国奴の仕業だったというのに。自分の頭で考えることなく、失敗を恐れて勝ち馬に乗ることしかできなかったり、不本意な状況を招いたのは誰それの陰謀だという安易な考えに乗っかったり、はたまた不平不満を肯定してくれる工作員の思想に容易く染まったり……。そういう怠惰さが売国奴の進出を後押ししたのだった。
そもそもの始まりはちょっとした痴話喧嘩めいたものだった。主語の大きい者同士が当事者を捨て置いて激しく舌戦を繰り広げ、やがては各地でのいざこざへ、ついには内乱へと発展し、日本という国はほとんど国家の体を成さなくなった。
富のほとんどは米王領やその支配地に集中し、わずかな資源も男女の諍いのために消費される——それがいまの日本だった。
出稼ぎと称してムラを出、王領地で退廃的な生活をする女も決して少なくはない。
無理やり犯され子を孕むより、金銭を対価に体を売り、できた子は売っぱらったほうがナンボかマシな生活なのかもしれない。
日本人はまだ死滅していないが、風前の灯火である。
オババの家で、宴というにはささやかな晩餐を取ったあと、用意された寝具に桃安は身を包んだ。
うとうととし始めた頃、不意に人の気配を感じ、桃安は半身を起こした。手には糸。
だが、侵入者は目を丸くして、桃安を見下ろしていた。
オモンだった。
「驚かさないでくれ」
再びごろりと横になった桃安の傍へひざまずき、オモンは深々と頭を下げた。
「お情けを頂戴いたしたいのです」
「無理だ。某には子は作れぬ」
「だとしても肌を合わせたいのです」
桃安がぎょろりとオモンを見た。
「某が、女でもか?」
「えっ」
しばし、オモンは絶句した。
布団を巻き込むようにして背を向けた桃安の背後へ、オモンは身を寄せた。
「オトコだオンナだなんて些細なこと。心根が勃起してるのであれば、あたしはそれをがっぷりと咥え込みたいのです」
桃安の背が震えた。
笑っているのだ。
突如、がばっと振り向き、力強くオモンを抱きしめた。
「某、体は女人なれど、心根は立派な男なのだ。まこと、心は勃起している」
「桃安様……」
蕩けるような声音が、鬨の声となった。
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