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 蛞蝓なめくじのまぐわいのような濃密な行為をたっぷり五時間近くも続け、草木すら夢も見ない夜更けになった後、半分寝ぼけながらオモンが思い出したようにいった。

「そうだ、あんた、こんなこといつまでも続けてる場合じゃ、……ちょっと、ほんともうダメだから」

 手と舌を動かしたまま、桃安が目で先を促す。

「早く、ここからお逃げよ、先生……あの化け物、近いうちに来るわ」

 桃安、舌で唇を拭いながら、

「女の勘か?」

「そうよ、今度こそ大事おおごとに——」

 オモンの体から離れ、涅槃仏のような格好になって桃安はにやりと笑った。

「某は、その手の勘というのが、とんと働かぬ。体ではなく、違うところから来るのかもしれんな」

「冗談じゃないんですよ、あたし心配で」

「わかってる」

 優しくオモンの髪を撫でながら、桃安はうなずいた。

「おまえさんの勘は当たるだろう。……某と彼奴きゃつとは


 桃安の予言の通り、まだ夜も空け切らぬうちに再び暴漢どもはやってきた。数は十人そこそこだが、変わらぬ脅威である。

 門番の数は五人に増えており、各自銃を手にしていたが、オモンほどの腕前があるようには見えなかった。

 今回は先陣を切って、あの巨魁が門へと迫った。皆、途中で鉄の馬を降り、徒歩である。

 門番の一人が威嚇の声をあげようとした時、後ろから肩に手を置かれた。

 桃安だった。

「客人だ、怖がるな」

 言葉の意味はよくわからなかったが、それでも桃安の落ち着いた声に、彼女はこくんとうなずき、道を開けた。

 三尺ほどの間を空けて、桃安と巨魁は対峙した。

 巨魁は、ぽいと何かを投げた。

 桃安のすぐ前にそれは落ちた。ずしり、と重みを感じさせる代物だった。洗面器程の大きさの黒い金属製の何か。

 それは米王こめおう軍が使役する、偵察型ドローンだった。本来は光学迷彩により不可視となって宙へ浮かんでいるはずのものだ。

「おまえさんは、同類だと思った。ほとんど勘だったがな。予想通りだったよ。……あの時、こいつをはじいたな」

「ああ」

 流し雛により飛ばした珍宝ちんぽうのうちひとつが、このドローンを撃ち落としたのだった。

「そちらも随分目がいいな。惚れ惚れするよ」

「なぜあたしがここへ来たか、わかってるようじゃないか」

「ああ。受け入れる用意はできている。ムラのババとも密約は済んでいる」

 桃安の背後にいた門番達に動揺が走る。それは暴漢達も同じだった。ざわ、ざわ、とどよめきが起こった。

 巨魁が腕を組む。

「生き方は違えど、国を憂い、日本を愛する同士。……殺られた者たちが全て非童貞だと気づいた時には、あたしは愕然としたよ」

「淫水焼けした奴儕やつばらの中には無辜むこの者もいたかもしれんが、運不運も寿命のうち。こんな世の中ではな」

「おまえさんは鼻のほうが利くと見える。……あんな奴等も可愛い時期はあったもんさ。ムラからあぶれ、群れるしか生きる道のなかった可哀想な奴等さ。血を残すには犯すしかなかった」

「桃安先生! 受け入れるって、どういうことですか!」

 声をあげたのはあとからやってきたオモンだった。息を切らしている。

 桃安は振り向かず、答えた。

「文字通りの意味だ。今ならドローンもおらぬ。男どもを中に導くならいまのうちだぞ」

「あんな卑劣漢!」

「だが、日本人だ」

 桃のせっく🎎、端午のせっく🎏、七夕タナボタ🎋と、こんな世の中でもハレの日はある。くじで決められ結びつけマッチングられたムラ同士が妙齢の男女を差し向け、この日ばかりはと睦みあうことによって、かろうじて純粋な日本人は保てているのだった。特に七ゾロの日は管轄内の全てのムラが入り乱れ大熱狂フィーバーすることとなる。

 しかし、それも米王の手の内。

 血が混ざれば人並みとはいかないまでも、道具として使い捨てにはできない。米王領とて一枚岩ではないのだ。つまり純粋な日本人ヤプーズは、繁殖さえも管理されているのだった。

 ムラからあぶれた輩も例外ではない。出生率が下がりそうだと人工知能が弾き出せば、情報の流出リークや犯罪のお目溢しが発生する。

 偵察型ドローンはまた、ムラへ押し入った男の数も把握し、出てくる数が足りないとなれば兵を派遣し人狩りをする。何かの間違いで種馬がムラに残れば、必要以上に繁殖してしまうからだ。

「でも、男どもにいいようにされたら女は——」

 オモンの叫びを背中で受け止めて、それでも振り向かずに桃安はいう。

「飯をたらふく食わせて、それ以上に精を搾り取れ。寝て食ってヤレれば男の牙なんて簡単にもげる。それに自分の子を抱けば、子供なんてという奴ほど子煩悩になるものだ。産めよ、増やせよ、地に満ちよ。そこから、我々の反旗は翻るのだ。孤独でいるのは、某のような外れ者だけでいい」

 巨魁の後方に控えていた暴漢達は毒気を抜かれたように呆然としていた。ひとり、またひとりと手に持つ得物がだらりと下がる。

「親分……」と誰かがぼそりといい、それは皆の代表された問いかけだった。皆の視線を浴びながら、その目はまんじりともせず桃安を睨んでいたが、無言でこくんと頷いて、しかりと示してみせた。

 男どもは名残り惜しそうに巨魁へ流し目をくれながら、門の方へと歩いていく。桃安に目を遣る者もいたが、そこにはなんともいえない表情が浮かんでいた。

 門番の何人かは身を寄せ合い、警戒は解いていなかったが、発砲する者もいなかった。

 オモンは背をピンと伸ばした姿勢で、ただ桃安の背中を見つめている。

「さあ、これで、あたしの役目はひとまず済んだようだ。せつの名前は亜也虎あやこ。問おう、けいの名を」

 巨魁が、左拳を突き出し、右腕を鉤の形にして軽く振り上げた。

「桃安。風祭の桃安だ」

 対照的に桃安は、自然体のままだ。

「さあ、死合おうじゃないか、桃安!」

 うれしそうに亜也虎が吠えた。

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