1

 雄叫びや奇声を上げながら半裸の男達が鉄の馬を駆ってM地区ブロックの門までやってきた。その数三十人あまり。

 その手には釘バットや模造刀など物騒な代物があり、中には猟銃を持っている者すらいた。

 対する門番はふたり。アメリカンフットボールのようなヘッドギアとプロテクターをつけてはいるが、華奢な体格は隠せていない。ひとりは短機関銃を持っているが、果たして弾は込められているのか。

「ケヒャ! モモのセック🎎パーティーと聞いてやってきたぜー! 門を開けろーッ!」

 鉄馬の先頭にいた、短髪に後ろ髪だけ伸ばした男が叫んだ。

「ならぬ! 退かねば撃つ!」

 門番の、紛れもない女の声だった。

「撃てるもんなら撃てればゃわ——」

 男の顔半分が吹き飛んだ。

 門番の手にある短機関銃から、うっすらと煙が上がっている。掃射で無駄弾を打つことのない、的確な腕前だった。

 男どもはそれでビビったりはしなかった。歓声が上がる。

 刺又さすまたを持った方の門番へ、騎上から釘バットを振り回した男は、絡めて得物えものを弾き飛ばすと、横座りにぺたんと尻餅を着いた門番の前に飛び降り、そそり立った。

「たまんねえなあ、その🍑のライン……!」

 凄腕の門番が銃口をそちらへ向けたとき、銃声が一発鳴って、短機関銃は取り落とされた。散弾に手ごと撃ち抜かれ、両手は血まみれでだらんと下がっている。

 男どもの視線が遠慮なく、ふたりの門番へ向けて、無骨なヘッドギアとプロテクターの中を透かし見るようにねっとりと這った。

 その時、防砂マントに身を包んだ人影がよろよろとやってきた。

「あン、なんだァ、おまえ⁉︎」

 左翼を担う片マッシュの男が、手にした模造刀を闖入者にかざした。刀は、斜め上へと突き出されていた。

「こんな怖い場面にでくわすなんて……どうか男の方々、退いちゃあくれませんか?」

 しわがれた、年老いた女の声に聞こえた。

 一瞬模造刀を持つ男は躊躇を見せたものの、すぐさま刀を振りかぶった。

「おまえのようなデカいババアがいるかッ!」

 一閃。

 しかし、そこに防砂マントの姿はなく、やりとりに目を遣っていた男達はざわついた。

「なんだってんだ、一体……!」

 釘バットを手に、門番を見下ろしていた男が後ろを振り返ると、血煙が宙に向かって吹き上がるのが見えた。

 一斉に鉄馬から転げ落ちる男達。

 その数は十ほどか。

 遅れて、阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡った。

 後方に控えていた猟銃の男が、前動作をほとんど感じさせぬ動きで銃を撃った。打った先には防砂マント。

 荒くれどもの集団の中を目に見えぬ素早さで横断したのか、すでに地に臥した模造刀男とは反対の側にいたのだった。

 猟銃の男の反応は早かったが、防砂マントのほうがより早かった。

 散弾で撃ち抜かれたマントだけが地面へとぐろを巻き、そのすぐそばにまっすぐ針金めいたものが上空へと突き立っていた。

 高さにして三メートルほどか。

 針金には大小様々な肉の棒が間隔を空けて串刺され、ゆらゆらと揺れている。

 それは、男達の珍宝ちんぽうだった。

 傍に立つのは、荒くれどもに負けない威容を誇る、ただし顔はやけに甘いマスクをした男だった。

 防砂マントの中身だ。

 それが、ぼそりと呟いた。

「桃安流、吊るし雛。<カン>」

 針金を発止はっしとつかみ、片手で勢いよく回転させたかと思うと、その端へと持ち直し、腕ごとぐるりとめぐらせてから、突き出した。

 針金のように見えたそれは、糸かそれに類するものだったようだ。

 しなやかに曲線を、弧を描きながら振り回され、そのあと音もなく先端からゆっくり地に落ちていった。

 針金めいた糸には、もはや珍宝のひとつも残っていなかった。

「そして、流し雛。<さん>」

 連続する悲鳴。

 串刺されていた珍宝が、つぶてのごとき激しさで未だ安穏としていた悪漢どもへと襲いかかったのだ。

 ただひとつ、あらぬ方へ飛んだ珍宝は宙で爆散したが、それ以外はたがわず男どもを落馬させた。

 目玉から突き抜けた者、口から入り首から飛び出た者、首筋に穴があき激しく血を吹き出す者、様々な有様で。

 地面を転がる男どもには一瞥もくれず、猟銃の男が鉄馬から降りた。

 どうやらこの男が集団の首領格ボスのようだった。

 無事を保っている、もはや十人足らずの荒くれどもは、無言で鉄馬の位置を下げる。

 長髪に鬼の形相、先ほどまでそそり立っていた針金の高さほどもある巨躯を、鈍さなど感じさせぬ軽やかさで歩ませ、この惨状をもたらした男の前へと立ちはだかった。

「おまえは、あたしと同類の匂いがする」

 カン高い声だった。

 見下ろされた男は、何も言わず、首を縦にも横にも振らなかった。

「今日のところはおまえに免じて退散するとしよう。次に会った時は、おまえとお前の息子は生き別れだ」

 呵々と笑って首領格は背を向け、その背を襲うような真似を男はしなかった。

 鉄馬の排気音が地を震わした。

 地にへたりこんでいた門番が、金切り声にしては可愛らしすぎる声で「バカヤロー、死んじまえ!」と叫んだ。

 その声は震えていた。

 死体を置き去りにしたまま男どもは姿を消し、その場にいた三人はしばし無言で同じ方向を見たまま、微動だにしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る