第3話 探知と新年(4)
* * *
タチアナとキムは準備を終えると、新年花が売られた会社に向かった。
一件目の会社に到着したとき、入り口付近に一人の中年の男性が立っていた。ハーマンよりも年上のようで、白髪が見え始めた男性だった。
彼はタチアナたちに気づくと、急いで駆け寄ってきた。
「タチアナさんですか?」
「そうです。もしかして新年花を製作した会社の方でしょうか?」
思いついた考えを元に尋ねると、彼は首を縦に振った。
ハーマンが製作側の人間にもできれば同席するよう、連絡すると言っていた。
現場の魔法道具に対して、タチアナたちだけで探知などを行うのは可能ではある。
しかし、後日、難癖付けられると面倒なため、できれば同席してもらいたかった。
会社側としても、どういう結果になるか、この目で見ておきたいはずだ。
男性は自分が新年花を製作した責任者であると名乗り出た。
「ヘインズと申します。ハーマンさんからおおよその話は聞いています。この度はこちらの不注意でご迷惑をかけてしまい、大変申し訳ありませんでした」
タチアナは頭を下げたヘインズに対し、すぐに頭を上げるよう促した。
「二度とこのようなことは、起こさないようにしてください。今は急ぎですので、先に対応しますが、後日、所定の書類を該当の課に提出していただくことになります。そちらもお忘れなきよう、お願いします」
ヘインズは深々とうなずいた。
挨拶もそこそこに、早速本題に入る。入り口にある、新年花を二つ見据えた。
「こちらにある新年花が、そちらで売ったものですか?」
「はい。私どもの会社の名前が入っています。間違いありません」
ヘインズは新年花の鉢の隅に書かれている、文字を指さした。たしかに会社名が明記されている。
「こちらにお勤めの会社とは、連絡は取れましたか?」
「社長さんと連絡が取れ、会社に行くのは難しいから、こちらで勝手に対応しても構わないと了承を得ました。他の会社については、私どもの方で連絡を取って、確認しても構わないか聞いている最中です」
「わかりました。連絡のやりとりについては、お任せします」
タチアナは目を細めて、新年花を見据えた。
「私たちは取り急ぎ、魔力が漏れる心配がないか、確認してきます。先に伝えておきますが、私の魔力探知での判断となり、客観的にお伝えするのは難しい状況です。それでもよいですか?」
「はい、もちろんです。今は時間がありませんから、手早くできる方法でお願いします」
了承を得たため、タチアナは作業に取りかかるために、新年花に近づいた。
一度に全体を探知する方法もあるが、それではわずかな傷は見落とす可能性がある。
ハーマンからは仮に全部の会社を回れなくても、訪れたところについては見落としがないようにしてくれと言われている。
焦る気持ちはある。
だが、ここは一度心を落ち着かせてから取り組もう。
タチアナは確認のために、ヘインズに問いかける。
「何本の枝に魔力を注入しましたか? 十本ですか?」
「この大きさの新年花は十本です。それは間違いありません」
「どの枝に注入されているか、見ただけでわかりますか?」
「はい。この赤色又は黄色の花に注入しています」
その二色の枝を数えると、全部で十本だった。試しに一本、集中して魔力を探ると、うっすらとだが魔力が通りそうな感触はあった。
まだ実際の魔力は通っていないため、試験段階で通ったと思われる魔力の跡を辿るしかなさそうだ。
(思ったよりも時間がかかるかもしれない……)
課長や、他で応援にかり出された査察管たちは、タチアナよりも優れた魔法使いだろう。
自分よりも時間をかけずに確認するだろうが、それでも少しは苦戦するのではないかと思われた。
(でも、やるしかない)
日が少しずつ落ち始めている。タチアナは枝に手をかけ、目を軽く伏せながら、上から下まで枝を触っていった。
妙な感じがしないか、魔力が漏れそうでないか、細心の注意を払いながら、丁寧に気配を追っていく。
一本終える度に深く息を吐き出す。
(ミスは許されない。慎重に、でも素早く……)
そして次の枝へと手を伸ばした。
それを繰り返し、すべて終えたところで、肩の力が抜けた。
視線を感じたので、背後にいた人物たちに向かって振り返った。心配そうな表情をしているヘインズに向かって、口を開く。
「おそらく、こちらの新年花は問題なさそうです」
ヘインズはほっとしたような表情をした。第二の事故が起きる可能性は、ここにはないということだ。
タチアナは水筒を口に付け、軽く喉を潤した。魔力探知は神経をかなり使う。
こまめに水分などを取らなければ、あっという間に倒れてしまうだろう。
「時間がありません。次に行きましょう」
二人は頷くと、次なる会社へと向かった。
ヘインズが案内してくれたおかげで、効率よく回ることができた。
売った側の会社の人間も出てきた時もあった。たいていが心配そうな顔をしつつも、探知を受け入れてくれた。
しかし、一件だけ一悶着があった。
ある会社の老年の男性が、探知する必要などあるのか、危険性があるのなら、さっさと回収しろ、そしてそれを公表しろと言ってきたのだ。
タチアナとキムで説得を試みていたが、若者たちの話には聞く耳を持とうとはしなかった。
無駄に時間だけが過ぎていく。これでは間に合わない。
途方に暮れていると、にこやかな表情の女性が現れた。検査課長だ。
タチアナたちは一覧表の上から、検査課長は一覧表の下から回っていたため、どこかで出会う可能性があった。
逆を言えば、出会ったという事は、ここが都市内の最後の現場でもあった。
課長は笑顔を崩さずに、男性に近づいていく。そして男性が口出しをする暇もないくらい、言いくるめていった。
探知をすれば、問題があるかないかわかるということ。
問題がなければ、是非飾って、そのまま新年を迎えて欲しいと言うこと。
残りはここの会社だけ。他を回収する必要はなく、逆を言えばここだけ回収するのはおかしくはないか。
そして、せっかく晴れやかにする物、このまま無くなるのは惜しくはないか――と。
男性が何かを質問したが、即座に返したため、やがて渋々と探知するのを許してくれた。
さすが出世が早い、やり手の女性課長である。話術が巧みで、人を説得するのがうまい。
今回は念には念を入れて、タチアナと課長の二人で探知を行っていく。
二人で行ったため、すぐに結果は出て、異常はなしと結論づけられた。
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