第3話 探知と新年(3)
ハーマンは同種類の新年花を売った企業の一覧表を手に取った。
「本来ならば傷があるかどうかは、市場に出す前に会社側で確認すべきことだ。
だが、何らかの手違いで確認できなかった、もしくは売った後に傷が付けられたと仮定する。その場合、改めて傷の有無を確認し、問題がないとわかれば、回収しなくても済む。
そしてこの傷を付けたのが、第三者に寄るものなら、会社側に落ち度はない」
それを聞いたキムが眉をひそめた。
「あと半日もないのに、すべて確認するんですか? 一覧表の住所を見ましたが、郊外の住所もありますよ? それに……」
キムがちらりとタチアナを見る。そして言いにくそうに口を開いた。
「……自分は判断できない傷でした。タチアナさんみたいに探知能力が優れた魔法使いでないと、正確に判断できません。そんな人、この課にどれくらいいるんですか? しかも年末の連絡の取りにくい時期に……」
タチアナとハーマンは顔を見合わせた。彼の言っていることはもっともだ。
しかし、お互いくすりと笑いあった。
その表情を見たキムは、むっとした表情をした。
「探知できない自分を笑ったんですか?」
ハーマンは手を軽く横に振った。
「いや、そうではない。私も探知能力は並の上で、今回の傷はここだと言われなければわからなかったよ。だから、その点は気にすることではない」
タチアナも宥めるように、言葉を続ける。
「検査課は探知できる人は重宝されるけど、それ以外にも仕事はたくさんある。機器を使って数字を出し、客観的に資料を提示できる人の方が、外部に説明するときは助かる存在よ。
探知できる人は、ただの解決の糸口を見つけるにすぎない。実は私、機器を使うのって、ちょっと苦手なのよ」
タチアナははははっと笑いながら、自身の苦手な部分をあっさり教えた。それを聞いたキムの表情が少し緩んだ。
ハーマンは机の引き出しから、一冊の分厚い書類を取り出した。
「さて、そんなときに活躍するのが、この魔法道具管理局のとある一覧表。これには他の課も含めて、探知能力に優れた人物の名前が書かれている。連絡先なども一通り載っており、有事の際には対応するよう、事前に話してある」
「年末年始だから連絡がとれない人も多いかもしれないけど、なんとか連絡をとって、捕まえてみましょう。……でも、キム君の言うとおり、手当たり次第、連絡する時間すら惜しい」
ハーマンはある頁を開く。
「検査課長もこのリストに入っている。課長はそろそろ来るはずだから、課長とタチアナで手分けして、できる限り一覧表に書かれている会社に行ってもらおう。さらに追加で二、三人欲しい。
……とりあえず査察官に連絡をとるか? 局の全体の仕事は把握しているから、すぐに対応してくれるはずだ」
タチアナは売った会社側の一覧表に書いてある住所と、探知能力者の一覧表を見比べた。そしてある人物の名を指さす。
「この女性、年末年始は実家に戻っている可能性が高いです。実家はこの郊外の会社の近くにあります。連絡が取れれば、行ってくれると思いますよ」
「ああ、この子か。若いのに査察官になったという、優秀な女性。知り合いなのか?」
「彼女が何度か課に顔を出したとき、知り合いになりました。昼ご飯も一緒に食べたことがあり、その時に少しだけ私生活のことも聞きました」
「そうなのか。――タチアナ、出発する前に彼女と連絡を取って、頼むことはできるか?」
「やってみます」
タチアナは部屋の片隅にあった電話機をとり、一覧表を開きながら、番号のボタンを押し始めた。
キムはハーマンに小声で尋ねた。
「査察官って、どの課にも所属していないけれど、何か緊急で問題があったときに、単独で行動できる人たちのことですよね?」
「そうだ。相当難しい試験を合格しただけでなく、入局後も局の膨大な仕事を覚えさせられるらしい」
その内容だけでも、優秀な人物というのが察せられる。
「あまり局内で会わないのは、現場での仕事が主だからだな。道具関係の争いごとの仲裁、今回のように魔法道具の現地調査など、他にも色々とあるが、一通りの仕事はできるはずだ。
携帯電話を持っているから、こんな緊急時でも査察管は捕まえやすい」
タチアナは電話が繋がったのか、受話器の向こう側の相手に向かって、事情を話し出した。
「ハーマンさん、携帯電話って電話で使用する魔力を常に維持する必要がある道具ですよね。それを持ち歩いて、かつ、すぐに連絡を受けられるということは、魔力をいつも出し続けているという事ですか?」
「ああ、微量に出し続けているらしいぞ。大量だと周囲に迷惑をかけるし、術者もすぐに疲れるからな」
「そんな器用なことができるなんて……、すごい人がいるんですね」
「魔法使いにも上には上がいるってところさ」
タチアナは話がついたのか、「よろしくお願いします」と言って、電話を切った。
そして息を弾ませながら、寄ってくる。
「その場所なら一時間以内に行けるそうです。あと、他の住所も教えると、近隣も二、三件行けると言っていました。
さらに反対側の郊外についても、別の査察官がその付近にいるはずだから、連絡を取ってみるといいと、教えててくれました。これで郊外にある会社は回れそうです」
査察官が載っている一覧表で、ある人物を指さした。ハーマンは拳を軽く握りしめた。
「よし。都市内については、タチアナと課長で急ぎ回ってくれ。一応、他の人にも声をかけるが、捕まるかどうかはわからないからな。一番気がかりだったのが、郊外にある会社だったが、それもどうにかなるなら、一気に事が進みそうだ」
タチアナは腰に手を当てながら、はあっと息を吐き出した。
「なかなかの件数を回ることになりそうですね。課長が来る前に、できるだけ件数を減らしてきます」
「よろしく頼む。私は査察官に連絡をとったり、課長らに事情を説明するから、この場に残る。――タチアナ、キム君も一緒に連れて行ってくれ」
キムは目を見張った。予想外の言葉だった。ハーマンは軽く彼の肩を叩く。
「なにが起きるかわからないから、外に出るときは二人一組で行動するのが原則だ。それに連絡のやりとりをする人物が必要だし、君もこれからのことを考えて、現場で探知するという様子を見ておいた方がいい。外部からの圧力もかかったりと、意外と大変だぞ」
キムはしっかり首を縦に振った。
「わかりました。現場ではタチアナさんの指示に従います」
真顔でそう言ったが、ハーマンは笑っていた。
「そう固くなるな。自分が思ったように動いていい。ちなみにタチアナは、探知は得意だが、人との喋りはあまり得意ではない。話がうまく行かなければ、助け船を出してくれ」
「ハーマンさん、余計なことは言わないでください!」
せっせと出発する準備をしていたタチアナから、鋭い指摘がされる。それを笑って受け流すハーマン。
真偽はどうかわからないが、ハーマンはタチアナのことをよくわかっているようだ。
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