第3話 探知と新年(2)

「ハーマンさん、触れてもいいですか?」


 話が一区切り付いたところで、ハーマンに尋ねる。彼が頷いたので、タチアナは原因物である造花に触れた。


 意識を集中して、どこに魔力が通っているか感じ取ろうとする。


 説明書を読めば、その内容は載っているが、今は肌で感じておきたい。




 大多数の人間は、魔法を扱うことや感じることができない。


 しかし少数派である、魔法を扱える人間であり、特に魔力を察知するのに優れているタチアナであれば、読むよりも速く、その場所がわかる。




(……光る魔法が発動される部位は、何本かの枝。割合にして三割程度。花の方までは光らなそう。枝の方が丈夫で、魔力が込めやすいから、そういう魔力の込め方になったのね)




 部屋にあった紐を取り、何本かに切り分ける。


 そして、光る魔法が発動される枝に次々と結んでいった。その迷いのない手つきに、ハーマンやキムは目を見張っていた。


 やがて十本の枝に紐が垂れ下がった。




「ハーマンさん、光る枝は十本でいいんですか?」




 タチアナは上司に向かって振り返る。呆気に取られていた彼は、少し遅れて頷いた。




「あ、ああ。説明書にはそう書かれている。どこの枝とは、詳細には書かれていないが……」


「おそらく紐を付けた枝です。明確に魔力が込められているので、間違いはないと思います」




 紐が付いたいくつかの枝の先端は、明らかに焦げた跡があった。その枝を指でなぞっていく。




(火の魔力が込められている。光らせるために火が必要なのだから、当然ではあるけど……)




 右手を口元に当てて、考え込む。






 何かが引っかかる。


 火の魔法が発動する場所だからと言って、必ずしも発火するわけではない。


 つまり外的要因が関係していると思われるが……。






 隣に寄ったキムが、紐が付いた枝と付いていない枝に触れた。そして目を丸くした。




「わかりやすいくらいに、魔力が込められていますね。魔力が探知できない人間でも、触れれば温かみの違いだけでわかりそうです」




 聞き捨てならない言葉を聞いた。




「キム君、触った枝に温かさの違いを感じるの?」


「はい。僕が触ったのには、ありましたよ」




 その言葉に対し、タチアナだけでなくハーマンも眉をひそめた。二人の表情の変化を見て、キムは首を傾げる。




「どうかしましたか?」


「魔法道具は魔法が発生している時以外は、魔力を極力外に出さないように道具を製作しろと義務づけられているの。


そうしないと、魔力が漏れ出ている状態となってしまい、何かの拍子で魔法が発動してしまう恐れがあるからよ」




 タチアナが説明をすると、キムは新年花をちらりと見た。




「つまり今は魔力が漏れ出ている状態であり、発火しやすいということですか?」


「その通り。火種があると思ってちょうだい」




 ハーマンはさらにタチアナが思っている疑問を口に出してくれる。




「だが、そんな状態のものは通常流通できない。仮に最終確認を怠っていたとしたら、もっと早くに事故は起きるはずだ。それこそ売って数日で、何らかの火事が起きてもおかしくはない。だから、当初から魔力が漏れていたとは考えにくい」


「それなら製作後ではなく、何かの加減で流通後に漏れるようになったのではないですか?」




 タチアナとハーマンは目を大きく見開き、顔を見合わせた。


 そしてタチアナは説明書を、ハーマンは製作過程を記した書類を急いで見返し始める。


 タチアナはすぐに該当の貢を開いて、声をあげた。




「ハーマンさん、この新年花、スイッチを入れると、下部から魔法が通って、枝に達すると光るようになっています。下部から枝までは、特殊な魔力の壁で留められていて、魔法はせき止められています。つまりできる限り空気に触れないようになっています」


「こっちの書類でも、同様のことが書かれている。もし、スイッチを押した後、魔力が漏れ出たとしたら――、最近の乾燥状態を考慮すると、何かの加減で着火する可能性はある」




 スイッチを押す前から魔法が常に漏れ出ているという、最悪の状態は考えにくくなった。


 しかし逆を捉えれば、スイッチを押せば、どれも着火する可能性があるということだ。






 果たして外的な要因である、空気の乾燥だけだろうか。


 乾燥が原因と結論づけられれば、すべての新年花がそういうきっかけで発火すると考えられることになる。


 そうなれば、他の人たちがスイッチを押す前に、この新年花を回収せざるを得ない。






 手を口元に当てながら、タチアナは考える。


 何かあるはずだ、この道具だからこそ、発火してしまったということが……。


 彼女の横で、キムが枝を軽く触れた。




「たまたまこの花だけが、不具合を起こしたということはあるのですか? 魔力が漏れ出やすくなっていたということは、どこかに亀裂みたいな箇所はありますよね?」


「あるとは思う。それについては枝に触れれば、わかると思う」




 タチアナは魔法が通っていたと思われる枝を、集中しながら指で一本一本なぞる。


 製作過程で出たであろう、ささいな傷もあった。




 だが、明らかに一カ所、鋭利な刃物で深く切られた部分があった。


 これでは魔力が漏れ出ないよう、特殊な膜で覆ってたとしても、ここから漏れてしまう可能性はおおいにある。


 その傷は先端のやや下に位置しており、焼け焦げた跡があった。




「ハーマンさん、これ……」




 タチアナに促されたハーマンはそこをそっと触った。眉間にしわが寄っていく。




「ここが漏れているところか? 切られているな。人為的なものか?」


「おそらく魔法道具の刃物によって、切られたところだと思います。そうでないと、この特殊な膜、切れないと思いますし、微かに新年花以外の魔力を感じます」


「……誰がやったと思う?」




 タチアナは首を小さく横に振った。




「わかりません。第三者による双方の会社への嫌がらせか、もしくは内部犯の可能性はありますが、これを触っただけでわかることはできません。ただ、明確な意志がないと切れないと思います」




 魔法道具を使う時は、物にもよるが、使いたいという意志が必要だ。切りたいと思っていれば切れるし、何も考えていなければ切れない。




「まあ、わからないよな、これだけの情報では。事故ではなく事件になりそうだが、犯人捜しは他に任せよう。……タチアナ、ここが発火の原因だと考えて、間違いないか?」




 すぐには首を縦に振れなかった。自身の感覚的なものからでしか、回答できないからだ。


 専用の機器につなげれば、ここに魔法が漏れていたと、数値で出すことも可能である。


 しかし、それをするには少なくとも一晩はかかるだろう。




 今はハーマンからタチアナ自身の意見を求められている。ここは素直に考えを伝えよう。




「すべてを隅々まで見ているわけではないので、断言はできません。ただ、発火事故の大半は、魔力が漏れ出ていたこと、そして何らかの火種があった場合に起きています。


乾燥が火種というのは、少し弱いかもしれませんが、今回はその両方が当てはまるため、この傷から発火したのではないかと、私は考えています」




 ハーマンは口元に笑みを浮かべて、軽くうなずいた。上司と同意見で、とりあえずほっと一安心する。


 結論はおおかた出た。本来ならここまでが仕事のはずだが、今はその先も対応しなければならない。


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