第3話 探知と新年(5)
すべてを終えて局に戻ったのは、日が暮れた後だった。頑張ったおかげか、日付が変わるまでは、数時間残っている。
部屋に入ると、ハーマンが郊外にある新年花の探知結果をまとめている最中だった。
晴れやかな表情をしたハーマンは、課長たちに気づくと、立ち上がった。
「課長、お疲れさまです。休み中にご対応、ありがとうございました。そのご様子ですと、問題はなかったということでしょうか? 郊外の方は問題なさそうです」
「私もタチアナも探知した新年花については、問題はなかった。それより、私よりもタチアナたちを労ってちょうだい。私は数件しかやっていない。つまりタチアナは十件以上探知したということでしょう?」
ハーマンの目が大きく見開いている。そこまでこなせると思っていなかったのかもしれない。
タチアナは途中で購入した瓶に入ったジュースをごくごくと飲んでいた。甘い飲み物が体を潤していく。糖分をかなり欲していたようだ。
上司からの視線を察し、慌てて口から瓶を離した。
「タチアナ、本当にお疲れさま。事後処理はこちらに任せて、もう帰っていいぞ」
「そうはいきません。何かあったときに、現場に行ける人間はいたほうがいいですよね? ハーマンさんたちの仕事が終わるまで、ここにいます」
誰にも相談しないで決めた自分の意見だったが、隣にいたキムも頷いていた。首を動かし、怪訝な表情を向ける。
「キム君こそ早く帰ったら? せっかくの休みよ?」
「僕としては、今回の件が最終的にどうなったのか知りたいです」
「最終的って……、つまり……」
年が変わり、各箇所で新年花のスイッチを押した結果、不具合が起きるか否かまで見届けるという事だ。
万が一、何かあれば局に連絡を入れるよう、知らせていた。
だから、もし見落としていて、発火などが起きた場合、ここにいればすぐに知ることができる。
ハーマンと課長は若者たちがこぞって帰らないと言うと、肩をすくめあった。そしてお互いに頷きあって、意見を合わせた。
「二人が残るのはわかった。年が変わるまで、適当に仕事してもらってもいいが……」
ちょうどハーマンが言葉を切ったくらいで、タチアナのお腹から音が鳴り響いた。顔を真っ赤にして、お腹を押さえる。
「とりあえず何か食べてこい。近くにある食堂が年越しにあわせて、夜遅くまで営業しているはずだ。二人とも局に来てから、まともに食事をとっていないだろう? お腹の音がうるさいと、こっちとしては仕事がしにくい」
「ハーマンさんと課長はどうするんですか?」
二人は机の引き出しから、日持ちするパンやお湯を注ぐだけで飲める固形スープなどを取り出した。
「役付けになると、いつ呼び出されるかわからない。だから非常食は常に持っている」
タチアナたちよりも長年勤めているからこその発言だった。
タチアナとキムを見送った後、ハーマンはお湯を沸かし、課長と自分のコップに温かい紅茶をいれた。課長はお礼を言いながら、ハーマンの傍にあった椅子に腰掛け、紅茶に口をつける。
「すみません、課長のお手を煩わすことになっていまい」
「別に構わないって。普段は皆に頼りっぱなしだから、こういうときこそ頑張らないと。それに、たまには現場に出てみたい」
ふふふっと笑いながら、彼女は机の中に入っていたクッキー缶を取り出し、それをハーマンの前に出した。課長がクッキーを食べ、促されたハーマンが続いて食べた。
「タチアナさんとキム君、二人はどう?」
聞かれるとは思っていたので、ハーマンは率直な感想を述べた。
「優秀ですよ。タチアナの探知能力については、課長も存じている通り、群を抜いています。正直、魔道管局で働いているのが不思議なくらいです」
「彼女、民間企業からの引き抜きの話もあるのよね? 私にもたまにお願いされるのよ、彼女を私の会社に……って」
それを聞いたハーマンは顔をひきつらせた。課長は鼻で軽く笑った。
「もちろん断っている。私としても優秀な人材を手放してくはない。ただし、タチアナ自身が望むのなら別だけれども。実際のところ、そうではないのでしょう?」
「はい。彼女としても信念ややりたいことがあって、検査課に所属しているようですから。以前、聞いたときには、ここをやめて、民間企業に就職する気はないと言っていました」
そう断言すると、課長の表情は緩んだ。クッキーがもう一枚口の中に入っていく。
「キム君はどう? 道具認可課からの異動でしょう? 半年以上たつけど、仕事の方は?」
「細かいところまで、彼なりによく調べてくれています。探知能力は並ですが、既存の資料や説明書など、読み込んでいるので、客観的に説明しやすい書類を持ってきてくれます。道具認可課で、細かいところまで書類を読み込んでいた影響ですかね」
「なるほど。真面目に頑張っているのね。検査課が苦手で、やめたり、異動願いを出すことはなさそう?」
「私が見た限りでは、今のところそれはないと思います。……ただ、タチアナの傍にいるので、自分の探知の限界を悟って、嫌気がささないかが、心配です」
「探知だけがすべてではない、誰にでも得手不得手はある。一人ではなく、皆で仕事をしているのだから、苦手よりも得意な方を伸ばして、集団の中で活躍してもらいましょう」
課長のお願いに対し、ハーマンは「はい」っとはっきりと返事をした。
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