執事の任務

 普段は執事としての業務をこなしているが、もうひとつ、僕には極めて重要な任務があった。

 それは――だ。


 その、害魔獣の情報を集めるのが、魔王城に設立された、『害魔獣対策室』である。


 その部屋に、今日もまた、僕は任務の状況を確認に、訪れていた。


* * * *


 中に入ると、明りは最小限に抑えられているのか、うすぐらくされていた。

 空調も効いていて、温度、湿度が一定になるよう管理されている。


 中央の作業台には、金属製の箱が並び、それらを繋ぐ細いケーブルが、無数に張り巡らされている。それは種類ごとに束ねられていて、天井を伝って部屋の外にもつながっているようだ。


 その箱のそばには、音を発する機械や、紙に言葉を刻む装置が置かれている。


 そして、一人の女性が、光る板を操りながら、宙に浮かぶ薄い膜のような画面を見つめていた。


 茶色の髪を束ね、眼鏡をかけた彼女は、城の若い兵士に言わせると「知的美人」と称されているようだ。


 深緑の衣をまとい、静かに、しかし確かな手つきで手元の板状の装置を操作しながら、目の前に設置されているモニターと呼ばれる物に映っている文字を確認していた。


 僕は、すっかり顔なじみになっている彼女へ声をかける。


「おはようございます、秋月あきづきもみ。今日の現場はどこですか?」


 僕の声に気づいた彼女は、パッ笑顔で挨拶を返してくれる。


「あ! ラーヴィさん♪ おはようございます。体調大丈夫です?」


「ああ、問題ない。ありがとう」


「では、ラーヴィさんにお願いしたい現場は……しい宗像むなかた、それから篠栗ささぐりですね♪」


 香椎はここ、博多から近い場所で陸路も確保されている。

 宗像はやや北よりだが同様だ。


 しかし、東側の笹栗は、地殻変動によって、破壊された陸路は、まだ整備されておらず、移動手段が限られてしまう。

 その為、飛竜ワイバーンによる移動が主に利用されている。


「承知した。すぐ篠栗に向かおう。緊急レベルは?」


 僕の問い合わせに、彼女はすぐさま、手元の板を操作する。

 だが、操作する手元は見ないで、目はモニターだけを見つめている。


「今のところ特に問題はありま……あら? 応援要請! たった今、篠栗から応援要請が寄せられてます!」


 となると、そちらから伺うのがよさそうだな。


「では、上空から篠栗に入り、その後、宗像、香椎の順に回ろう」


 即浮かんだプランを、紅葉に伝えると、彼女は笑顔で、応じた。


「助かります♪  早速、出動をお願いします」


 彼女のオペレーティングは、正確で信用できる。


「了解。では、行ってきます」


 諸事情理解し、僕は任務へ向かう。移動用の、飛竜乗り場へ向かう。


* * * *


 一万五千年後とはいえ、この九州きゅうしゅうと呼ばれる大陸の地名は、かつての名を色濃く残していた。


 現在は七つの国家に分かれており、それぞれが国王によって統治されている。


 最北が福岡国、そこから西に佐賀さが国、最西に長崎ながさき国、南西に熊本くまもと国、南東に大分おおいた国、宮崎みやざき国、そして最南が鹿児かごしま国。


 これら七国は、七国同盟しっこくどうめいと呼ばれる、強固な協定を結び、軍事・経済・文化の各分野で、深い協力関係を築いている。


 その背景には、かつて九州を襲った大災厄の後。互いの力を結集しなければ生き残れなかった時代が、今の絆の礎となっている。


 単なる友好関係を超え、危機の際には即座に連携し、互いの繁栄と安全を守るために一体となって行動する体制が整えられている。


 さらに、九州と本州を繋ぐ山口やまぐち国とは、友好と領土不侵略の協定を結び、


 『仲良くしようね♪ 貿易OK、攻撃NGだよ?』


 といった、関係性を保っている。

 その先に至る国とは、まだ交友は無い。


 そして、山口国と挟む関門かんもんかいきょうは防衛協定があり、有事の際には相互に軍を派遣して守り合う体制も整っている。


 また、ぶん水道すいどうを挟んだ四国とは、大分国と宮崎国が連携し、同様の協定のもと外交を行っていた。


* * * *


 そして、僕たちが討伐に向かう――『害魔獣』とは何か。


 この存在については詳しいことはわかっていない。


 現時点でわかっているのは、超古代に世界で起きた核戦争による汚染が、が、今ではと呼ばれている。


 自然に生息している動植物や魔物が、瘴気と呼ばれるものに触れると、狂暴かつ、邪悪な性質へと変貌し、人々を襲うようになる。

 そして、瘴気をは、に成長していく。


 その為、各地で瘴気が放出される個所を、『瘴気溜り』と呼び、厳重警戒地域に指定され、都度瘴気が噴き出ないよう管理体制が敷かれている。


 だが、全てを管理するのは到底不可能。


 やむなく発生してしまった害魔獣が成長し、被害を及ぼす前に、速やかに駆逐する……


 僕はとある理由から、害魔獣討伐の任務に、傭兵として、魔王軍に参戦させてもらっていた。


『遅かよ~、ラー君。早く後ろに乗ってねぇ~♪』


 優しそうな声色で語りかけるのは、僕に準備された飛竜の《トオリモン》だ。


「すまない、トオリモン。今日も宜しく」


 首を振りながら、ご機嫌な様子で翼を広げて、トオリモンは返事をする。


『しっかりつかまってねぇ~♪ 篠栗ならここから10分で着くからぁ♪」


「頼む。お礼は何が良いかな?」


『ん~、じゃぁ、うろこのケアおねがい~♪ ラーヴィのケアすごくイイから♡』


「承知した。では!」


 僕はトオリモンの鞍に跨り、手綱をしっかり握ったところで、トオリモンは一気に飛空する。


『とばすよ~~♪』


 はかの上空から東の篠栗に向かって、猛スピードで飛翔する。


* * * *


 篠栗へ向かうまでの光景は、超古代の名残が感じられる遺跡群が立ち並び、崩れ落ちた外壁には草等の緑が生い茂っている。

 破壊されたハイウェイや道路は、都市部では使用できた車での通行は不可能であり、荒廃とした風景が広がっている。


 10分ほど飛空していると、外壁に囲まれた緑豊かな人里が見えだした。


『篠栗に着いたね♪ 害魔獣の出現場所はもう少し東の礼園れいえんどう遺跡だっけ?』


「ああ、確か八木やきやまの手前の洞窟が瘴気発生箇所らしい」


 2分ほどすると、異質な空気を放つ箇所に気づいた両名。そしてそこで戦闘が繰り広げられていた。

 派遣された編隊と地元の自警団だろうか?

 一際大きい害魔獣を相手に退いている光景が眼下に映っている。


『やってるねぇ♪ あの害魔獣はグランベヒーモスかな? ずいぶん育っちゃったんだねぇ』


 違和感を感じる……この土地にベヒーモスクラスの魔獣は居たか?

 ともあれ、アレを相手するのは、今朝聞いた飛竜編隊では荷が重いはず。


「トオリモン、僕は此処で降りる。編隊と自警団のフォロー頼む」


『まっかせて♪ がんばりーよ♪』


 その会話の後、僕はトオリモンの背中から飛び降り、魔獣に向かって滑空していく。

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