第2話

 いつもと同じ時間の、同じ列車。車窓からは、いつもと同じ景色。自転車は走っていない。

 スマホで調べたけれど、やはりうちには自転車部はない。ただ、ホームページには載っていない同好会もいくつかあるらしい。自転車同好会もあるのかもしれない。

 今列車の走っている場所は、昨日次田さんを見かけたところだ。学校からはかなり遠い。

 中性距離を走ってきていることになる。練習だとしたら、毎日同じ道を走っているかもしれない。ずっと見ているが、ロードバイクは通らない。

 これまで私は、かっこいい自転車を買ってもらえなかった。中学生の時まで乗った自転車は全て、兄のおさがりだった。すでに乗るものがあるので、新しいのが欲しいとは言えなかったのだ。列車は木々の間に入っていき、海岸から離れていく。半島の反対側へと抜けていくのだ。終点手前の駅で降りる。

 単線にある、一面だけの長い駅。高校生になってから、毎日この駅を使っている。

 私を下ろした列車は、終点に向け走り去っていく。二両編成の列車。

 ここからは、歩きだ。海の香りがして、たまに蟹が歩いている。近くにあるのは、半島と島に囲まれた、静かな海。少し先には、島へと渡る橋がある。

 高校とは別世界だ。田舎育ちということは小さい頃から自覚していたし、都会に対する憧れもあった。けれども、どうしてもここを出て行きたい、とは思わなかった。好きでも嫌いでもない、当たり前の場所。

 たまには外に出たい、そう思っていたのだ。毎日出ることになるとは思わなかったけれど、近くに高校がないのだから、どんな形にしろ出て行くしかなかった。

 いつもの道を歩く。知り合いのおばちゃんから挨拶されて、挨拶を返す。家に帰って、夜になって、また朝になる。そしてまた学校に行く日々が三年近く続くのかと思ったら、なんか憂鬱になってきた。

 明日、次田さんを探そう。そう思った。



 先生に聞いたけれど、自転車同好会もないらしい。

 あの人はいったいどの部活にいるのか。見当もつかないので、作戦を変えることにした。自転車の方を探すのだ。

 学校にロードバイクで通っている人は少ない。ましてや、あんなに目立つ、青色のものでは。放課後、急いで駐輪場に向かい、くまなくあの自転車を探した。けれども、見つからなかった。もう出て行ってしまったのだろうか。

「え」

 そんな私の目の前を通る、青いロードバイクと、ヘルメットをかぶった次田さん。

「ん? ああ、昨日の。ええと……名前聞いていなかったな。何さん?」

「尾佐です。一年D組です。あの、ちょうどよかったというか、その、聞きたいことがあるんです」

「俺に? 何?」

「何部ですか?」

 次田さんは、目を丸くした。

「言ってなかった? まあ、言ってないか。わかるわけないよな。ええとね、ばすていぶ」

「ばすていぶ?」

 ちゃんと理解するのに、しばらく時間がかかった。ばすていぶとは、バス停の部だ。そうとしか考えられない。

「そう。実は同好会なんだけどね。バス停部って呼んでる」

「その自転車で?」

 バス停部はどう考えても、バスが好きとかで、なんかマニアックな、そういう部活だ。かっこいいロードバイクとはイメージが一致しない。

「ああ。これでバス停を見て回る」

「バスに乗らないで?」

「それがね。バスに乗ると、バス停を見るために降りなきゃなんない。それは大変だろ」

「確かに……」

 ひっきりなしにバスが来るところならばともかく、うちの近くなどは二時間に一本程度である。バス停を見るのが目的ならば、バスに乗らないのは確かに合理的だ。ただ、それで全て納得したわけではない。

「バス停を見る、という部活なんですか?」

「そう。バス停研究会、といったところかな」

「そうですか……」

 あまりにも想像していたものとは違った。

「まあ、先輩が卒業して今俺一人なんだけどね。この自転車に興味あったんなら、まあ、入らないよね……」

 そう言いながら、次田さんはロードバイクのサドルを撫でた。

 確かに私はバス停には全く関心がないし、一人しかいない部活は成立してるのか? とも思う。

 ただ。この前見た次田さんには、惹かれたのだ。ああいう風に自転車でどこかに行けるなら、目的がバス停かどうかなんてどうでもいいのかもしれない。

「一回、見学していいですか」

「……マジで?」

「マジです」

「おお! いいよいいよ。じゃあ早速、行ってみる?」

「え?」

「今日は近くにすればいいから」

 次田さんは満面の笑みで話しかけてくる。ロードバイクも光って、笑っているように見える。

「あ、あの。次の列車逃すと一時間半後で。遅くなるなら家に連絡を……」

「じゃあ、駅まで行こうか」

「それなら……」

「間に合いそう? 三十分あれば行けるよ。あんまりゆっくり観れないけど」

「え、あ、はい。大丈夫です」

「おっけ」

 次田さんは自転車にまたがり、私に向かって右手の親指を上げた。


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