自転車部ではなかった夏

清水らくは

第1話

 海が光を反射している。青い瞬きの先には、雲仙の山が見える。信号で止まる車を脇目に列車は進んでいくが、各駅停車は駅で再び車に追い越される。

 この路線は、景色がきれいで有名らしい。そこに異論はない。ただ、毎日乗っていればどんな景色だって見慣れる。何か違うもはないものか。そう思いながら、ぼんやりと車窓を眺めている。

 高校に通い始めて一か月。毎日の繰り返しは、とてもつまらない。同級生の多くは北の方に住んでいる。私は列車に乗って一時間かけて高校に通っている。時間がかかるだけではない。三時間に二本しかないローカル線は、私の帰宅時間を拘束している。一本乗り遅れたら、大変なことになる。

 中学校が家から近いのが、誇らしかった。バスで通っている子もいる中で、歩いて五分で学校に行けるのはとても得をしている気分だった。それが、今はどうだろう。一日に二時間も、移動のために時間をかけている。

 車、車、車。道路も、いつも同じようなものだ。それでも、海よりは見飽きない。

 サイクリングしている若い男性がいた。自転車は青く細いボディで、カゴは付いていない。いわゆるロードバイクというやつだろう。しばらく自転車は列車と並走していた。乗っているのは若い男性で、あまり筋肉質には見えない。こちらから天草までツーリングするような人も、そこそこいるらしい。彼もそういう人だろう、となんとなく思った。

 自転車が、突然止まった。列車は進み、景色は変わる。あっという間に自転車と彼は見えなくなった。

 次の駅で追いつくのではないかと思って、ずっと道路を見ていた。けれども、自転車は来なかった。

 スマホを見ることにした。



 高校生になったら、何らかの部活に入りたいと思っていた。ただ、どこにも入っていないままだ。大会に出て上位を目指すとか、そういうのはあまりしたくない。手芸とか無線とか、なんか違うと思った。本を読むのは好きだけど書きたくないので、文芸部も避けたい。

 そんなことを考えているうちに、一か月が過ぎた。部活の方も新入生勧誘なんてしなくなっていた。

 学校から駅までの道。少し距離があるのでここは自転車で移動する。近くに住む知り合いに貰ったもので、同級生たちのよりも少しいいものな気がする。

 ただ、昨日見たロードバイクのことを思えば、私のものもただのママチャリだ。ああいう自転車で遠出してみたい、という気持ちはある。

 ああいう自転車で……

 目の前を、青いロードバイクを押す男性がいた。昨日見たのと同じだ。男性も、同じ人に見える。

「ええ?」

 思わず声が出た。

「何?」

 男性が私の声に反応して、立ち止まってこちらを見る。

「あ、いや。かっこいい自転車だなと思って」

 適当なことを言った。

「そう? まあ、俺もそう思う」

 そう言うと男性は、誇らしげにサドルをポンポンと叩いた。はにかんだ顔が、少しかっこいい。

 そこで私は気が付いた。この人、かなり若い。

「あの、部活……ですか?」

「え、わかる? ひょっとして一年生?」

「……はい」

「良かったら部活見学に来てね! あ、俺三年の次田ね」

 そう言うと次田と名乗った彼は、自転車にまたがって手を振りながら走り去っていった。

「同じ学校だったんだ。……自転車部とかあったっけ?」

 詳しく調べたわけではないけれど、そういう部活は聞いたことがない。部活の名前こそ聞いておくべきだった。

 いや、何で私、興味がある前提になっているんだろう。ガチで自転車競争する部だったら、ついて行ける気がしない。

 いや、興味があるのだ。昨日あの走りを見た時から。列車やバスは、時間を合わせなくちゃいけない。かと言って、自転車ではあまり遠出したことがない。あのロードバイクがあれば、好きな時に好きなところに行けるのではないか。

 自転車に乗って、校門を出た。当然ながら、もうあのロードバイクと次田さんの姿は見えなかった。

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