エクリシア世界編:第9話 先史遺産
私とレミュラさんで決めた方針をアイクとレルワさんに伝えた後、私はウラヌスと一緒にレミュラさんたちと敵の拠点を目指している。愛用の銃は使えないから、借りた火薬式のボルトアクションライフルと銃剣を持ってきてるけど、火薬式の銃火器訓練は殆どやってないのでちゃんと使えるか不安だ。
「ラウラ、何か見つけた?」
『前方に敵の拠点あり。巧妙に隠された洞窟陣地だよ。私じゃなかったら見落としてたかもね』
レミュラさんが無線機で先行しているラウラさんに呼びかけると、もう敵の拠点を見つけていた。狙撃の腕が高い分、観察眼にも優れているみたいだ。
「どんな状況?」
『入り口に見張りが3人で他の入り口は見当たらない。洞窟陣地だから迫撃砲は効果なしだね』
「分かった。第2分隊と私たちでやる。第1分隊は入り口を固めて」
無線機越しに聞こえてくる報告を聞いてレミュラさんはすぐに作戦を決めていく。それに合わせて周りの兵士たちもすぐに動き出していて、異種族が集まっている部隊なのを考えればとても良く統率されている印象だ。
「ミィナはチノンさんたちと一緒に居て。私たちが突入して安全を確保したら来て頂戴」
「分かったわ。でも、危なくなったら助けに行くね」
レミュラさんとミィナさんはそう言ってから目を合わせて了承し合っているように見える。私とウラヌスがやっている事と同じような仕草で、2人の信頼の厚さが垣間見えるようだ。
しばらくして、ラウラさんの居る場所に到着すると、レミュラさんは身を隠して双眼鏡で拠点を覗きだす。私たちも身を隠して気づかれないようにしていて、遠目からは敵もこちらに気付いていないようだ。
「捕虜の情報ではあんな陣地がいくつかあるそうよ。あれじゃあ、見つからない訳ね」
「でも変じゃない? さっきの攻撃隊が帰ってこないのに警戒してないの」
「多分だけど、未来が読めるから勝ちが見えていると思い込んでるんじゃない? だから部隊が返ってこないのも"予定通り"くらいにしか思ってないのかも」
レミュラさんとラウラさんが議論し合っている。確かに味方が帰ってこないのを気にしている様には見えない。レミュラさんの読みが正しいなら、相手は相当に油断しているだろう。
「アンティークが先陣よ。グルダは後に続いて一緒に露払いをお願い。残りは私と一緒に突入する。ミィナは連絡があるまでここで待機して」
レミュラさんの指示で戦闘準備が進められていくのを見ると、嫌でも緊張が高まっていく。やむを得ない戦闘があるのは理解しているが、私も戦闘狂じゃない。本心では戦わずに済む方が良いと思っている。
全員の準備が済んだのを確認すると、レミュラさんは手で合図を出す。それに合わせて4本の腕に銃を持ったアンティークと、着剣したライフルを持つグレゴーさんが動き出し、もう一度合図が出たタイミングでラウラさんの狙撃銃とアンティークの2丁の銃がほぼ同時に発砲した。銃声が3つ響き、入り口の見張りはまとめて倒される。
「入り口を制圧。突入を開始する」
見張りが倒れたのを見てアンティークが4丁の銃を構えたまま突入していくと、さっきの銃声が聞こえたのか洞窟内から発砲音が聞こえてきた。しかしロボットのアンティークは多少の銃撃には耐えられるようで、お構いなく進んでいる。
「あれはウラヌスには真似できないね。あんたが同じことしたらもうスクラップかもしれない」
「私ならまずあのような戦い方は選択肢に入りません。リスクも無駄も多すぎます」
「……あんたらしい答えだね」
アンティークの戦いを見て私はウラヌスをからかってみるが、冷静な突っ込みしか返ってこなくて少し肩透かしを喰らってしまった。弾幕を張りながら入り口に入って行くアンティークの後ろに、グレゴーさんが続いていく。銃声の中に時折小さな悲鳴が聞こえてくる中で、レミュラさんたちもタイミングを窺っている。
『通路を確保。突入可能です』
「分かった、突入開始!」
アンティークからの通信でレミュラさんが中へ突入していく。私はウラヌスとミィナさん、そしてラウラさんと共に離れた場所からそれを眺めていた。
「室内戦ならアンティークのと副隊長の独壇場だね。私は接近戦できないからこういう時は頼りになるねぇ」
スコープから目を離さないまま戦闘の様子を見ているラウラさんは感心するように話している。ラウラさんの腕なら距離を問わずに戦えそうに思えるから、その言葉は意外だった。
「ラウラさんのフォクサナ種族は動体視力が凄いんです。でも、逆に近距離が見えにくくて距離の近い戦闘は苦手なんです」
「ちょっとミィナちゃん、私の弱点バラさないでよぉ!?」
私の考えていたことを読んだのか、それとも顔に出てしまったのかミィナさんが解説してくれた。その理由なら、ラウラさんが狙撃が得意なのも頷ける。
洞窟の方からは銃声が続いているけど、奥へ進んでいるのかその音も小さくなっているように感じる。するとミィナさんの無線機から呼びかけがあった。
『ミィナ、聞こえる?』
「ええレミュー、聞こえるわ」
『すぐに合流して。あなたの知識が必要になりそうだわ。内部は殆ど制圧したけど、残敵には気を付けてね』
「分かった。チノンさんたちと一緒に向かう」
ミィナさんは命令を受けてすぐに立ち上がる。内容が聞こえていたので私はウラヌスもそれに続いた。
「レミューと合流します。ラウラさんは引き続きここをお願いします」
「任されたよ。気を付けてミィナちゃん」
ラウラさんは私たちに笑いかけてくれる。そして彼女が見守る中で洞窟へと入って行った。
●
私たちはウラヌスを先頭にして洞窟を進んでいく。持っていた懐中電灯で中を照らすと、あちこちに戦闘の痕跡があって激しい戦いだったのが伺えた。
「スキャナーに反応なし。このまま進めます」
ウラヌスがそう言って先行して行く。ミィナさんを真ん中にして、私は後ろを警戒する。思っていたより深い洞窟で、横穴もいくつか見えるからかなり複雑なようだ。奇襲には最適な場所に見える。
「マスター、背後に反応です!」
ウラヌスが叫んだと同時に、私の背後に誰かが飛び出してきた。一瞬だけライトに照らされたのは人間の男の様で、私に銃を向けようとしている。
「……あっ!?」
私も咄嗟にライフルを構えて先に引き金を引いた。銃声が響き、被弾した男は勢いのまま前方に倒れ込む。するとその後ろからもう一人の男が飛び出してきた。私はすぐに狙って式が根を引いたが、今度は弾が出ない。その瞬間、銃のボルトを回していない事に気付いた。同時に、これはもう死んだと瞬時に判断できてしまう。相手の銃口がこちらに向くのが見えるが、私はもう動けない。頭の中に浮かぶのはどうでもいい記憶ばかりだった。ああ、あの時の紅茶は美味しかったな……。
私がそうやって死を受け入れようとした瞬間、私の前にミィナさんが飛び出した。彼女はそのまま男に接近して、銃剣格闘での接近戦に持ち込んだ。男も対抗しようとしたが、あっけなく銃を弾き飛ばされて銃床で殴りつけられてしまった。ほんの数秒の出来事だったが、私にはそれがゆっくりと再生されたように見えてしまう。
「大丈夫ですか!?」
敵を倒したミィナさんが私の元に駆け寄って来る。半ば放心していた私は呼びかけられてやっと我に返った。
「え、ああ……大丈夫。助けてくれてありがとう」
「良かったです……今度は私が後ろになりますね」
「いや、大丈夫。もう銃の使い方は間違えないから」
私はそう言いながらライフルのボルトを回す。空薬莢が飛び出して、次の弾がボルトに押し込まれた。手動式の銃は本当に手間だ。自動式の銃の有難味を痛感してしまった。
「マスター、彼女の提案を受けるべきです。その銃の扱いにはもっと訓練が必要です」
「……分かったわ。ウラヌス、警戒厳重で頼むわ」
ウラヌスにもそう言われたら仕方ない。私はウラヌスに警戒を強めるように言って真ん中へ移り、また洞窟の奥へと進んでいった。
●
それからは敵の襲撃もなく、私たちは無事にレミュラさんたちと合流した。
「来たわね。途中で銃声がしたけど大丈夫だった?」
「大丈夫。まだ隠れてたみたい」
レミュラさんがすぐに駆け寄ってきて無事を確認してくれる。今居る場所は開けた場所になっていて、地図が広げられたいくつかの机やその周囲を囲むように紙の書類や無線機が雑然と積まれている。それなりに長く使われたような感じの指揮所に見える。周りでは兵士たちが負傷者の治療や捕虜の監視をしている。
「ミィナ、あれを見てもらえるかしら」
レミュラさんがそう言って、中央の机に視線を向ける。その机には、明らかに周りとは違う見た目の機械が置かれていた。薄い長方形の板のように見えるが、その材質は合成樹脂のようでとても軽そうに見える。まるでこの世界の誰も知らない"未来"から持ち込まれたかのようだ。
「タブレット……?」
その場違い感に私はつい呟いてしまう。それはどう見ても大きめのタブレット端末だった。しかし、電子工学技術が発達していないこの世界では明らかな異物にしか見えない。
「ここに突入した時、指揮官らしき男がすぐにこれを破壊しようとした。その前に無力化して確保したが、どう見たってこれは先史遺産だ」
レミュラさんが経緯を説明しながらそのタブレットを手に取ってミィナさんに手渡す。ミィナさんは回してみたり、指で画面を押してみたりするがタブレットは起動しなかった。
「うーん……この型の
ミィナさんは未知の機械に困惑しているようで、どうしたら良いか分からない様子だ。それなら、機械に慣れてる私の方がうまく対処できるかもしれない。
「ミィナさん、それ貸してもらえます?」
「え……そうですね。チノンさんの方が分かるかもしれません」
私の申し出にミィナさんは驚くが、私の方が分かりそうだと察して貸してくれた。手に取って私はまず電源ボタンを探す。それらしいものを見つけて押し込むと、画面が表示された。
「起動成功……ウラヌス、このタイプのタブレット情報持ってる?」
「少なくとも私のメモリには存在しません。類似と思われる端末情報から操作方法を考えてみます」
ウラヌスはそう言って考え始めたが、その間に私は画面に触れて色々触ってみる。すると、メールボックスらしい画面が開いた。日時の表示がエラーになっているが、本文はちゃんと表示されている。しかし、その言語は未知のものだった。
「ミィナさん、これ読めますか?」
「待ってください、すぐに調べます」
私がミィナさんに画面を見せると、彼女は制服から手帳を取り出してページを捲りだした。ちらっと見てみると、そこにはいくつもの言語がリストの様に書き記されている。手書きの言語対応帳なのだろうか。
「……分かりました。これはアングリカ語ですね。人類が使う古い言語みたいです」
解析が終わったミィナさんはそのまま手帳を片手に画面の文字を読み上げ始めた。
『── 新規命令 ──
明日14時前後に敵の車列が国営山道45号線を通る。
小隊は尾根の斜面で待ち伏せし、これを撃破せよ。
未知の兵器による反撃が予想されるため、確認次第速やかに排除し、
可能であればその兵器を鹵獲すること。
※命令変更は都度こちらで送信する』
内容を読み上げていったミィナさんだが、後半になっていくに連れて声が震え出していた。その内容から私も察せるが、これは私たちの行動を知っていた上での命令だ。しかも未知の兵器――きっと私たちのレーザー兵器による反撃まで警告している。ミィナさんとレミュラさんしか見ていないレーザー兵器を知っているなんて、あり得ない筈だ。
「どうやらリッケヒャーは本当に未来を知ってるみたいね。こんな相手に、私たちはどうすればいいのかしら……」
読み上げられた内容を聞いたレミュラさんは初めて私たちに不安の表情を見せてくる。そのレミュラさんの懸念に答えられる者は、私も含めて誰も居なかった。
異世界配想員(メモリアー)チノン ~その想い、転生者に届けます~ 新井 穂世 @alabas
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